第203話 もう一つの宝箱
アリエルが開けた宝箱に入っていたものも、また麻袋に入った種っぽいものだった。
「……やっぱり、何かの種っぽい」
袋の口を開けて、中身を手のひらに載せたアリエルが呟く。
「ちょっと見せてね」
私は、見たことのない種が二つ目ということ。そして、マルクが言っていた、「ミミックを倒した後の宝箱は良いものが入っていることが多い」と言っていた言葉に、ちょっと期待していたのだ。
……すごい種だったりして!
【古代の薬木の種】
分類:種子類
品質:良質
レア:A
詳細:現在は絶滅した古代の薬木の種。根や葉は高級薬剤のもととなる。
気持ち:大事に育ててね!
……えっと、やっぱり凄いもの?
「この種を育てると、葉っぱや根っこが高級薬剤の原料になるんですって」
私は結果を皆に伝えた。
「とすると、これもデイジーか。しっかり育ててくれよ!」
マルクは以前も栽培不能とされていた種を栽培した私に期待しているのか、決定事項のように言う。
そして、みんなも誰も異議を唱える者はいなくて、その種は私に預けられることになったのだ。
二つの種も、宝石と共に大事にポシェットに入れる。
「さて、火鼠達が帰ってくる前に、この谷を出るぞ!」
私達は急いで元来た道を駆け抜けたのだった。
そしてその後、谷に平穏が戻ったことを感じ取った火鼠達が、行列になって自分の洞穴へと帰っていく。
それを、谷の外側の高台にある平原から遠目に眺めながら、マルクが今日はもうここでキャンプをすることに決めた。
「ここなら安心ね!」
テント張りをしているマルク達を眺めていると、早速リーフとレオンとティリオンがやって来た。
目当ては『またたびの木の種』だろう。
「ください! デイジー様!」
「もう、十分に待ちました!」
「ピィィーー!」
三匹が私の周りにまとわり付いてくる。
「はいはい。一匹一個ずつよ! 他の子のものを取っちゃぁだめよ!」
そう言って、私は、一つずつ彼らに種を与える。
すると、嬉しそうに各々口に咥えて、場所を検分し、そこに種を置く。
リーフは涎を垂らしながら背にゴロゴロと種を擦り付け。
レオンは、擦り付けていたかと思うと、後ろ足でケリケリしたりする。
ティリオンは、口に咥えたまま飴玉のように舐め回して、やはり涎を垂らしている。
三匹三様だが、いずれの顔も恍惚として、すでに意識は現実から飛んでしまっているようだ。
「うわぁ……。こんなに好きなんだぁ」
私は思わずその光景にびっくりした。
だって、いつもはとっても凛々しくて、子犬姿の時も、とても可愛らしいのに……。
「まあまあ。彼らにも、思いっきり息抜きすることは大事だろ」
そんな私の肩をポンと叩くリィン。
「確かに、それにしても凄いですね。子供の頃から育てましたが、ティリオンがあんなになったところを見たことがありません」
アリエルも、ティリオンを見て呆然としている。
テントを張り終えたマルクがこちらにやって来る。
「お〜! みんなゴロゴロになってるなあ。さすがまたたび!」
冒険者テイマーの知り合いに聞いたんだけどな、と言って詳しく教えてくれた。
「テイマー相手だと、またたびをくれるご主人様なら〜って、素直に従魔になるんだと。まあ、素直にさせるには、暫く定期的に与える必要があるらしいけどな」
「まあ、ちゃんと懐いてくれているとはいえ、これは相当気分転換になってそうだな……」
リィンが呟く。
私もその言葉には納得だ。
「三匹のためにも、絶対に栽培に成功しなくちゃ!」
その言葉が聞こえたのか、またたびの木の種に夢中になっていた三匹が、かっと目を光らせてこちらを見る。
(怖いよ!)
「「「ぜひお願いします!」」」
期待は熱いらしい。
うん、頑張ろう。
そんな中、レティアがせっせと小さめの火鼠を解体していた。
私は、不思議に思って彼女のそばに寄って行った。
近くで見ると、さすが冒険者経験が豊富なだけあって、彼女の手際はテキパキと無駄がなく、優れていた。
「その子だけ、なぜ今解体するの?」
私は、その綺麗に皮を剥ぎ取られていく火鼠を眺めながら尋ねた。
「……今晩の肉だから」
……え? え?
ミィナがよく厨房から追い払っているねずみ達が、私の頭の中をぐるぐると走り回る。
「えっと……。今晩のメインはねずみ肉なの?」
嫌だなあ、という感情を込めて、尋ねてみる。
「あれ? デイジー様は知りませんか? 野生の大型のねずみは美味しいんですよ。私達エルフも、ここまで大きくはないですが、ねずみの仲間を香草焼きにして食べたりします」
アリエルがこちらへやってきながら説明をしてくれた。
「でっかい体な分、可食部分もたっぷりあるしな」
マルクも食べたことがあるようだ。
「私は食べたことないぞ」
リィンはやはり街育ちなだけあって、私と同じく未経験だった。
「私、香草詰んできますね〜!」
食べ慣れているアリエルは、食べたくなったのか、草が茂っている一帯に探しに行ってしまった。
「あ、私もいくわ!」
鑑定能力があるから、キノコ摘みくらいは手伝えるだろう。
私とリィンは、アリエルを追いかけて走っていくのだった。
そして夜。
パチパチとはぜる焚き火の上で、塩胡椒と香草をまぶして大きめの葉で包んだねずみ肉が焼けている。
悔しいけど、とても匂いが食欲をそそる。
鍋には、ネズミの骨で出汁を取ったキノコや根菜、そしてねずみ肉の入ったスープが、これまた良い匂いで私たちを誘う。
「そろそろ、かな」
包み焼きを火から下ろすと、食べやすい大きさにレティアが切り分けてくれる。
フォークやスプーンと共に、器に装ったねずみ鍋も振る舞われる。
……多分、これは美味しいものだろう。
本能ではわかるのだ。これは美味しそうなものだと、嗅覚と食欲が訴えている。
……でも、ねずみ!!
私は、その事実を追い払うように、ぶんぶんと頭を振ってから、ええいままよ! とフォークをねずみ肉に刺して自分の口元に持ってくる。
ぱく!
……
……
……
「うわぁ! 美味しいっ!」
鶏肉や野うさぎなんかよりも、ぎゅっと味が詰まっていて滋味がある。
そして、蒸し焼きにしたことで、香草の匂いがしっかり馴染んでいて、ジューシーで美味しい!
「あ! ほんとだ! 美味い!」
リィンも私の横で目を見開いて、絶賛している。
またたびの木の種に飽きた三匹も、立派な獣の生肉の塊を食べられて、大満足のようだ。
遠慮なくガツガツ食べている。
そんな様子を、準備してくれたマルクとレティアが目を細めて見ていた。
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