第221話 賢者の塔の居住階

 リーフと赤竜が仲直りしたあと、泣き止んだ彼女は張り切って、上の階を案内すると言い出した。


「その前に、あなたの名前はなんていうの?」

 うん、名前を教えてもらわないと、ちょっと色々と不便そうだったので私が尋ねた。

「ボクはウーウェン。グエンリール様につけていただいたんだ! ねえねえ。上には、グエンリール様の残した遺産がいっぱいあるんだ。ボクはそれを守ってきたんだよ。それを、早く子孫であり相続者であるデイジー様に見せたいんだ!」


 そう言って、ウーウェンは私の片手をとって、登り階段の方へ行こうと引っ張る。


 ……ん? 遺産。そして、相続者?


「ねえ。子孫とか相続者といっても、私には家族がいるわ。とすると、遺産を受け取る権利は、私の家族にもあるんじゃないかしら?」

 まあ、そもそもお父様とお母様のどちらかが、多分何かを隠していそう。

 そこを明らかにしないとはっきりしないのだけれど。


「えっ!」

 それを聞いて、ウーウェンが目を輝かせる。

「まだいるの? グエンリール様の血を引いた方が! 会いたい! 会わせて! デイジー様!」

 私の両手を掴んで大興奮だ。


「なあ、デイジー。そこの血縁ってところ、はっきりしてるのか?」

 レティアが私に尋ねてきた。

「それが、わからないのよ。少なくとも、昔見せてもらった子爵家……お父様の家系図には載っていなかったわ」

「とすると、そこをはっきりさせるためにも、このウーウェンは家族に会わせて確認すべきだろう。そして、もし本当にデイジーの眷属になるのであれば、その許可を国王陛下から受ける必要があるんじゃないか?」

 レティアのいうことは、至極もっともだった。


 そして、彼女の言葉を聞いて、家族に会えそうだということに、ウーウェンは嬉々とした顔をしていた。

 そんな彼女を見ながら、私はため息をつく。


 ……そうよねえ。王都で勝手に赤竜飼っちゃダメよね。


「……レティア。お前サラッというけど、王都で竜飼わせる気か?」

 マルクが片手で額を抑えながら、レティアに尋ねている。

「だって、これは放っておいても、ついてくるやつだろう?」

「……まあ、そうなんだろうが……」

「デイジーかその家族に絶対服従ならば、国でこっそり抱え込んでいるのに等しい。……あの国王と宰相なら、受け入れる。そう思わないか?」

「……ああ、そうか」

 レティアとマルクは、国からの依頼を直接受けるくらいの冒険者だ。

 口ぶりから推測するに、国王陛下と宰相閣下とも面識があるっぽい。

 まあ、ついてきたいって子を連れて行けそうだといってもらえるのは、ほっとするものの……。


 ……めんどくさいな、この事態。


「ほら〜! 行くよ、デイジー様。あと、お連れのみんなも!」

 半ば引きずられるようにして、私は上階へと続く階段を登っていくのだった。


 四十六階から四十九階は、ひたすら、本、本、本だった。

 各階のフロアを埋め尽くすほどに、魔術を中心として、様々な分野の本が、本棚に詰まっていた。


「……すごい」

 その量に圧倒されて、私は思わずつぶやいた。


「あれ?」

 その中の、羊皮紙でできた一冊の本の背表紙を見ると、見たこともない文字で書かれた本があった。

「それは、古き時代に人が使っていた、古代語だよ」

 私が首を捻っていると、ウーウェンが教えてくれた。


「あ! こっちに古代ドワーフ語で書かれた本もある!」

 リィンが他の本を手に取って叫んでいる。


「エルフの古代語の本もあるわ……」

 アリエルも、ありえないといった表情で、一冊の本を手に取っていた。


「グエンリール様は、ありとあらゆる書物や実験道具、そしてボクを従者として、この塔に隠遁されたんだ。彼の興味はありとあらゆるものに注がれていたから、本の数が凄いんだよ。本人が書いた本も多いけどね」


 ……これ、書いたものは置いといても、他は全部読んだのかしら?

 そう考えたら、クラクラしてきた。


「あれ……」

 クラクラしつつも、本の背表紙を眺めていると、錬金術に関する本を見つけた。

 さすがにそれは気になって、背表紙の頭に指をかけて引き出して、手に取ってみた。


 ……なにこれ。

 それは、『錬金術における禁忌』というタイトルの、著者がグエンリール本人の本だった。


「ああ、それは、グエンリール様が書いた本だよ。彼には錬金術師の友人がいてね。でも、考えが合わずに袂を分かったんだ。……それも、隠遁するに至った理由の一つなんだけれどね」

 ウーウェンがあまり良い思い出ではないのか、苦い顔をしながら説明してくれた。


「ねえ、この本だけ、持っていてもいいかしら?」

 私はウーウェンに尋ねた。

「もちろん。だって、相続者だもの」


 ひとまずウーウェンの許可は取ったことだし、きちんと保管しておいて、お父様には後で報告すればいい。

 そう思って、ポシェットの中にその本を大切に仕舞い込んだ。

 どうしても、この本だけは、私は読まなければならないと思ったのだ。


 そうして、本ばかりの階を見て回って、最上階の五十階に到達した。

 そこは、本棚と、実験器具、そして最低限生活するためのベッドやテーブルと机、ソファなどがおいてある、人が住んでいたのだろうと推測できるフロアだった。

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