第70話 国王御一家への献上
そういえば、『遠心分離機』を国王陛下に賜ってから、クレーム・シャンティを作るのが遅れ、ご褒美に『遠心分離機』をお願いした時に話題にした『クレーム・シャンティ』を使った品を献上していないことに気がついた。
……あれはとっても美味しいわ!ぜひ御家族で楽しんで頂かないと!
私は、厨房かパン工房にいるであろうミィナを探した。すると、厨房で後片付けをしているミィナを見つけた。
「ミィナ、お願いがあるの」
「はい、なんでしょう?」
作業の手を止めて、白い猫耳をピッと立てて、エプロンで手を拭いている。
「今度国王陛下御一家に謁見するんだけれど、その時に、『クレーム・シャンティ』を使ったものを何か献上したくて、ミィナに相談に来たのよ」
厨房に置いてある休憩用の椅子に腰掛けて、ミィナに用件を告げた。
「はわわわ!献上の品ですか!ちょっとお菓子の本を持ってきますね!」
そう言って、三階の自室に本を取りに行ってしまった。
どうもミィナは、給料を貯めては料理の本を買うことに費やしてしまっているらしい。本といえば高価なものだから、女の子らしく自分の洋服とかに使えないんじゃないかと心配になるのだが、休憩時間などに近くの本屋に通って次に買う本を日々物色するのが彼女の楽しみで、やーっと買うことが出来た瞬間がとても幸せなのだという。
……雇用主としてそういうものは買ってあげた方がいいかな……。経費に近いし。
今度別の機会に話し合わないとね。
なんて考えながら待っていたら、ミィナが本を抱えて階段を降りてきた。
「お待たせしました!」
そして、戻ってきたミィナは、厨房の清掃済みの作業台の上に本を乗せる。私達はその本の近くに椅子を寄せた。本は、前にも見せてもらった製菓に関する本である。
「どのお菓子に『クレーム・シャンティ』を合わせましょうかねえ……」
そう言いながら、パラパラとページをめくる。
「あら?」
止まったページは、「シュー」という丸い焼き菓子だ。
「これは、中が空洞になる口当たりの軽い不思議なお菓子なんです。これに半分切込みを入れて、たっぷり『クレーム・シャンティ』を挟みませんか?」
「それはいいわ!持っていくのにも、型崩れの心配がないわね!」
私達は、それを『シュー・クレーム』と名づけて献上品に加えることにした。
◆
ようやく謁見の日を迎えたその日。
冷却用の氷を入れた箱に『シュー・クレーム』を入れて持ち、馬車で王城へと向かった。
こういう時のために誂えてあったドレスはモスグリーンの生地をベースにしてドレープたっぷりに。中央は白い生地を絞って作ったシャーリングとレースで飾ったデザインになっている。胸の中央には、同じモスグリーンの生地で細めのリボン飾りが付いている。さすがにもうポシェットは失礼だから、小さなハンドバッグの中に献上する指輪を収めた。
ドレスの着付けは一人では出来ないので、ミィナに手伝ってもらう。
ちなみに、アナさんとリィンにも一緒に行こうと誘ったのだが、「そういうのは貴族の仕事」と一蹴されて一人で寂しく城へ向かった。
案内された部屋は、王城の奥の御家族のお住いにほど近い小ぶりの客間だった。
「久しぶりだね、デイジー。堅苦しくしてないで座っておくれ」
少し待っていると、ご家族揃っていらっしゃって、席を勧められたので、一礼をしてから着席した。あとは、鑑定のためだろう、ハインリヒさんも同席している。
「デイジー嬢って言ったら美味しいパンの子だよね!今日も美味しいもの持ってきてくれたのかな?」
同い年のウィリアム殿下がワクワクした面持ちで尋ねてくる。
「まあ、あのあまぁいクリームの方?」
マーガレット殿下も期待でにっこりしている。
……持ってきて良かったわ。
私はほっと胸をなでおろした。
「もう!ウィリアムもマーガレットもはしたない……ごめんなさいね」
王妃殿下が恐縮しておふたりを嗜めていらっしゃる。
「大丈夫ですよ。今日は新作を持ってまいりました。こちらの箱に収めているものは『クレーム・シャンティ』をたっぷり挟んだ『シュー・クレーム』です。後で冷やしてお早めにお召し上がりになって下さい」
私はニッコリ笑ってテーブルの上に置いていたその箱を差し出した。
「ありがとう。後で家族で賞味させてもらうよ」
国王陛下が箱を受け取られた。
「それで本日の本題なのですが……私は金属をまぜあわせるという錬金術を学びまして、それでできた品を献上いたしたく、お伺いしました」
そう言って、ハンドバッグから『守護の指輪』四個と『子授けの指輪』を二個差し出す。
「こちらの四つ揃いのものは『守護の指輪』と言って、あらゆる状態異常を防ぎ、装備者の体力を徐々に回復する魔法の指輪ですので、皆様おひとつずつ身につけていただければと。そして、こちらのペアのものは『子授けの指輪』と申しまして、仲睦まじいご夫婦の情愛をより深め、子を授ける力を持つ指輪ですので、国王陛下と王妃殿下に身につけていただければ、きっとコウノトリが子をさずけてくださいますわ!」
……うん、ちゃんと説明できたわ!
「……コウノトリ……」
しかし、私の説明に、何故か陛下がぽかんとしている。ん?コウノトリはコウノトリでしょう?
「ああ、いや。デイジーにも、年相応なところがあるんだなって思ってね」
そして、口元を隠してくっくと笑われてしまった。
「陛下、笑っている場合ではありません!デイジー嬢の説明が確かならば、これらの指輪、国宝級を含めて素晴らしい贈り物ですわ。ハインリヒ、確認してみてくださる?」
口元を隠してらっしゃるその手を、王妃殿下は軽くパシンと叩いて、ハインリヒに鑑定するよう指示する。
彼はじっと全ての指輪を確認した。
「……デイジー嬢のお言葉に誤りはありません。『守護の指輪』は皆様の身を守る素晴らしい品ですから、早々にお着け下さい。そして、コホン、『子授けの指輪』については、国を憂える臣としては、お早めにお二人に効果を確認していただきたく……」
やや頬を赤くしながらハインリヒが進言した。
すると、そのあとの王妃殿下の対応が素早かった。王妃殿下はお子様方と陛下とご自身の指に『守護の指輪』をはめる。さらに『子授けの指輪』をご自身と陛下の指にはめた。
「デイジー、本当に素敵な贈り物をありがとう。お礼は後日沢山おくらせていただくわ!ちょっと急ぐので、これで失礼しますわね。ハインリヒ!子供たちと『シュー・クレーム』をお願い。陛下、私達は参りますわよ!」
「妃よ、何をそんなに慌てているのだ」
「私たちには、これから『公務』があるのです!」
そう言って王妃殿下は国王陛下を連れ去って行った。
後には、土産と子供を押し付けられたハインリヒと、私が取り残される。
「……いや、何も今すぐに『公務』に向かわれなくても……」
ハインリヒが呆気にとられたように、去っていかれる王妃殿下と国王陛下の背を見送る。
「ご公務なら急がなくてはならないのでは?」
私は、『公務』の意味するところがわかるはずもなく、言葉通りに受け取りながら見送った。
残された二人の会話は噛み合うことは無かった。
◆
後日談。
三か月ほど過ぎたある日、王妃殿下のご懐妊が報じられ、翌年には双子の王子殿下と王女殿下がお生まれになり、国中が祝賀ムードに包まれた。またその後も、数年おきにお子に恵まれるようになり、王妃殿下の悩みは解消された。そして、私とリィンは、お子様が生まれる度にお誕生のお祝いに、残りのインゴットから『守護の指輪』を作ってお贈りするのが恒例となるのだった。
……コウノトリさん、やったね!私は心の中でお祝いするのだった。
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