第88話 不思議な泣き声

 次の日の朝。

 野営道具を片付けた私たちは、再び街道を北西に進んでいた。


『シクシクシク。痛いよう。苦しいよう。誰か助けてよう』


 ……あれ?誰か泣いてる?


 ちょうど山側に深い森があってその横を通りかかった時の事だった。

「ねえ、止まって。誰かの泣き声が聞こえるの」

 私は、リーフに止まるよう指示をして、森の方向を指さした。


「森の奥に誰かいるのか?」

 マルクたちも馬の足を止めて立ち止まる。

「うーん、そんな気がする。呼ばれている気がするから行きたいんだけど、いいかな」

 と言っても、私は一人でも行く気なんだけどね。

 だって、痛くて苦しいなんて可哀想じゃない。

「どうせ一人でも行く気だろ」

 リィンに図星をつかれた。


 ……うっ。バレてるわ。


「じゃあ、さっきみたいに俺が藪漕ぎしますか」

 そう言ってマルクがハルバードを構えると、バチン!と何かに弾かれて、マルクはハルバードを地面に落とした。

「えっ!今の何だ!?」

 マルクは自分の手を見てグーパーしながら首を傾げる。そしてしゃがみこんでハルバードを手に取った。


「彼らは木の妖精のエントよ!刈るなんてとんでもないわ!」

 そう言って現れたのは前に、「精霊になれた!」と喜んでいた精霊の女の子だった。説明を忘れていたけれど、妖精と精霊さんで違うのはまず大きさ。妖精さんが掌くらいの大きさだとすると、精霊さんは人間の赤ちゃんくらいの大きさがあるの。そして、羽の枚数も違う。妖精さんは一対二枚なのに対して、精霊さんは左右二枚で計四枚の羽を持つのだ。


「あれ、精霊さん。私、こっちから呼ばれている気がして、どうしても森に入りたいんだけれど、彼らはあなたたちのお友達のエントさんなの?」

 私の言葉に、精霊さんはウンウンと頷く。

 すると、一番手前に生えていた木が、みしりと音を立てて、私にお辞儀をする。その枝は、まるで執事のセバスチャンが私たちにお辞儀をする時のように胸に手を当てる。……紳士だわ!

「ワタクシ、ここの森を構成しておりますエントの長でございます。愛し子様におかれましては、ワタクシ共一族が行く手を遮り、大変申し訳ございません。今すぐ、皆の者に道を空けさせましょう」

「ありがとう、エントさん!」


「なあ、レティア」

「なんだ?」

「エントとか精霊とか愛し子とか……俺たち、なんかおかしな事態に巻き込まれていないか?」

「そうだな。まぁ、そもそもリィンだって色々とおかしいじゃないか。今更じゃないか?」

「……そっか」

 悟ったかのように達観するレティア。マルクは、知らない世界になし崩し的に巻き込まれる予感しかせず、深く溜息を吐いた。だがもう遅いのだ。彼らは『永久護衛』を指輪と引き換えに受けてしまったのだから。


 そんなマルクの心配を他所に、私はごく普通にエントさんとお話する。

「じゃあ、道を空けてちょうだい」

「畏まりました」

 エントさんがまたミシリとお辞儀をすると、ざあっと音を立てて低木も大木も左右にずれて、道ができていく。

「ありがとう、エントさん!リィン、マルク、レティア!先へ進みましょう!」

 私は、エントさんにお礼を言ってから、待っている三人に声をかけた。


 ……なんか、マルクだけ疲れた顔しているわ。どうしたのかしら?


 ま、いっか!

 私は気にしないでみんなで先に進む。足元は草むらがあるだけで邪魔するものもない状態だったので、馬と聖獣に乗ってそのまま進むことにした。


 森の一番奥まで進むと、誰もいなかった。そして、キラキラと光る魔法陣だけがあった。


「うーん、やっぱりこの先だと思うわ」

 私は直感の赴くまま魔法陣に乗った。


「こら!ちょっと待て!危険かもしれないんだから先に行くな!」

 マルクが慌てて制止をするが遅い。私の体は、魔法陣から立ち上がる光に包まれて転送される直前だ。うん、どこかに運ばれるような、そんな気がした。

「全員、デイジーを追いかけろ!」

 結局、魔法陣の光は私を含め四人全員と馬と聖獣を包み込んで、転移させたのだった。


 ◆


 転送先は、一面を新緑の木々に囲まれた世界。天井の一箇所から差し込む光がその世界を光で照らし満たしている。若々しい下草や、木々に絡みつく蔦が青青として美しい。そして、清らかな人幅程度の小川がキラキラと光を反射しながら流れ、所々に小さな橋がかかっている。

 そして、中央にはその光に向かってそびえ立つ、一際巨大な木が一本立っている。しかし、その大きな手のひらのような形の葉は、茶色く枯れたり、欠けて割れてしまっている。


『シクシクシク。痛いよう。苦しいよう。誰か助けてよう』


 ……あの子だ!


「あの子よ!あの子から泣き声がするの!」

 私はその巨木を指さし、リーフを走らせようとする。


 だが、怜悧なよく通る声にそれを静止される。

「なぜ人間が我々の森を探し当てた!ここをエルフの領域と知っての狼藉か!」

 その声の主は、腰まである淡い金の真っ直ぐな長い髪を、銀の額飾りで押さえ、後ろでひとつに纏めている。美しい顔立ちに瞳は鋭くエメラルド色。そして特徴的な長い耳。そして、彼は私に向かって弓に矢をつがえていた。

 そして、あたりの木々を見回すと、彼一人ではなく、大勢のエルフが矢を我々に向けている。


 私たちは、大勢のエルフにまさに今、射抜かれんとしていた。

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