第223話 大地の女神の涙
「うわあ! すごい!」
私達が案内された部屋は、古い本が所狭しと本棚に並び、その反対側に作業台や保管庫などの実験に必要なものが並んでいた。
そこは、紛れもなく『錬金術師の工房』だった。
綺麗な吊り下げ天秤、ビーカーやフラスコが置かれている。
魔道具では無く、アルコールを燃やすタイプの
古い器材も多く、乳鉢と同じ目的で使う薬研や、蒸留機の古い形であるアランビックが置かれている。
なぜ解るのかと問われれば、それらは錬金術師の教本に描かれていて、見たことがあったからだ。
それらは、型は古いものの、全てピカピカに磨かれていて、いつでも現役で働けるといった状態だった。
「すごいわ。これ、まだ使えるのかしら?」
「ボクにはわからない。だけど、グエンリール様に命じられたとおりに定期的に世話はしているよ」
「ちょっと状態を確認したいんだけど、いいかしら?」
「もちろん! だって、あなたはこの遺産を継ぐ方ですから。お好きになさってください!」
ウーウェンに尋ねると、彼女は「どこでもどうぞ」とでも言うように両手を広げた。
「じゃあ、失礼して、と……」
私は鑑定の目を使って、その器材達を確認した。
すると、アランビックやビーカー、吊り下げ天秤といった、シンプルな構造のものはそのままでも使える状態だ。
ただし、加熱器のアルコールはアルコールが蒸発したのか、中身のアルコールが入っていない。
バネなどを使った構造のものは、部品が錆び付いているのか、修理が必要なようだった。
「デイジー。どう?」
鍛冶師と錬金術師との差はあっても、同じ技師であるリィンが私に尋ねてくる。
これだけの器材には、彼女も興味を持ったのだろうか?
「うん。少し修理……部品の取り替えかしら? それ必要なものもあるけれど、みんな大丈夫。綺麗な状態だわ」
「そっか! じゃあ、引き継ぐっていうなら、こいつらはデイジーの役に立つかもな。ああ、修理ならまずうちの工房に相談してくれよ!」
私から「大丈夫」と聞いて、リィンが嬉しそうに笑った。
「おーい、デイジー。こっちの保管庫らしきものは見るのか?」
私に声をかけるマルクが、観音開きの形をした扉の前で立っていた。
「ウーウェン、いいかしら?」
「だから、大丈夫だってば!」
もういいかげんにしたら? と言いたげに、ウーウェンが答える。
そうは言っても、まだご先祖様だとか、相続者といったものに確信が持てないんだもの。仕方がないじゃない。
私は、マルクが待つ扉の前に並んで立った。
「じゃあ、見てみましょ!」
「よし、じゃあ開けるぞ」
マルクが、左右の扉の取っ手を掴んで、それを開けた。
「これは凄い」
「わ……!」
マルクと私が、それぞれ歓声をあげる。
そこには、所狭しと素材となりそうな色とりどりの石や宝石。インゴットが並んでいた。
私はさっと鑑定の目に切り替える。
すると、やはりここは保管庫で、時間停止の魔法が付与されていた。
そして、並べられている石や宝石は、やはりどれも特殊な性質を持つものだった。
「……あれ?」
私は、その中の一つの宝石に目をとめる。
【大地の女神の涙】
分類:宝石・材料
品質:超高品質
レア:S
詳細:大地の女神が世界を憂えて涙を流すに至ったもの。その感情の結晶(以降、鑑定レベル、錬金スキル不足)。
気持ち:鑑定レベル、錬金スキル不足
相変わらず、一部分は見えないけれど……。
「これ、今までの採取で手に入れたものと同種のものだわ」
それは、かつて手に入れて、使い方が分からずに私が保管していた、世界樹の涙、氷の女王の涙、火炎王の涙、その三つと同じ類いなものだと、直感的にわかった。
「そういえば、そんなものもあったな……」
レティアが覗き込んできて、思い出すようにしながら、新たに見つけた宝石を見つめた。
「おい、ウーウェンとやら」
「はい」
「これは、デイジーが集めてきた素材の仲間みたいだ。少なくともこれだけは、デイジーのものにするが、いいな?」
「だから、いいって言ってるじゃないですか」
まだ確認しますか? とでも言いたげな様子で、レティアに向かってウーウェンが肩をすくめて見せる。ウーウェンからすると、「私が相続人だ」と言っているのだから、「何を何度も確認するんだ」と言いたいのかもしれない。
「おい、レティア。これだけのもの、報告もなしに勝手にデイジーのものにするって言うのか」
「報告?」
大地の女神の涙を私のものにすると宣言したレティアに向かって、彼女の相棒であるマルクが咎める様子で口を挟んだ。
「そうだ。これだけのもの、国家レベルの遺産だ。多分、デイジーが実家の両親に報告したとしても、その両親ですら、国に報告するべき事案だろう?」
マルクの主張はもっともだと思う。だから私は彼の主張に頷いた。
「うん。私もそう思う。国王陛下に認められた上で、うちの遺産だと認められればいいな、と思う」
そう。当初私は、「実家のお父様やお兄様、お姉様の役に立つかも」と思って、この賢者の塔に登りたいと言った。
けれど、蓋を開けて見れば、そこにあったものは、そんな規模のものではなかった。
膨大な量の歴史的に価値がある書物達。
それだけを鑑みても、国家レベルの遺産と言っていいだろう。
まあ、あと、これだけの本を持ち込んでみても、うちに保管するスペースはなかったりする。
保管できたとしても、定期的に虫干しも必要だし、それだけの手は、一子爵家に過ぎない我が家にはないだろう。
全く、本というものは貴重であるだけでなく、その管理にもコストがかかるのだから大変だ。
「……だからこそ、これだけは、と言っている」
レティアがため息と共に呟いた。
「私の持っているものと仲間だから?」
レティアの意図を掴みきれずに、私は首を捻った。
そこに、事態を静観していたアリエルが口を挟んだ。
「これは、多分デイジー様に見つけられるようにと、
なぜ、アリエルまでそんなことを言い出すんだろう。
「デイジー様は、因果律という言葉を知っていますか?」
アリエルが、私の知らない言葉を口にして、私はさらに首を捻ることになったのだった。
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二週間ほどですが、仕事の都合で休載させていただいておりました。
作業量的にも目処が立ってきましたので、
スローペースにですが、更新を再開したいと思っておりますので、
以前と変わらぬ応援をいただけましたら幸いです。
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