第222話 塔に篭った賢者
私のご先祖さまだという、グエンリール様の居住階。
ウーウェンの案内のもと、賢者の塔の最上階を私達は見回していた。
「あれ……?」
本ばかりかと思ったら、無造作に小さな小箱がたくさん置かれている棚があった。
なんていうか、本当に
「ねえ、ウーウェン。これはなぁに?」
私は手を伸ばして触れようと──開けようとしたものの、それはどうかと思って、ウーウェンに声をかけた。
「ああ、それはね。グエンリール様が集めたり作ったりしたものだよ。本職じゃないけどね、グエンリール様は
……え? 賢者なのに、錬金術師になりたかった?
私は首を捻る。
まるで、私の真逆のような人だ。
「本職……神から与えられた職業は賢者だったけれど、それを極めて飽きてしまわれてね。錬金術師の友人もいたことから、そっちに興味を持ち出したんだよ。あくまで趣味だから神からの恩恵はなくてね。苦労していたみたいだよ?」
ウーウェンが説明しながら、見てみるか? というように、いくつかの箱に触れる。
私はそれに頷いて、ひとつの箱を手に載せて、開けてみた。
「指輪……しかもこれ、特殊効果が付いているわね?」
鑑定で見てみると、特定の属性に防御力がつく指輪だった。
「あ、わかります? ああ、そうだ! ひとつ、とっても謝らなきゃいけないことがあるんです!」
そういうと、ウーウェンが急にブンッと勢いよく頭を下げた。
「ボクは、ここの塔の管理者として、グエンリール様の遺産を守っていく立場だったんです。でも、ひとつだけ、ボクが留守にした隙に、下の階のやつに持っていかれちゃって……」
ウーウェンは、頭を下げたまま説明する。
「あれは、グエンリール様がお持ちのものの中でも、一番優れていた指輪のひとつだというのに……」
ウーウェンはそう呟くと、唇を噛んだ。
「指輪……下の階」
「なんか装備品で厄介になったやつ、いたよな。すげー面倒なやつ」
レティアとマルクが、ウーウェンの言葉にピンと来たらしい。
「あの、それって……」
アリエルが、指輪がはまった自分の指を眺めてから、リィンや私に確認するかのように視線を送る。
皆がアリエルの方を見て、頷いた。
「ねえ、ウーウェンさん。それってこの石かな?」
アリエルが、ウーウェンのそばへ歩いて行って、手を持ち上げて、彼女に自分の手の甲の側を見せる。
下げていた頭を上げて、その石を見ると、みるみるうちにウーウェンの目が丸くなる。
「……それ! ど、どうして!」
当たりらしい。
アリエルが指にはめている指輪は、初めてこの塔に私達が来たときに三十五階にいた、ノーライフキングが装備していたものだ。
全属性(基本四属性と闇と光と聖と邪)の魔法無効、物理攻撃も無効にするという、とんでもない品だった。
「三十五階のノーライフキングが持ってたわよ? これのおかげで、あれを倒すの大変だったけど……」
アリエルがそう言って、私に目を向ける。
あの難局は、私の『緑魔法』で乗り越えたからだろうか。
そして、その話を聞いたウーウェンは安堵からか、大きく吐息を吐いて、胸を撫で下ろす。
「ご主人様、お仲間の皆さん、ありがとう……! どうしようかと悩んでいたんだ」
「だとすると、私がはめていていいのかしら? デイジー様が受け継ぐ遺産なんでしょう?」
安堵するウーウェンと対照的に、アリエルは困惑顔になる。
「家族とも話をするけれど……。アリエルは大事な預かり人だし、今はつけていて欲しいわ」
だって、アリエルは陽のエルフの王女。しかも一人娘なのだ。
未来のエルフの女王を預かっていて、死なせるわけにはいかない。
そう説明して、アリエルにははめたままでいてもらうことにした。
私は、ひとつ疑問が浮かんで、ウーウェンに尋ねた。
「ねえ。ウーウェン」
「はい。なんでしょう?」
「グエンリール様って、本職じゃないけれど錬金術をたしなまれていて、ご本人が作ったものがある、って言っていたわよね?」
「うん、そうだよ!」
「……じゃあ、錬金術の作業場もこの塔にあるのかしら?」
そう。
賢者グエンリールは、賢者だけであることには飽きてしまって、錬金術を含む全てを学ぶためにこの塔に篭ったのだろう。
それは、ありとあらゆる分野の書物が収められていることからも、想像がつく。
そして、彼が作ったものもあるという、宝飾品たち。
そうすると、それを作るための道具がここにはあるはずだ。
「ああ! それならこっち!」
ウーウェンは明るい表情で、私の手を取ってフロアの奥へと引っ張っていく。
奥には、扉のない入り口があって、さらに別の部屋へと続いていた。
そして、そこにあったのは、私の作業場よりも、古い型の道具達。
例えば、蒸留器はまだ『アランビック』と呼ばれていた、古い時代のものだ。
「……うわぁ!」
そんな、錬金術の工房が、居住フロアの奥に広がっていた。
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