第224話 因果律
「デイジー様は、因果律という言葉を知っていますか?」
アリエルが、私の知らない言葉を口にして、私はさらに首を捻ることになったのだった。
「因果律?」
普段あまり耳にしない言葉だった。
「あるときに発生した事柄ーー原因から、それより先の未来における別の事柄ーー結果が、必然的に生じる場合、そのことを因果律というんです」
「ちょっと難しいわね」
私が戸惑っていると、アリエルは「そうかもしれません」と同意してくれた。
「何事にも、起きることには原因と結果があるということだ、くらいに思っていただければ、間違いでもないでしょう」
「うーん。それと、この石を私が見つけたことと何か関係があるの?」
すると「そうですね……」とつぶやいて、アリエルが口元を片手で触れながら、暫しの間思案げにする。
「デイジー様は、いくつかのこれに類する宝石を手に入れてきましたよね」
「ええ、そうね。でも、どうしたらいいか見ることもできなかったから、大切に保管庫にしまっているわ」
「そうですね。そして、錬金術師のデイジー様がその宝石をまたここで手に入れた。それの元の持ち主は、錬金術師になりたかったデイジー様のご先祖様です」
アリエルが、この宝石に出会った今までの経緯を順を追って説明してくれた。
「なあ、アリエル」
「どうしました? リィン様」
私たちの会話に、リィンが口を挟んできた。
「そもそも、時系列的に言えば、デイジーの祖先のグエンリールがその宝石を持っていた。だったら、デイジーが、何らかの意思をもって導かれたと考えてもいいんじゃないか?」
……あんまり、私の人生を不可思議なものにするのは、どうかと思うのだけれど。
私が途方に暮れているのを他所に、彼女達は勝手に話を進めてしまう。
「ああ、確かに。私の母ならいいそうです。『機織りの女神の織ったままに』とか……」
「グエンリール様は、その宝石をとても大切にしていて、ボクは『いつかそれを手にする子孫が訪れるまで、大切に保管しろ』って言われていたんだ!」
ウーウェンまでもが参加しだした。
「そう考えると、リィン様。あなたが言われるとおりなのかもしれません。この宝石達の重要性をグエンリール様は知っていた。もしかしたら、いつか訪れる自分の子孫に何かを託したかったのかもしれません」
「多分そうだと思う!」
何だか、アリエルとウーウェンが、リィンの案に納得していた。
だけど、私はまだ納得できていなかった。
それに、何だか怖くなってきたのだ。
……私の運命ってそんなに難しいものなのかしら。
だんだん私の顔が曇り顔になっていくのを感じる。だって、さっきから首は捻りっぱなし。そして、彼女達の会話が盛り上がれば盛り上がるほど、私の口の端は下がっていく。
「デイジー」
そんな私の背中を、マルクがぽん、と叩いた。
彼のその笑顔は、人を労わろうとする優しいもの。
「お前は何もそんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな」
マルクに背を叩かれたかと思うと、次はレティアに髪をくしゃりとされた。
「レティア……」
「お前は何事も真面目に考えすぎだ。誰の何の意思があろうが、因果があろうが、お前はお前だ。その心の思うがままに、素直に生きればいいんじゃないか?」
レティアが穏やかな口調で私を慰める。
一緒にこの塔を登ってきたリーフやレオンも私のそばにきて、私の手や足元に顔を擦り寄せてきた。
「まぁ」
レティアが、下がったままの私の口の端両方に指で触れて、くいっと持ち上げた。
「何
顔を横に振って、その手を振り解こうとしたけれど、意外にレティアの戒めは固かった。
「お前に何かあったら、お前のことは守る」
「俺達が、な。それが約束だ」
私に強制的に笑顔を作らせようとするレティア。そして、そんな私の目の前に、中指に嵌められた仲間みんなでお揃いの指輪をかざすマルク。
二人は、真摯な眼差しと微笑みをもって、私に今一度誓ってくれた。
そうだ。精霊王様がくださった宝石をもとに、私が初めての合金を作って、リィンが指輪にしてくれた。そうして、マルクとレティアに、「永久護衛権と交換」と言って渡して、怒られたのよね。
その時のことを懐かしさをもって思い出すと、何だか自然と私の口角が持ち上がってくる。それとともに、レティアの戒めが解けた。
……仲間がいるから、大丈夫。
そうだ。
どんな意思が、どんな思惑が、そしてどんな運命が待っていても大丈夫。
私には、頼もしい仲間がこんなにいるんだもの!
マルクがまだあれこれ談義しているアリエル達を収めさせた。
そして、この塔に残された遺産をどうしようという相談に移った。あれやこれや案が出たものの、ひとまずこれらをいきなり持ち出すことは不可能だ。
やがて、私達は結論をまとめた。
ウーウェンはここにひとまず居残って、遺産の管理をする。
私は、まず親に、そして国王陛下に報告し、ウーウェンと遺産の取り扱いを相談する。
ウーウェンと遺産を動かすのは、それからということになった。
私達は、ウーウェンにいっときの別れを告げる。そして、王都に戻るために塔を後にするのだった。
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