第75話 安全な白粉を作ろう②

 次の日、カチュア達が色々品を集めてみたというので、商業ギルドへ赴くことになった。また、鉱石といえばアナさん。彼女は私の師匠、大先輩にあたる人だ。事情を説明して、ついてきてもらうことにした。

 そして、当然、私は作成してみた『澱粉』も瓶に入れ持っていく。


 商業ギルドの一階にある受付へ行って、私は受付嬢に名を名乗った。

「デイジー・フォン・プレスラリアと、同伴のアナスタシアさんですが……今日はギルド長と……」

「ああ!デイジー様のご訪問はギルド長から言伝を受けてございます。お連れ様もご一緒に、どうぞ、ご案内しますわ!」

 用件を言おうとするのも遮られ、私たちは早々に上の階にある応接室に通された。


 広い応接室には、既にオリバーさんとカチュアがいた。部屋にはたくさんのテーブルが置かれ、その上に様々な鉱石や『白い粉』が並べられている。ものによっては、既に粉状にされているものと両方並んでいるものもあった。

「ほう、これはよく集めたね。流石は商業ギルド長と言ったところかい」

 アナさんは、それらが何かわかっているらしく、興味深げに一つ一つ眺めている。


「デイジー嬢、こちらの方は?」

 オリバーさんが私に尋ねてきた。

「私の錬金術の師のアナスタシアさんです。鉱石関係に関してはとても知見のある方ですから、お願いして一緒に来ていただきました」

 私が、そう言ってアナさんを二人に紹介する。

「それはそれは、私どもの不手際のせいでお手数おかけします。よろしくお願いいたします」

 オリバーさんがそう言うと、二人は頭を下げた。


「可愛い弟子のデイジーが、世話になった友達を助けたいって言ったら、師匠は手伝ってやんなきゃならんだろう。こんな婆さんで体はなかなか動かないけれど、頭に貯めた知識で協力させてもらうよ」

 アナさんはにっこり笑って、私とカチュアの顔を交互に見る。

 その笑顔で、カチュアの硬かった表情も若干和らいだ。

「……デイジー……。ありがとう!」

 目に涙を浮かべて走ってきて、カチュアが私に抱きついた。

「怖かったの……。本来なら許されない失敗をして、陛下には温情から挽回の機会を与えていただいたけれど、商品をゼロから生み出すなんて……どうしたらいいかわからなくて、心細かったの。後戻りも許されないし、怖いの」

 そう言ってカチュアは震える手で私の背中に腕を回す。

 私も、そんなカチュアの背に腕をまわして、ぎゅっと抱きしめ返してから、ゆっくりと手のひらで背を撫でさすった。

「大丈夫、私も一緒に頑張るから、ね?」

 そう言って、ポケットから取り出したハンカチでカチュアの涙をそっと拭った。


「あんたは商人だろう、間違って持ってきたもんよりもずっと付加価値がある良い商品をこの国で作って、相手の国に逆に輸出してやるぐらいのつもりで気張りなさい!もしそれでこの国の産業が増えたら雇用が増えて、さらに外貨を得ることができる。それぐらいの貢献が国に出来れば、万々歳じゃないか。最初の失敗なんてほんのかすり傷だよ!」

 アナさんが、発破を掛けるように、カチュアの背を叩く。

「……はい!頑張ります!」

 カチュアは顔を上げて手で涙を拭いながら、笑顔で頷いた。

「……ありがとうございます!」

 オリバーさんも深く深く頭を下げた。そして、頭を上げた表情は、唇を引きしめ強い決意を感じさせる。


「じゃあ、始めようか」

 そう言い出したアナさんに、私は『澱粉』を差し出した。

「これ、試しにじゃがいもから取り出した白い粉です。『澱粉』って言います。白さはちょっと物足りないんだけれど、食べ物から作ったって言うのは、それだけ安全っていう意味で付加価値にならないかしら?それと、赤ちゃんの汗疹に良いらしいんです」

 三人が私の周りに集まってくる。

 アナさんが瓶の蓋を開けて、指先に粉を少しとり、それを手の甲に乗せて伸ばす。

「確かに、『白粉』に比べると白さが物足りないですね。けれど、今の状況だと、安全性が高いことはとても良い売り出し文句になる」

 オリバーさんが頷いている。

「これはベースの粉の候補に入れておこうかね」

 アナさんが言うと、他の二人も頷いた。そして、テーブルの上に『澱粉』入の瓶も並ぶことになった。


 そしてひたすら並べられた鉱石達を眺めていく。


【オシロイバナの種子】

 分類:植物の種子

 品質:普通

 詳細:種子は女児が化粧の真似をしてよく遊ぶ。だが、根や種子は、誤食すると嘔吐、腹痛、激しい下痢を起こす。

 気持ち:あんまり僕で遊んじゃダメだよ!


 誰だ、これ持ち込んだのは。


 ……ん、これは?

 ピカピカの鉱石のそのまわりについた白い粉が目に付いた。


【亜鉛華】

 分類:顔料

 品質:良質

 レア:B

 詳細:亜鉛が空気に触れてできた化合物。白色顔料。日焼け予防や殺菌作用による匂い消しの効果がある。

 気持ち:色白美人にしてあげる。日焼けを防ぐ効果もあるよ!


 あ、鑑定を繰り返したことでレベルが上がったみたい。ちょうど項目に『レア』が増えたわ。レアリティを表すのかしら?

 それにしても、この亜鉛華って凄いわ!だって、付加効果がいっぱいあるんだもの!

 ちょっとその岩石についた白い粉を指先で拭って手の甲に伸ばしてみる。すると、やや透明感はあるが肌がはっきり白くなった。

「オリバーさん、これは何ですか?入手しやすいものでしょうか?」

「それは、亜鉛と言って、鉱山で採れるものですね。本来は硫黄という有害物質が含まれるんですが、『鉱山スライム』というのに食べさせると、浄化して綺麗な亜鉛の塊だけを吐き出すんですよ。我が国の産出量は多いですよ。亜鉛が気になりますか?」

 オリバーさんが私の横に来て、丁寧に説明をしてくれる。

「ううん。亜鉛そのものじゃなくて、その周りの『亜鉛華』がいいの。これ、白い粉ってだけじゃなくて、日焼け止めや匂い消しの効果があるみたい!」

「おや、本当かい!そんな金属の錆にまでよく気づいたね、あんたは!」

 アナさんが私のそばにやってきて、私の頭をぐりぐり撫でてくれる。


「「……なぜそれを見ただけでわかるのですか?」」

 カチュアとオリバーさんは不思議そうにしている。

「今から言うことは絶対に漏らさないでください」

 私は、カチュアとオリバーさんのふたりの顔を交互にじっと見つめる。

「それは勿論です。デイジー嬢には、もう命を繋いでいただくこと二度目です。お心に反するようなことはしないと誓いましょう」

 オリバーさんは、瞼を伏せ、ゆっくりと頭を垂れる。そして自分の胸に片方の手のひらを添えた。

「私はあなたの友達、そして、あなたは私の命の恩人で足も治してもらったわ。約束をたがえることはありえないわ!」

 カチュアは、胸に下げた私からのプレゼントのペンダントをギュッと握る。


「私は、【鑑定】スキルを持っています。だから、意識して見ることで、物の性質がわかるんです」

 それを聞いた二人は、驚いた顔をしていたが、なぜだかどこか納得がいったような顔をしていた。

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