第219話 賢者の塔の管理人

「ボクはね、この塔の管理人なんだよ。だから、ここにいるんだ。……あ、この格好じゃ、警戒するか」

 ドレイクは、マルクやレティア、みんなが自分に対して構えをとっているのを感じ取ったらしい。


 ぽふん。


 ドレイクの姿が煙幕がかかったように見えなくなった。

 それが晴れたかと思うと、そこには一人の女の子がいた。


 黒い、くるんとしたツノ。

 燃えるような赤い髪と、金色の瞳。

 にっこり笑った唇に、ちらっと覗く八重歯(キバ?)。


 竜人とでもいうのだろうか。

 ドレイクが、そんな姿の少女に変わっていた。


「あなたはドレイクなの? 竜人なの?」

 私は彼女に問いかける。

 ちなみに、竜人というのは、ものすごく数の少ない亜人の一種だ。

 ずーっと昔に、一代だけ竜と交わった人がいて、その子孫がその体にその名残を残して血を繋いでいる。

 そう、まことしやかに伝えられているくらい、珍しい種族。


 ところが、私の問いに答える前に、別の言葉が彼女のかんに触ったらしい。

「ドレイクだなんて失礼だな! ボクはれっきとした赤竜だよ! ご主人様に子供の頃に拾われて日が浅いから、まだ若いだけ!」

 ぷんぷんと怒り心頭といった様子だ。


 すると、背後でマルクの声で、「げっ!」とカエルが鳴くような声が上がった。

 ちらっとマルクを見る。

 気持ちはわかるわ……。


 ドレイクじゃなくて、私たち、若いとはいえ赤竜を倒そうなんて思っていたのね。

 準備していたとはいっても、無謀にも程がある。

 この状況はまだよくわからない。

 でも、停戦できて良かったのかもしれない。


「ちょっと! 聞いてるの?」

 マルクを見ていたら、赤竜の少女が、私が彼女を見ていないことに怒り出してしまった。


「あ! 話の途中にごめんなさい。それで、あなたのご主人様って、誰? そして、私とどう関係があるの?」

 顔の向きを戻して視線を彼女に向け、再び会話に戻る。


「ボクのご主人様はグエンリール様! すごい賢者様だったんだからね! ……まあ、もう死んじゃっていないんだけど」

 我がことのように、えっへんと胸を張ってその名前を口にしたけれど、最後はしゅんとしてしまった。


 ……え? その名前って。


『賢者の塔には、かつて大賢者グエンリールが住んでいたと言われている』、そうレティアに聞いた記憶が蘇る。

 そんなすごい人が、本当に実在していて、そしてこの塔に住んでいたの!?

 ちょっと驚いてしまって、私は目をパチパチさせる。


 ……でも、もう一つ疑問があるわ。

 あの少女は、私に向かって「ご主人様の匂いがする!」と言った。


 え? それって、まさかのまさかよね?

 私のうちは王都に住む、家系図もしっかり記録している子爵家。

 そこにグエンリール様の名前はなかったはず。


「……ねえ? そのグエンリール様のって、どういう意味なのかしら?」

 そう、これを明らかにしなければならない。

 だから私は少女に尋ねたのだ。


「多分間違っていないと思うんだけどね。……ちょっといいかな?」

 言いながら、彼女は私のもとへ歩いてくる。

 そして、私の片手を大事そうに両手で掬い取って、にっこり笑う。

「確かめさせてね」


 笑顔でそういうと、私の人差し指を食んで、その牙で、指先にプチンと穴を開けたのだ!

 少女が、軽く私の指先を吸う感触がする。


「いたっ!」

 私が顔を顰めて、反射的に彼女の手を振り払って、私の手を自分の元へ戻す。

 指先を見ると、ほんのちょっぴり傷がついて、血が滲んでいた。


「急に何するのよ。ひどいじゃない」

 私は思わず少女を睨んでしまう。

 だって、いきなり人を噛むのよ?


「ごめん! でも本当になのか、確認したかったんだ」

 後頭部を掻きながら、頭を下げて謝る少女。


 ……いや、すでに問題はそこじゃない。

 ってどういうこと?

 ちなみに私には、竜を従えた記憶はないわ。


 そんな私の葛藤を知りもせず、少女は嬉々として語るのだ。

「味見してみて、やっと確信が持てたよ! 新しいご主人様! ご主人様には、グエンリール様の血が混ざってる! だから、あなたが私の新しいご主人様って決めたから!」

 そう言って一歩離れた距離を埋めると、私に抱きついてきた。


 ちょっと待って!

 私は竜のしもべなんて知らないわーー!

 しかも勝手に決めないで‼︎

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