第5話 水

 私は自室のベッドにうつ伏せに寝そべり、『錬金術入門・上』を読みはじめた。


 ……あれ?まずお水のことからなの?

 泥水は汚いとして、なんと透明に見える『水』にも品質があるのだそうだ。

 色がつかない物質が溶け込んでいたり、目に見えないほど小さな細菌……そういう生き物が混じっていたりすることがある。

 そういう悪い水はものを作る場合に使ってはいけないらしい。


 ……少し、色んな水を見に行こう。


 まずは、井戸の水。これは、家の厨房に汲んだものが置いてあった。

【水】

 品質:普通 ー

 詳細:細菌が極微量含まれている。煮沸して使うことが望ましい。


 ……わ、見えないのに細菌がいた!


「ねえ、マリア」

 厨房にいる料理係のひとりに声をかけてみた。

「はい、デイジーさま、どうしましたか?」

 手元を腰にかけたエプロンで拭きながら答えるマリア。

「この井戸水って、そのまま飲んだりするの?」

 マリアは首を振って答えた。

「皆様がお口に入れるには、一度沸かしてお茶として飲んでいただいたり、そうでなくても、お湯を冷ました『湯冷まし』というものを飲んでいただいていますよ。料理にしてもやっぱり煮込んだりしますし……」


「ねえ、マリア。『湯冷まし』ってある?」

 マリアは厨房の奥から、コップに水を注いで持ってきてくれた。

「はい、どうぞ」

 渡されたコップの中の水を私はじっと覗き込む。


【水】

 品質:普通

 詳細:細菌は死滅している。飲用可。


 我が家の台所事情は大丈夫そうだ。

「ありがとう!マリア!」

 お水をごくりと飲み干して、マリアにコップを返して厨房を出た。


 そのあと私は庭のバラ園にある池を調べて見た。

【水】

 品質:低質

 詳細:土や細菌、虫が含まれている。飲用してはいけない。


 タライに溜まった雨水も見てみる。

【水】

 品質:普通 ー

 詳細:大気中に含まれる汚染物質が含まれている。そのままの飲用には向かない。


 うーん、でも煮沸しても質が『普通』までしかいかないのよね……。


 私は自室に走っていき、また本を開く。

『水』の話には続きがあった。錬金術でなにか物を作る場合には、基本的には、『蒸留器』を使って、『蒸留水』を作るのだそうだ。

 私は、部屋から『錬金術入門・上』を胸に抱いて、私の離れの実験室に入った。本に描かれていた蒸留器の絵を元に、該当の機材を探しあてる。


「これかぁ」

『フラスコ』という底が丸くて先が細くなっているものに、上部にかぶせる管のついた蓋をつけ、その蓋のガラス器具は受け用のフラスコに繋がっている。

 蒸留されるべきものを入れるフラスコの下には、魔道具である加熱器が、上部にかぶせる管のついた蓋には同じく魔道具の冷却器が付いていた。


 今度は、私はフラスコを持って厨房へ行き、井戸水をフラスコに入れて実験室に戻ってきた。ついでに、まだ五歳の私が一人で実験することは禁止されているので、侍女を一人連れてきて立ち会ってもらう事にした。


 水の入ったフラスコを、蒸留器にセットする。そして、魔道具のスイッチを入れる。


 次第にフラスコの周りに気泡ができ始め、それがだんだん大きなものになる。水蒸気が立ちこみはじめ、蓋の部分に水滴が溜まり、受け用のフラスコに流れていく。


 しばらく経って、あらかた受け側に移動したので、魔道具のスイッチを消す。


 そして、両方のフラスコに入った水を見比べてみた。


 受け側に溜まった水はこう。

【水】

 品質:良質

 詳細:蒸留水。純粋な水。


 最初に水を入れておいたフラスコの方はこう。

【水】

 品質:普通 ー

 詳細:不純物が濃縮された水。廃棄物。


 私は、実験用の基本になる蒸留水を作ることが出来た!


 まあ、付き合ってもらった侍女さんには全く違いがわからないらしく、首を傾げて元の仕事へ帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る