第77話 『本物の錬金術師』

 錬金術による一定量の亜鉛華の作成は済んだ。

 そうしたら、次は『誰でも作れる方法』の考案と、『試作品のテスト』について考える番だ。


「テストについては商業ギルドの職員の女性の中から、希望者を募りましょう。あとは……魔道具師の中でも優秀な技師に、亜鉛を蒸発させるための『焼成炉』の作成を依頼します。そうすれば、『誰でも』この化粧品を生産出来るようになります!」

 オリバーさんの言葉に、アナさんが『うんうん』と頷く。


 そんな中、『……せっかく澱粉見つけたのに使わないのかぁ』とちょっとガッカリ気分で、私は持って帰ってきていた澱粉の瓶を手に取る。そして、それをふと【鑑定】で見てみた。私が持つ瓶の下には、実験したあとの冷めた錬金釜と底に溜まった亜鉛華があった。


【亜鉛華】

 分類:顔料

 品質:良質

 レア:B

 詳細:亜鉛が空気に触れてできた化合物。白色顔料。日焼け予防や殺菌作用による匂い消しの効果がある。

 気持ち:あれ。デンプン君だ!僕とデンプン君を半分ずつで混ぜると薬になるよ!


【澱粉】

 分類:食品

 品質:普通

 レア:B

 詳細:食品にとろみをつけることが出来る粉。女性の肌を白く見せることも出来るが、カバー力は低め。

 気持ち:あれ。亜鉛華さんだ。僕と亜鉛華さんで皮膚用のお薬になるよ!


 ……お薬になるですって!

「ねえ、アナさん。澱粉と亜鉛華を同じ分量で混ぜると皮膚用の薬になるらしいの。使ってもいいかしら?」

 カチュアとオリバーさんと一緒に量産化に向けての議論に夢中になっているアナさんに尋ねた。

「おや?薬になるのかい。だったらやってみな」

「はい」

 そう言うと、私は実験器具の一つである『天秤』を取り出して、実験台の上に置いた。

 天秤は、左右のお皿にものを乗せることで、同じ重さであることを確認出来る機材だ。その天秤の左側の皿に澱粉を、そして、右側の皿に亜鉛華をスプーンで掬って入れる。等量を混ぜ合わせて…。


【亜鉛華澱粉】

 分類:医薬品

 品質:良質

 レア:B

 詳細:湿疹・皮膚炎、汗疹、間擦疹、日焼けなどの皮膚疾患に散布することで、収れん、消炎、保護、緩和な防腐をするよ。

 気持ち:でも、じゅくじゅくと湿潤した患部に使わないでね!


 ……やったぁ!薬を『開発』できちゃったわ!これって、初めてよね!


 そう、今までは、『教本』を元に薬剤であるポーションを作ってきた。だけど、それは先人達の発見した技術の再現にしか過ぎない。でも、この『亜鉛華澱粉』は、『私が開発した薬剤』なのだ!そりゃあまあ、私には鑑定さんという強い味方がいるのだけれど。


 ……凄い、凄いわ!私初めて自分の力で薬を作れたのよ!教本に乗ってる薬品を発見した先人達と同じことを成し遂げたのよ!


「アナさん!私初めて自分で新しいお薬を作ったわ!患部に散布することで、湿疹・皮膚炎、汗疹、間擦疹、日焼けの症状を優しく抑えることが出来るわ!」

 私は興奮して思わずアナさんの手をギュッと握る。


「よく見つけたね」

 そう言いながらアナさんが笑顔で私を見て目を細める。そして、「よくお聞き」と注意してから、静かに語り始める。

「『錬金術師』って言うのはね、本来は、自然界にあるものの有り様を研究し、そこから人にとって有益なものを発見したり、生み出す試みを行う者達のことを言うんだ。世の中の実情はともかく『師匠のモノマネや本に書いてあるとおりポーションを作るだけの技術者』じゃないんだよ。デイジー、お前さんは今、自分で新しい機能を持った、人々に有益なものを発見した。ようやくお前さんも、『本物の錬金術師』の仲間入りだよ」


 そしてアナさんは、私が握ったままの手を逆にギュッと握り返してくる。

「ようこそデイジー。『本物の錬金術師の世界』へ」

 その言葉に、私の体の奥底から心が高揚して、頬が紅潮し、思わずポロリとひとしずくの涙が零れ落ちた。


 ……嬉しい!師匠に『本物の錬金術師』って認めて貰えた!


 そんな私が感動に酔いしれている中、やはり商人だからなのだろう、オリバーさんは、既に商品化に向けての計算を頭の中でしたようだ。

「汗疹や湿疹なんて、わざわざ高価なポーションを塗布したりしませんからね。だが、この澱粉と亜鉛華の粉であればもっと安く提供することが出来る。だいたいたっぷりの量を売ったとしても、200~300リーレってとこでしょう。そして、それを可能にするにはじゃがいもの増産を国に依頼することになる。土地を持てない農奴達を募って開拓事業に協力してもらい、可能であればゆくゆくは土地持ち農家にする。彼らには、じゃがいも作りの合間に澱粉作りの副業をさせることで彼らの収入増加による生活向上と税収の増加が期待できます!ぜひ、この薬も含めてテストして、その結果をもって陛下にご報告しましょう!」

 オリバーさんは大興奮だ。

 カチュアも私の元へやってきて、「凄いわ、デイジー!」と私を祝福するように抱きしめてくれた。

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