第72話 白粉(おしろい)①

 とある安息日、私は特に用という訳では無いが、家族の顔を見たくなって久しぶりに実家に足を運んだ。

「ただいま帰りました」

 玄関口で挨拶して、セバスチャン達使用人に迎えられて家の中へ入っていくと、居間でお母様とお姉様がこちらに背を向けてなにやら話し込んでいる姿が見えた。


「お母様、お姉様こんにちは」

 そう言って声をかけられて振り返った、お母様とお姉様の顔は白かった。

 なんだか顔からドレスのキワまでを真っ白に塗って、頬をピンクに描き、口は赤で描かれている。


 ……なにこれ?仮装パーティー?


「あら、デイジーおかえりなさい!」

 お母様がそのお絵描きのような白い謎の顔で笑顔を浮かべる。


 ……えっと、怖いわ。


「最近ね、外国から入ってきた白粉でお化粧をするのが女性の流行りらしいのよ、だからね、お母様もそういった場に出る時に慌てないように練習をしておこうと思って、今、ダリアと一緒に練習していたところなのよ」

 そして、落書きのようなコントラストの激しい顔が笑う。

「そうよー!デイジーもそろそろ年頃なんだから、錬金術の実験ばかりしていないで、オシャレとか流行にも気を配らなきゃダメよ!こうやってわざとホクロを描くのも素敵なのよ!」

 今度は目の下の泣きぼくろと言われる位置に何故かハートマークのお絵描きをしているお姉様が、私に説教をする。お説教以前に、ほくろなのにハートマークって意味がわからない!


 ……いや、ちょっとこれどうなっているの……!

 お腹がよじれて大笑いしたくなるのだけれど、きっとそんなことをしたら二人に酷い目に遭わされそうだわ。


 我が国の化粧事情はと言うと、そもそも化粧をする文化はなかった。『ふしだらな行為に誘うもの』『堕落の象徴』として、倫理観的に推奨されてこなかったからだ。

 だがどうも、その辺の価値観がおおらかになったのか、上流社会を中心に化粧というものが流行りだしてきているらしい。


 変な流行もあるものだわ、と思いながらも、私はその化粧というもののメインである『白粉』というものを見せてもらった。


【白粉(鉛製)】

 分類:化粧品

 品質:普通

 詳細:女性の肌を白く見せることが出来る。

 気持ち:色白美人にしてあげる。……でも、ずーっと使うとシミができやすくなるけどね。ケケケ。


【白粉(水銀製)】

 分類:化粧品

 品質:普通

 詳細:女性の肌を白く見せることが出来る。

 気持ち:色白美人にしてあげる。……でも、ずーっと使うと歯茎が黒くなって歯が抜けちゃうよ。ベーッ!


 ちょちょちょ、待って!なにこれ!!

「お母様もお姉様もその白粉というのを肌につけるのはおやめ下さい!」

 私は慌ててお母様とお姉様から白粉を取り上げようとしたら、それに抗議する二人とちょっとした騒ぎになった。


「君達、一体何を騒いでいるんだ」

 見かねたお父様が自室から出てきて、居間へやってきた。

「貴方!」

「「お父様!」」

 お父様は、お母様とお姉様のその白い落書きのような顔を見て固まった。

「……えっと、仮装パーティーの準備かい?」

 ……言っちゃった。多分それはNGだわ。


「あ、な、たーー?」

「おとーーさまーー!」

 白い二つの落書きににじり寄られるお父様。

 ……あ、多分持たないはずだわ。

 私がそう思った通り、至近距離まで近づけられたお父様の顔がだんだん崩れてくる。

「あはははは!だって、顔は不自然に白いし、そのせいで消えてしまった頬と口の色をわざわざ描くなんて!しかもダリア、なんで顔にハートマークを書くんだい!」

「貴方は女心というものが分からないのですか!今はこういう化粧をすることが社交界では嗜みになってきているんですわ!」

「お父様はおしゃれでありたいという娘心がまるでわかってらっしゃいませんわ!」

 お父様は、お母様とお姉様に挟まれて集中攻撃を受けている。


「……えっと、女心はともかくとして、それ、ずっと使うとシミが増えますよ。それと、こちらの品は歯茎が黒ずんで歯が抜けるそうです」

 騒ぐ二人に私は真顔で指摘した。


「「えっ!」」

 お父様を責めていた二人の手がピタリと止まる。

「デイジー、それは本当かい?」

 二人の間をすり抜け私の元へやってきたお父様は、私の両肩に手を添えて、真剣な目で尋ねる。

「はい。……から。『守護の指輪』で防げれば良いですが、その確証もわかりかねますし……」

 その返答を聞いたお父様の対応は早かった。


「ロゼ、ダリア、この品の安全性がわかるまでこれをつけることを禁止する。そして、今すぐに肌につけているものも落としてきて欲しい。私は、君たちの自然な肌の美しさを失いたくはない」

 お父様が真剣な顔で告げると、お母様とお姉様は、急いで化粧を落とすために居間を出ていった。


「それでデイジー、これは、毒とは違うのかい?」

 お父様にソファに腰掛けるように促されながら、二人で並んでソファに腰掛ける。

「……広義では人体に悪影響があるという意味で毒でしょう。ただ、少量ではこれといった毒性は見せず、継続して摂取し続け、一定量に達した場合に、毒性を表すものなのかもしれません。ですから、鑑定にも毒とは明記されていませんでした」

 お父様が、ふむ、と顎に手を添えて頷く。


「そうすると、ハインリヒ殿の鑑定をすり抜けて、王妃殿下の元にもこれがあるかもしれない。それはまずいな……。それに『守護の指輪』がない一般国民が心配だ。デイジー、すまんが、明日一緒に王城へ登城してくれないかい?」

「勿論です、お父様」

 そして、私は明日白粉の件で緊急に登城することになった。

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