第89話 エルフの里

 人間の身でエルフの里に足を踏み入れてしまったらしい私たちは、無数のエルフたちに矢を向けられていた。マルクとレティア、リィンはいつ戦闘になってもいいように構えをとる。


 両者の間に、緊迫する無音の時が過ぎていく。

 そして、その沈黙を破ったのはリーフの声だった。


「緑の精霊王の庇護を受けるエルフの身でありながら、御方の愛し子デイジー様に刃を向けるとは何事だ!」


「従魔……いや、聖獣殿の額に飾られた緑の石……」

「精霊王様の……?」

「じゃあ、その聖獣殿の上にいらっしゃるのが愛し子様……!?」


 ざっと音を立てて一斉にエルフ達が弓をおろし、片膝を突いて頭を垂れる。

 そして、最初に私たちに警告を発した彼が、謝罪の言葉を述べた。

「気づかなかったとはいえ、我らが庇護をいただく緑の精霊王様のご寵愛をお受けの方に武器を向けたこと、誠に申し訳ございません!!」


「なあレティア」

「なんだマルク」

「エルフの里に迷い込むってのがまず普通じゃない。しかも彼らに一斉に頭を垂れられているってどういう状況だ?」

「今のこの状態だろうな。いいんじゃないか?あの数とやり合うのは本意じゃない」

「……まぁ、そうだな。それにしても、デイジーはなんで秘されたエルフの里の場所をあっさり見つけるんだろうな」

「……なあ、マルク。もう、『デイジーだから』でいいんじゃないか?」

「そっか」


 ちなみに、リーフに「庇護をってどういうこと?」って聞いたの。そうしたら、私たちの世界では、エルフの里というものは、そもそもこの大陸のどこにあるのかということも明確ではない、緑の精霊王様が与えた秘密の場所に住んでいるのだそうよ。今回の転送陣のように、里と繋がる地点はあるみたいだけれど。

 彼らは総じて特徴的な尖った耳と美しい容姿、そして長い寿命を持つらしいわ。でも、その美しさと数の少なさによる貴重さから、安易に人里を訪れれば、たちまち欲を持った人によって捕えられ愛玩用の奴隷にされてしまう。だから、彼らは人里から秘された場所からしか来ることの出来ない、この緑の桃源郷で生活をしているのである。

 私の求めに応じて転送陣までの道を開いたエント達も、普段は悪しきものからあの転送陣を護っている、エルフたちの守り人だったんでしょうね。


「……うーん、そんなに謝らなくてもいいんじゃないのかしら。だって、私たちが勝手にあなたたちの住まいに入り込んだのは本当だし。それに、愛し子かどうかなんて、あなたたちが知らなくて当たり前よ。初対面なんだもの。もう頭を上げて欲しいわ。誰も悪くないんだから」

 私は、頭を下げたままのエルフたちを、宥めることにした。

「でも、リーフが強く言ってくれたおかげでこの場は収まったわね。ありがとう」

 そう言って、私はリーフの頭をクシャリと撫でた。リーフは、嬉しそうに目を細めた。


 そうして、私の言葉を受けて頭を上げ始めたエルフ達。そして、一人のエルフが、そう、最初に私たちに警告した彼だ。彼が、器用に木々の枝の上を飛んで私の方へ近づいてきた。

「私はこのエルフの里の騎士隊長をしております、エルサリオンと申します。先程は大変失礼を致しました。ところで、愛し子様におかれましては、なぜ我々の里に足をお運びいただいたのでしょうか?」

 エルサリオンという名のエルフは、私の前に来ると、膝を突いて胸に手を当てて私を仰ぎみる。

 だから、私は真っ直ぐに中央にある大木を指さしたの。

「だって、あの子が苦しいって。助けてって呼んだんだもの」

「世界樹が……」

 エルサリオンが呟いた。

「世界樹?」

「はい、世界を支える三本の世界樹のひとつがあれです。愛し子様がお気づきのとおり、あれは病んでおります。なるほど、それで世界樹自らが愛し子殿を呼んだのか……」

 彼は納得がいったようで、頷くと、すっくと立ち上がった。


「緑の精霊王の愛し子様、そして、お連れの皆様。我が主、我らのエルフ族の女王様の元にご案内します。どうか、ご一緒に来て戴けませんか?」

「……いいかしら?」

 私は、マルク、レティア、リィンの方を見て尋ねた。

「……イエス以外に今選択の余地はないと思うが」

 レティアがストレートにこの状況を理解して返答する。結局他のふたりもその言葉に頷き、エルサリオンの案内を受けることになった。


 そうそう、道中、どうしても私ばかりが「愛し子、愛し子」と呼ばれるのが居心地悪くて、言ってみたの。

「ねえ、エルサリオン。あの子、リィンも土の精霊王の愛し子だからね?」

「えっ!」

 やはり気づいていなかったようで、エルサリオンはリィンにも必死に謝罪をしていた……。意地悪したんじゃないわよ?

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