第90話 エルフの女王と世界樹の話

 エルサリオンの案内によって、私たち一行は白い石畳の道を歩いて奥へ奥へと進む。すると、木々に視界をさえぎられていたのが、ぱぁっと開けて、その先に大きな湖とその中央の島に佇む城が見えてきた。


「うわぁ、綺麗!」

 湖の透明度が限りなく高く、そよ風が吹くと小さなさざ波が日の光を受けてきらめく。それはまるで宝石のようだ。そして、石畳の道から続くように石造りのアーチ橋がかかっていて、城への道を繋ぐ。

 城は、白い粘土質の鉱物を練って作ったのだろうか。二階建てほどのそう高くない建物で、真っ白な城の城壁にはバラの蔦が無数につたい、そして、大小色様々なバラが咲き乱れている。


 城の二階の中央、アーチ型のベランダには、とても美しい女性が腰を下ろしてハープを爪弾いている。淡い金の緩やかに流れる髪は長く、瞳は淡いラベンダー色。ふわふわな髪からはエルフ特有の尖った耳が覗いている。白い肌に乗ったぽってりとした唇は、さくらんぼのように紅く、艶やかだ。頬は彼女の周りを飾るベビーピンクのバラの花びらのよう。頭には、銀でできた頭を一周する薄く繊細な作りの王冠を被っている。絹だろうか、光沢のある薄い薄い布を幾重にも重ねた緩やかなドレスはその波打つドレープが美しい。そして、その緩いドレスを持ち上げる豊かな胸。


「……エルサリオン?あら、お客様をお連れしたのね。まあ、可愛らしい愛し子様がおふたりも……。皆様をここまでお招きしてちょうだい」

 さくらんぼのような唇がゆっくりと動いて、私たちは彼女に客人として招かれた。

 女王様と思われるその女性は、ハープを弾く手を止め、側仕えの女性エルフに客人をもてなす支度をするように指示をしていた。


 アーチ型のベランダには、私たち四人と、女王様、エルサリオンの席が設けてある。そして、リーフとレオンの分の飲み水も陶器の器が床に置かれていた。

「ささ、皆さん座って。エルサリオンも……愛し子様がいらっしゃるなんて何百年ぶりでしょう!」


 ……た、単位が違うわ。


 勧められるままに席に着いて、側仕えの女性がカップに注いでくれた飲み物を口にする。それは優しい花の香りを感じさせるハーブティーだった。……美味しいわ。

 テラスからエルフの里の方を見ると、森が生い茂りその中央に元気がない世界樹が真っ直ぐ天に向かって伸びている。そして、エルフたちの住処なのだろうか、白壁の家々が私たちが歩いてきた石畳沿いに連なっていた。


「世界樹に呼ばれるままに里に迷い込んでしまいました。すみません……」

 女王様に謝罪の言葉を述べると、女王様はふんわりと微笑む。

「だったらそれは必然。謝るべきことじゃないわ。機織の女神達が紡ぐ運命に描かれていたことなのよ」

 さも、神様の存在が当たり前のように語るのね……私も信仰心が無いわけじゃないけれど。


 だから、ふと興味が湧いて聞いてみたの。

「神様って本当にいらっしゃるんですか?」

 それを聞いて、女王様は瞳をぱちぱちさせる。

「……それをあなたが言うの?だって、精霊王とはいえ神に等しい存在。彼らにお会いしているんでしょう?あなたも……そしてあなたもね」

 微笑みながら女王様は私とリィンを交互に見やる。


「そうね、まず自己紹介をしたいわ。私は陽のエルフ……三種族いるエルフの一種族の女王をしているアグラレスよ。で、彼は騎士隊長のエルサリオンね」

「私は、緑の精霊王様の愛し子のデイジーと申します。錬金術師をしていて、素材を探しにザルテンブルグの王都の外に出たらここに偶然迷い込みました」

「私は土の精霊王様の愛し子のリィンです。デイジーと同じくザルテンブルグの王都で鍛冶師をしています」

「私たちは、彼女達の護衛をしている冒険者のマルクとレティアと申します。ただの人の身でエルフの里に足を踏み入れかつ、このような歓待、恐縮に存じます」


 女王様が、各自の自己紹介を終えて満足そうに笑みを浮かべる。

「そうね、マルクとレティア……あなたたちは、二人に巻き込まれてこんな遠い土地まで来てしまって、今は困惑しているでしょうけれど……あなたたちこそ彼女たちを守るのに相応しいわね」

 にこり、とさくらんぼ色の唇が撓む。

「……そう、なのでしょうか?」

 真面目な性格のマルクが首を傾げた。やはりここは自分には場違い、そう思っているから。

「そうね、特にね『出逢い』というのは運命の中でも大切な事柄だわ。人が生まれ、どんな環境で育ち、何を選びとって生きていくか……そんな一人の運命が、そうやって違う人間が選び取ってきた人生と交錯するわ。そして、その出会いがさらに運命という物語を壮大なものにしていくの。マルク、あなたはその生き方によって選ばれた。そして既に、あなたの人生はあなたの物語であり、デイジーとリィンの物語の一部になっているのよ」

 そう言って、女王様はカップに口をつける。


「そうね、例えばあそこに立っている世界樹。あの子を含め、世界に三本ある世界樹たちは枯れゆく滅びの運命を辿っていたわ。でも、あの子はデイジーを呼んだ。そして、デイジーが彼を見つけ出した。この出会いによって、『世界樹の滅びの運命』が変わるかもしれないわ!」

 ふふっと笑って、女王様が立ち上がる。それはそれは嬉しそうに微笑んで、両手を天にかざしてくるりとドレスを翻しながら回った。


「三本ある世界樹たちは、天に聳え神々の住まいを支え、地に根を張って、人とエルフと魔族や様々な命が栄える地上と、地下奥深くにある冥界を支えているわ。彼らが枯れてしまえば、エルフの里が滅びるという以上に、この世界は支えを失い滅びてしまうという大変な事態なの。その滅びの運命が変わるわ!」

 ちなみに、この世界の地上には、中央に人の住まう大きな島があり、海で隔てられながら中央の島を囲むように、三種族のエルフが住まう島三つと、魔族が住まう島がひとつあるのだそうだ。


 ……えっと、私の人生ってそんなに壮大なものの一部だったのかしら?

 ……私のアトリエで実験するための素材採取に来ただけのはずなんだけど、世界が広がりすぎだわ。

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