第73話 白粉(おしろい)②

 次の日、私は約束通り馬車で一緒に王城へ登城することになった。

 途中、私のアトリエに立ち寄って、ミィナにドレスの着付けを手伝ってもらいながら、お留守番をお願いする。

「承知しました。お店のことは私たちに任せて、頑張ってきてくださいね」

 ミィナがにっこり笑うと頭が少し傾いたせいで、淡いピンクの髪の毛がサラリと揺れる。

『幸運のペンダント』は、赤いリボンでチョーカーにし、ペンダントトップを中心にしてリボン結びにしている。


 ……あーもー、可愛い!覗く白い猫耳も癒されるわっ。


 ぎゅううう。

「はわわ?」

 なぜ抱きしめられるのか分からないミィナは、頭に『?』を浮かべながら大人しく抱きしめられていてくれた。

 そして、しばしミィナに癒された私は、お父様と一緒に登城したのだった。


 案内された部屋には、国王陛下ご夫妻、宰相閣下、ハインリヒ。王妃殿下は珍しく腹部を締め付けないゆったりとしたドレスを着用されている。

 そして、商業ギルド長のオリバーさんとカチュアがいた。


 ……あれ?どうしてここにカチュアがいるの?


「商業ギルド長の娘、カチュア嬢が立ち上げたカチュア商会で輸入した『白粉』についてだが、それが人体に悪影響がある可能性が発覚した」

 そう陛下が口火を切ったことで、彼女たちがここにいる意味を理解した。


「「毒物と知らずとはいえ、国に持ち込んだこと、大変申し訳ございません!!」」

 オリバーさんとカチュアが立ち上がって、限界まで頭を下げる。

「私も、王妃殿下が新たにご使用になる品については、鑑定を行っておりました。毒物と見抜けず、王妃殿下の御身を危険に晒したこと、大変申し訳ございません!」

 ハインリヒも『白粉』を鑑定していたようで、立ち上がって深深と頭を下げる。


「三人とも頭をあげよ。そして座るが良い。何もそなたらを罰するために呼んだ訳では無い。問題にしたいのは今後についてだ」

 その陛下のお言葉に、三人は下げ続けていた頭を上げて着席した。


「宰相、調査はどうなった」

「陛下のご命令により、『影』と『鳥』の者を使用して、輸入元であるかの国の状況を早急に調べさせました」

 どうやら、お父様は昨日の私との会話の後、すぐに城へ報告を上げていたようだ。そして、次の日には結果が出るなんて宰相閣下って凄いわ。そんなやり手の宰相閣下もかっこいいけど、しかも『影』とか『鳥』ですって!何かの物語のようだわ。……と、聞きなれない言葉に不謹慎にもワクワクして思考が脱線してしまった。


「で、結果は」

「は。まず、鉛製の物についてですが、長期使用でシミができやすくなるらしく、余計に厚塗りをする悪循環だとか。そして、シミを隠すために付けぼくろが流行しているそうです。次に、水銀製の物についてですが、長期使用で歯茎が黒くなり、歯が抜け落ちるため、扇子で隠すことが流行っております。貧しいものは健康な歯を売ることを強要され、上流社会の人間の入れ歯に使われるそうです」

「……なんて酷い……」

『歯を売る』下りのところで、王妃殿下がその惨さに顔を顰めて口元を覆われる。


 だが、宰相閣下の報告はさらに続く。

「そして、こちらは疑いの域を出ないのですが、かの国では、我が国と比べ胎児、幼児の死亡率が非常に高く、そして、子の奇形と……おかしな事象が発生しております」

 その報告を聞いて、国王陛下と王妃殿下の顔色がサッと変わった。

「妃よ、安全性が確認できるまで、白粉をつけることを禁ずる。外交などの公務でせざるを得ない場があるのであれば、それは体調を理由に欠席して構わん。良いな」

「……はい、かしこまりました。ご配慮賜りありがとうございます」

 王妃殿下が陛下に頭を下げる。


「カチュア商会は、私が許可を出すまでは、白粉の輸入及び販売を禁止する」

「「はい」」

 陛下のご命令に、カチュア親子が頭を下げる。

「……ですが、一度女の心に火がついた『美しく装いたい』との思い、収まりますかな。既に売れてしまったものを回収するには困難を要しましょう。それに、禁止されても隠れて入手するものも出てこないとは限りません」

 宰相閣下は、机にひじをつき、こめかみに手を添えて唸る。

「デイジー、オリバー、カチュア。錬金術でも、商業ギルドで手に入る鉱石や顔料でも良い。我が国の民のために、安全な化粧品を開発してはくれないか?」

 国王陛下が私たち三人に向かって告げた。


 ……まず、白粉輸入しちゃった二人は断れないよね……。

 そう思い、二人を見ると、既に国王陛下に受諾の意味で頭を下げている。

 ……カチュアは友達。私も力にならなきゃね。

 私も、二人に続いて頭を下げたのだった。

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