間話 贖いと救いの道②
リリアンは、礼拝堂の創造神の小さな石像の前で、両手を組み、黙祷し祈りを捧げた。
神への謝罪と祈りと迷い、それを自分の心の中で神と対話する、長い長い祈りだった。
その後、ようやく祈りを終えたリリアンが、背後で見守っていた神父風の男の方へと振り返る。
「神父様、……罪は、罪は消すことはできますか?」
すると、男は哀れみのような優しさのある笑みを浮かべて、だが、首を横に振った。
それを見て、リリアンは、俯く。そして、二人の間には、ただ沈黙だけが場を支配し、それを、小さな創造神が二人を見守っていた。
「
男が口を開く。
「……知り、ません……」
俯いたまま、リリアンは首を横に振った。
「犯した罪は消えない。罪に限らず、自分の行動には責任が伴うんだ。そして、その事実は事実として残るんだ」
「……責任」
甘やかされた貴族の娘として育ったリリアンに、そんなことを教えてくれるものはいなかった。いや、いたのかもしれない。幼かった彼女が、ただ単に興味を持たなかっただけで。
「話を戻そう。贖いとはね、罪や過ちの償いをすることをいう、古い言葉だ。罪は消せない。けれど、償うことはできる……、と私は思っているよ。もちろん、死をもって罪を贖う、というのが死罪の考え方なんだろうけれどね」
「……償い」
この男は、私に知らなかったことばかりを教えてくれる、そうリリアンは思った。
そんなことを思ってリリアンが彼を見上げ、目があうと、彼は苦笑いを浮かべながら再び口を開く。
「……偉そうなことを言いながら、済まない。私は、正式な神父ではないんだ。ただの贖罪中の男だよ。私は幾ばくかの回復魔法が使えるからね。それを、こういった辺境の、治療がままならない地域を巡回して、それを犯した罪の償いとして生きているただの男だよ」
その言葉に、「……え」と声を漏らして、リリアンが大きく目を見開く。
「騙すつもりはなかったんだけれどね。私も、魔獣に襲われて服をダメにしてしまってね。ここに遺棄されていた神父服をお借りしていたって次第なんだ」
そう言って、彼は肩をすくめた。
「君は言葉や仕草が綺麗だ。都会の良い家の生まれかな?」
そういって、彼は、辺境に住む人々の実情を教えてくれる。ポーションを買うこともままならず、ましてや、鉱山事故や魔獣の襲撃によって四肢を欠損したら、それを回復する術もないことを。
「……それでは、仕事もできなくなってしまうでしょう? 彼らはどうなる……のですか」
恐る恐るリリアンが尋ねる。だって、四肢欠損なんて、仕事をする術を失うのに等しいのではないのだろうか。
「都会だと、スラムなんかで細々と生きていかざるを得なくなるかな。田舎町なんかであれば、親族が養ったりとかもあるんだろうけれど……。悔しいけれど、私にはそこまでの能力はなくて、救えないでいるんだ」
「――っ、私、出来ます! パーフェクトヒールが使えます!」
俯き加減に四肢欠損者の現実を伝える彼の腕を両手で掴んで、リリアンが叫んだ。
「え? 君は一体……」
そして、リリアンは男に自分の事情を説明した。
元々は王都で聖女となるべく育てられてきたこと。ちやほやされることに甘んじて、結果、聖女の職を神に剥奪されたこと。それを逆恨みして、新たに聖女とされた子に決闘を挑んで破れたこと。それは、国王陛下と枢機卿猊下の御前で行われ、もう、戻る場所もないことなどを、ポツポツと語ったのだった。
「……やっちゃったって感じだね」
男はそう言って笑うだけで、リリアンの告白の内容を責めたりはしなかった。
だから、リリアンは思い切ってその思いを口にした。
「あのっ、私も、一緒に連れて行ってください。その、貴方の贖いの旅に!」
その言葉に、今度は男が驚いたような顔をして大きく目を見開いた。
「無償での行為だ、貧しい旅だよ? そして、誰も許すとは言ってくれないし、ただ、自分の心の救済になるかどうかだけの旅だよ? 一晩の宿に困ることすらあるんだよ? それに、ついさっきあったばかりの男と旅をするというのかい?」
男はリリアンの申し出に戸惑う。彼の旅は決して楽ではなかったから。そして、彼女があまりに世間知らずすぎだと思ったから。
「神様は、私の力まで奪うことはなさらなかった。だったら、私は、救済の及ばない人たちの一助をすることで、罪を贖いたいのです。そのために、神は私から力を奪わなかったのだと……、見捨てられてはいないのだと、私がそう思いたいのです」
そして、それと……、と、リリアンがことばを続ける。
「私は元とはいえ、聖女候補です。痴漢の撃退ぐらいできるくらいには強いんですから!」
「痴漢はひどいなあ」
仕方ないな、という風に彼は笑って、リリアンに手を差し出した。
「じゃあ、共に行こう。……終わりのない贖いの旅へ」
リリアンは、その彼の手を取った。
教会の屋根。そこに、黒服の女が潜んでいた。
……自ら、道を見つけたか。
彼女は、『鳥』。国王陛下の命を受けて、彼らの監視を定期的に行なっていた。
彼女の件は、陛下にご報告だな。
そして、後もう一人は……。
そこに、鴉が飛んできた。
すでに彼女の姿はどこにもなかった。
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