第162話 我儘な素材達②

 私は、『トカゲの黒焼き』があるという素材店に、足を踏み入れた。

 店内を見回すと、なんだか、こう、おどろおどろしいものが並べられていて、ちょっと不気味だ。


『蝙蝠の陰干し』とか、『なんとかの肝』、『なんとかの心臓』とかが、所狭しと並べられていたり、吊るされているのだ。

「その辺りはね、一部の地域出身者が煎じて薬にしたりと、需要があるのさ」

 肩を竦めながら、ビクビクと店内に足を踏み入れる私に、おばあさんは、笑ってそう言った。

「でも、お嬢ちゃんには、ちょっと気持ちが悪いだろうね」

 でも、そう言われてみると、薬として効果があるものもあるのではないかと、興味が湧いてきた。職業柄仕方がないと思う。


 ……あ。


「……これ……」

 それは、『七色鼠の肝』と、『蛍兎の心臓』だった。

「その二つに気づくって事は、お嬢さんもしかして凄腕の錬金術師かい? それはね、もう製法は失伝してしまった『エクスポーション』の素材だと言い伝えられているものだよ。だけど、それを溶かすものが必要らしいね」

 私は、その二つの素材の前で固まった。

 しかも、その二つの素材は、採りたてではないものの、その後しっかり保管用に加工されていて、品質はとても良いものだった。


 ……『エクスポーション』、私が作りたいと思っていたものだわ!


 まだ、製法が全部わかってないとは言っても、一応、入手可能な時に手に入れておきたい!

「おばあちゃん、私、この二つも買いたいです!」

 その言葉に、おばあさんはキョトンとした顔する。

「若気の至りなのかなんなのか、……変わったお嬢さんだね」

 そう言うと、その素材二つを手に取り、店の奥にあるカウンターに行く。


「あとは、『トカゲの黒焼き』だったね」

 カウンターの裏に、ずらりと引き出しが並んだ立派な戸棚の中から、色々な種類の『トカゲの黒焼き』を出してくれる。

 私も、ポシェットの中から『フレイムリザードの鱗』を取り出す。

「これと素材合わせをしたいんです。調合するのに、相性を確認したくて」

 私がそう説明すると、ふむふむ、と頷くおばあちゃん。


 私は取り出した鱗を、出してくれたトカゲの黒焼きの全てに合わせていく。

 すると、ある一匹の黒焼きのところで、鱗に反応があった。

『これこれ、超うまそう! こいつはトカゲの中でも絶品なんだよな!』

 これをくださいとお願いすると、おばあさんは驚いたように目を見開く。

「全く、お嬢ちゃんはすごい目利きだね。フレイムリザードは、実はこっちのトカゲの方を好むって一般に思われているんだよ」

 そう言って、おばあさんが、フレイムリザードの鱗が選んだものよりも一回り大きいものを指さす。

「でも、それは誤りでね。小さくても、こっちのトカゲの方が大好物なんだよ」

 次に、フレイムリザードの鱗が選んだものを指さす。


「うん、なかなか目の効くお客さんだ。気に入った! さっきの肝と心臓も合わせると、それなりに値が張っちゃうからね。お得意さんってことで割引してあげよう。また来ておくれよ」

 そう言いながら、購入品を袋に詰め、少し割り引いた値段を請求された。

 私にとっても、良いお店を新規開拓できたわ。素材の質もいいしね!

 私はお金を払って袋を受け取り、ご機嫌でアトリエに戻るのだった。


 さて、『トカゲの黒焼き』ねえ。

 私はアトリエに戻って、実験室の椅子に腰掛けている。

 そして、目の前には『トカゲの黒焼き』と乳鉢がある。

 お店のおばあさんに聞いたところによると、これは、粉にして使うと、成分が均等になるのだそうだ。


 ゴリ、と大きめの乳鉢の中でトカゲをまずは潰す。

「まるで怪しい呪い師か魔女みたいですね」

 それを通りがかったマーカスが見て、うっかり素直な感想を漏らした。

「……私だってそう思っているわ。でも、言わないでほしかったわね」

 うん、なんか童話に出てくる、釜(しかも錬金釜あるし!)の中で、トカゲの黒焼きや何かの心臓とかを煮溶かして(この後溶かす予定だし!)、おどろおどろしい怪しい薬を作る、そんなイメージだわ。

「でも、フレイムリザードはこのトカゲの黒焼きが大好物で、これを一緒に混ぜないと効果が出ないそうなのよ」

 と、『素材の気持ち』が見える事は話していないから、説明を少し違う表現にする。

『効果が出ない』じゃなくて、本当は『やる気が出ない』なのよね。


「不思議なこともあるものですね。錬金術はなかなか素直に教科書通りとはいかない。少し私にも勉強させてください」

 そう言いながら、マーカスが、フレイムリザードの鱗を手に取って、私が擦ろうとしているトカゲの黒焼きに近づける。

 マーカスは、素材と素材を近づけることで、『何かを見る(感じとる)』ことができるタイプなのだ。

 マーカスの手が、トカゲの黒焼きに近づくと、確かに鱗はなんらかの反応を示したようで、マーカスがふむふむと頷いている。

「ああ、確かに鱗が良い反応をしますね」

 やっぱりわかったようだ。

 そして、「ここに戻しておきますね」と言って、もとあった場所に鱗を戻してくれた。


 ゴーリゴーリ。


 部屋の中に、トカゲの黒焼きを延々と擦っている私。

 やっぱり、私呪術師にでもなった気がするわ。

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