第76話 安全な白粉を作ろう③

 まだ、商業ギルドでの検品は続く。

「ああ、滑石があるね。これもベースにはいいかもね」

 アナさんがそう言うので、私も興味を持ってそこへ行ってみた。そこには、いくつかの滑石と、その粉が置いてあった。いわゆる、石板の上に文字を書く「チョーク」と言われる鉱物だ。


滑石タルク

 分類:顔料

 品質:良質

 レア:B

 詳細:粘土鉱物。細かくすれば白い粉になる。肌によく馴染む。

 気持ち:肌が白く見えるよ!


滑石タルク

 分類:顔料

 品質:低品質

 レア:B

 詳細:粘土鉱物。細かくすれば白い粉になる。肌によく馴染む。

 気持ち:肌が白く見えるよ!でもごめん、僕の粉末を吸い込むと悪性腫瘍ができる成分が混ざってる……。


 え?これはどういうこと?

 私はオリバーさんを呼んで尋ねた。

「この『滑石』って、いくつかあるうちの一つだけ、体に害のある物質を含んでいるみたいですが……」

「これは産地が違うものを幾つか置いてみたんですが……場所によって危険な物質を含むものが産出するんじゃあ使えませんね。さすがにうちの職員には希少な【鑑定】持ちはおりませんから、チェック体制は作れませんからね」

 そう言ってオリバーさんは肩を落とす。


「おや、本当かい。滑石がダメとなると……絹雲母か白雲母はないのかい?」

 アナさんが、じゃ次は……と言って辺りを見回す。それを補うように、カチュアが絹雲母のある場所まで案内する。

「絹雲母はこちらにありますわ。粉末化したものもご用意しております」


絹雲母マイカ

 分類:顔料

 品質:高品質

 レア:B

 詳細:粘土鉱物。細かくすれば白い粉になる。脂感に富んで肌に馴染みやすい。

 気持ち:肌が白く見えるよ!


「うわあ、純白で肌にも馴染むわ!」

 私は、粉状のものを指の腹にとって手の甲に伸ばしてみる。

「はい、我が国の北の山岳地帯で採れる絹雲母は純度が高く、極めて白いのが特徴です。ベースにするとしても、輸出にも耐えうる埋蔵量を誇ります」


 アナさんが、満足そうにうんと頷く。

「ベースはこれがいいかもね。絹雲母の粉に、少量『亜鉛華』を混ぜる。すると、以前の『白粉』よりも、消臭作用と日焼け予防による美白効果のある『新しい白粉』の出来上がりだね!」

 アナさんは、大体の構想がたったことで、満足気にしている。

「より良い美容効果のある『新しい白粉』との無償交換であれば、売れてしまった『白粉』の回収も進むでしょう!」

 オリバーさんは、もうひとつの課題である『回収』についても目処がたちそうな感触に、ほっとした顔をしている。

「でも、『亜鉛華』は、亜鉛が空気と触れている面だけで少量できる粉ですわ。これはどう量産するのでしょう?」

 だが、カチュアは『解らない』といった表情で、眉根を寄せて困った顔をしている。


「……そこは、錬金術師の出番だね。そして、そのやり方を見て量産化の方法を考えるのが商人のあんた達の仕事だ」

 そう言って、アナさんは私を引き寄せて肩を抱き、もう片方の手でカチュアとオリバーさんの二人を順番に指さした。


 ◆


 私たち四人は、亜鉛を持って、商業ギルドの馬車で私のアトリエまでやってきた。

「「おかえりなさい」」

 ミィナとマーカスが仕事の合間に出迎えてくれた。

「今から四人で実験室を使うから、引き続きお店の方はよろしくね」

 二人に断ってから、三人を引き連れて実験室へ入り、錬金釜の前までやってきた。

「デイジー、かなり熱くなるから、手袋とエプロンをするんだよ」

 アナさんが注意してくれたので、私は手袋とエプロンを身につけ、攪拌棒を手に握りしめた。そして、アナさんはと言うと、続けてこれからやる事の説明を始める。


「みんな、水は知っているね。温度が低いと氷になって固まり、温かくなると解けて水になり、火で加熱すると蒸発する。これはね、金属だって同じなんだよ。塊のイメージしかないと思うけどね、熱すれば溶けて、もっと熱すれば蒸気になるんだ。ただし、水と違ってその温度はとても高いから、『魔力』を使ってやるんだよ」

「「「えっ!」」」

 説明された三人は驚いて声を上げる。


 ……そりゃあ合金を作ったことがあるから溶けるのはわかるけれど、蒸気になるってびっくりだわ!


「デイジー、ぼーっと突っ立ってないで。アンタがやるんだよ」

 ほら、と背をぽんと叩かれる。


「はいっ!」

 背を叩かれたことで、背筋がしゃんと伸びた。

 亜鉛の塊を錬金釜の中に入れて、攪拌棒を釜の中に差し込む。

「デイジー。攪拌棒を通して錬金釜を熱く熱く加熱しておいき。沸騰してもびっくりするんじゃないよ」

「はいっ!」


 体の中央のオヘソの下から、どんどん体と腕を通して攪拌棒に魔力を流し込み、そして錬金釜の中を熱く熱く加熱して行く。大量の魔力が持っていかれるのを感じる。すると、亜鉛はどろりと溶け、やがてボコボコと沸騰し始める。そして、さらに加熱していくと亜鉛の液体の量が減って、最後には消えてなくなった。そして、はらはらと白い粉が錬金釜の中に降り積もっていく。一連の変化は錬金釜の中で行われている。


「これは……?」

 私とカチュアとオリバーさんがその一連の変化を確認して、思わず呟く。

 だって、亜鉛はどこかに消えてしまって、何故か残ったのは白い粉。


 ……どうして蒸発したら消えてなくなるの?そして現れたこの白い粉は何?


「亜鉛は蒸発して気体になると、空気と結びついて『亜鉛華』になるんだよ」


【亜鉛華】

 分類:顔料

 品質:良質

 レア:B

 詳細:亜鉛が空気に触れてできた化合物。白色顔料。日焼け予防や殺菌作用による匂い消しの効果がある。

 気持ち:色白美人にしてあげる。日焼けを防ぐ効果もあるよ!


 アナさんが言う通り、亜鉛は『亜鉛華』に変わっていたのだ。

 そして、出来上がった時には錬金釜がとても熱くなっていて、部屋の暑さに私もみんなも汗だくになっていた。

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