第218話 竜殺しというもの

「ご主人様の匂い!」と喜色の滲んだ声でドレイクに言われ、見つめられて、当惑しない人がいるだろうか?


 普通、いないよね?

 そう、デイジーは心の中で思う。


 デイジーにとってそれは、まさかの事態としか言いようがなかった。

 ドレイクが、攻撃の意思を見せるどころか、むしろ喜びに溢れんばかりに目を輝かせて自分を見ているのだから。

 さらに、そのドレイクの姿は、まるでデイジーからの声がけを、今か今かと待っているようだ。


「……どういう事態なんだ? これ」

 見つめ合うデイジーとドレイクを遠巻きに見守りながら、マルクが傍らにいるレティアに問う。

「まあ、様子を見守りつつ、危なくなったらすぐ出られるように、構えておくしかないんじゃないか?」

 レティアが冷静な判断を下す。


「……戦うのは本望じゃない。違うか? まあ、確かに打倒ドレイクを目標にしてきて、これらを入念に準備してきたのは確かだ。肩透かしな気分はしなくもない」

 レティアにしては珍しく、饒舌にマルクに意見する。

 そして、手に握る剣を、彼女は目の高さにまで掲げる。

 それは、階段での準備作業の時に綺麗に血を拭い取られており、窓から差し込む光を反射する。


「なあ、マルク」

 レティアが、その美しい刀身を眺めながら、マルクの名を呼ぶ。

「動機はどうあれ、彼女たちの生み出した武器や防具のたぐいは、私たちを……国や領主、困っている国民からの願いを叶えるのに、十分に役立った。そして多分これからも。……そうだろう?」


「……ああ、そうだな」

 マルクは、自分の中指にはまる指輪を見下ろす。


 これのおかげで、彼らは国を守るA級冒険者として、状態異常攻撃を持つ敵ですら恐れる必要はない。

 そして、この二年近くの間だって、別に彼らは、彼女たちの護衛だけをしていたわけではない。彼らの本来の仕事を、彼女たちが作り上げた防具を身につけて、解決してきたのだ。

 そして、おそらく今の自分たちの実力が、彼女たちの作り上げた装備によって、S級にすら匹敵するだろうと薄々感じている。

 けれど、彼女たちの『永久護衛』をして欲しいという願いと、自分たちの『国を守りたい』という理由から、あえて昇格申請をしていないのだ。

 Sに昇格してしまえば、活動範囲も討伐要請も増え、彼らの望むもの以外にも対応せざるを得なくなる。


「なあ。ドレイクを目標にしてきたことに拘って、彼女たちを不要な危険に晒したいか?」

「……したくないな」


「なあ、マルク。エルフの女王が言っていたとおりじゃないか?」

 唐突に、レティアが懐かしい人の名を持ち出してくる。


「……アグラレス、様……」

 アリエルの母であり、のエルフの女王の名を、マルクは口にした。


「そう。全ては、機織りの女神の紡ぐ運命のように。……デイジーが、そもそも賢者の塔ここにきたがったのも、この結果も含めてのことだったんじゃないのか!?」

 レティアは、まるでアグラレスが夢見心地に語った時のようなことを、頬をほんのりと紅潮させながら言い出すにまで至っている。


 マルクは、そんな彼女の様子と、その言葉に少し思い込みが過ぎるのではないか、と一瞬思う。

 けれど、今目の前に展開されている状況は、否定をするのに躊躇いをもたらすのだ。


「なあ、マルク。私たちに敵対したり、災いをもたらすのならともかく、そうでないドレイクや竜を、倒す必要があるか?」

「……ないな」

 マルクは、レティアに圧倒されて、その問いにも簡潔に答えるばかりだ。

 いつからレティアはこんなに饒舌に、そして、感情的にものを語るようになったのだろうか? マルクは困惑する。今の彼女は、己の知っているレティアではなかった。


 そして、レティアの言葉のとおり、人の生活を脅かしたり、必要なものを求める旅の中で敵対する事態になったとしたら、それは倒すしかないのかもしれない。

 そう。

 全ては綺麗事だけで済むわけではないのだから。


竜殺しドラゴンバスター』の称号、それは冒険者にとって蠱惑的な響きを持つ。

 亜種であるドレイクであっても、おそらくその死体を冒険者ギルドに持っていけば、大騒ぎだろう。


 しかしその名誉を求めて、自ら竜の住処を侵し、敵対しない相手を殺す必要はないのではないだろうか?

 あらためて長年の相棒に問われ、マルクは考える。


竜殺しドラゴンバスター』。

 それは承認欲求や自己顕示欲や、金や名誉への欲を満たすため。

 冒険者のごうに近いものに突き動かされた行為に過ぎないのかもしれない、と。


 そうして、しばらくの問答を経て、マルクとレティアは、視線をデイジーとドレイクに戻すのだった。



 ……この熱視線、いつまで続くのかしら?


 マルクとレティアが語り合っている間、ずっと、デイジーとドレイクは見つめあっていた。


 ……私からの声がけを、待っているの、かなぁ?


 じゃなきゃ、じーっと私を熱い眼差しで見つめながら、をしているような状態で待ってないよね。そう、デイジーは思う。


 ……だったら、まずわからないことを、彼女に「どうして?」って聞くのが、流れかなあ?


 デイジーは心の中で、どうするかを決めるのだった。


「ねえ、ドレイクさん」

「はいっ!」

 ドレイクは、デイジーに声をかけられて、尻尾を振らん勢いで……というか、実際に尻尾を振っていた。

 なんか、フロアの床がバンバン打ち鳴らされていた。


 被害がないならいいんだけれどね。

 幸い、仲間たちはドレイクの尻尾側にいなかった。


「あなたは、なぜ私を『ご主人様の匂いがする』なんて言うの? あなたは、誰でなぜここにいるの?」

 デイジーは、ドレイクにそう、問いかけたのだった。

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