第96話 賢者の塔攻略、そして

 ひとつ疑問があるのだけれど。

 ドラゴンブレスというのは、物理攻撃や魔法攻撃の範囲に入るのかしら?


 ひとまず、態勢を整え、作戦を考えるために階段まで戻る。ここなら、まだドレイクは来られないし、ブレスも放ってこない。


「……聞いていいかしら。ドラゴンブレスって、物理攻撃や魔法攻撃の範囲に入るの?」


 私の問いにまず答えたのは、リーフだった。

「残念ながら、いずれにもあてはまりません。この世界の理からすれば、『物理攻撃』とは重さと加速度をもって与えられる攻撃に限られます。ドラゴンの吐き出す『炎』は熱と光の放射という『現象』であり、重さがありません。ですから、物理攻撃には当てはまらないのです」


 次に答えたのはレオン。

「そして、彼らの生み出す炎などのブレスは、魔法の発現原理と異なるものから生まれます。ですから、魔法攻撃にもあてはまりません」


「……という事は」

「この指輪でも防げないという事か」

 私が言いかけた言葉を、リィンが呟き、私達は、私とリィンの中指にはめた異なる色石のついた指輪を見下ろした。


「……デイジー様の体力では、ブレスを一撃でも受ければ死に至ります。守護する身として畏れ多いかもしれませんが、守るべき御身だからこそ、この先に進むことは容認できません」

 リーフがそう言って首を横に振る。

「リィン様でも、運悪く連続で攻撃を受ければ、お命が危ういかと……」

 レオンも下を向く。


「……私は弓術と光と火と聖の属性しか手がありません。弓ではドレイクに対して致命傷は与えがたいでしょうし、光魔法は光自身とそこから生まれる熱による攻撃です。炎のブレスを吐くドレイクだと、私の攻撃手段では、あまりお役に立てない気がします。それと、体力面でも不安があります」

 そう言って、アリエルがきゅっと唇を噛みしめる。


「俺とレティアは、装備は耐熱や防火仕様になっていない。武器も特殊なものじゃ無い。デイジーが持っているポーションがいつまでもつかの消耗戦だな」


「……くや、しい」

 私は下を向いて呟く。

「最上階に魔導師向けの本や装備がもしあったとしたら、……お父様やお兄様たちのお役に立てると思ったの」

 私の頬を伝って涙が流れ落ち、石素材の床にぽたぽたと黒い染みを作る。

「……なあ、デイジー。それと引き換えに、デイジーが大変なことになったら、家族は喜ぶと思うか?」

 マルクの問いかけに、私はふるふると首を横に振った。

「迷惑かけて、ごめ、んなさい……」

「気にするな、失敗は誰にでもある。だが、死んだらそこで終わりだ。俺は誰も失いたくはないだけだ」

 ぽんぽん、と優しくマルクが頭を撫でる。


「デイジー」

 リィンが私の正面にやってきて、泣きじゃくって揺れる私の両肩にそっと手を乗せ、まるで母親が泣く子を宥めるように優しくさすってくれる。

「アタシには、鍛治、そして、デイジーには錬金術がある。ドレイクを倒したかったら、それに見合う装備を二人で作りあげればいいじゃないか。アタシたちにはその可能性があるんだから」

 そういうと、片手が私の後頭部に、もう片方の手を私の背に回す。そしてリィンは私の顔を彼女の肩に押し付けた。私は、顔をリィンの肩に預けて、泣いた。甘えさせてもらえるままに泣くと、私の涙でリィンの服の肩口が濡れてしまった。


「……今日は引く。だが、いつか倒す。……それでいいか?」

 マルクが全員に確認する。全員が無言で頷いた。


 全員同意の上、私達は上がってきた道を、逆戻りに降りていった。


 ◆


 降りたらもう夜だった。

 テント張りや焚き火起こしはマルクとレティアにお願いして、食事はミィナが持たせてくれたパンを大放出することにした。


 ……だって、やっぱり今日はみんな疲れたよね。


 だから、パンを食べたらその草むらにそのままみんなでゴロリと大の字になった。

 空は薄曇りで星はない。ぼんやりとした輪郭の月が少しだけ空を明るくしている。まるで、賢者の塔の攻略を失敗して撤退した私たちの心を表現しているような、そんななんとも表現できない夜空。


「攻略失敗だったなあ」

 ぼやくリィン。

「ああ、でも収穫はあったな」

 ノーライフキングから奪った指輪のことだろう、マルクがみんなを励ますためか、前向きな発言をする。

「確かに、あれは直したらすごいわね」

 だって、私たちの守護の指輪に近い力を秘めている。

「私、もっとデイジー様のお役にたてるようになりたいです」

 ぐずっと鼻をすする音混じりにアリエルが呟く。

「あの塔で一番働いてくれたのは、アリエルだ」

 アリエルの隣で横になっているレティアが、腕を伸ばしてアリエルの髪をクシャリとする。


「俺はさ、みんながちゃんと生きて帰って来られたから満足だ」

 マルクは、うん、と頷いてから、「あーでも!」と言って勢いをつけて上半身を起こす。

「強くなりてー!」

 夜空に向かって叫んだ。私たちの中では一番の常識人、そんな彼の子供っぽい仕草に周りも笑みを浮かべ。

「……ああ、なりたいな」

 レティアも、相棒の叫びにくすりと笑いながら、頷く。


 ……いつか、みんなで攻略するんだ。


 そう心に誓って、テントに入った。

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