第4話 錬金術師②

 私は、洗礼の儀式から帰ってきて、ずっと部屋にこもっていた。

 兄姉のように、魔導師の職をいただけるのが半ば当然だと思っていた反動もあったのだと思う。

 その望みが裏切られて、とても悲しかったのだ。


 だが、篭って二日目の朝、さすがにお腹がくぅーっと鳴って、私はこっそり部屋を出た。


 居間に行ってみると、お母様がテラスのテーブルでお茶を飲んでいた。お母様の傍には侍女のエリーもいる。

「あら、デイジー!やっと顔を見せてくれたわね!」

 お母様がそう言って立ち上がって私の背丈までしゃがみこむ。そして、私を抱きしめて頬にキスをくれた。

「……閉じこもっていてごめんなさい、お母様」

 そこでまた、私のお腹がくぅーっと鳴いた。


「あらあら、お腹がすいたのね。当然だわ。エリー、粥かスープ、リゾットもいいかしら。なにかお腹に優しいものを食べさせてやってくれる?」

 お母様がエリーに指示をすると、「いつお嬢様が出ていらしてもよろしいように、麦を茹でで準備してございますよ」そう言ってにっこり笑ったエリーは一礼して厨房へと消えていった。


 私がダイニングテーブルで待つこと少々。

 エリーが、作りたての暖かいスープに多めの麦の入った粥を持ってきてくれた。


 スプーンで掬って食べるそれは、野菜も肉もみんな細かくみじん切りにされ、麦も柔らかく煮込まれた、優しい味のする粥だった。お腹も心もじんわりと暖かくなった。


 食卓で食事を終えたタイミングで、お父様が私の元にやってきた。

「デイジー!やっと出てきてくれたんだね。お父様は嬉しいよ!」

 そう言って、私をぎゅっとしてくれた。


「デイジー、お父様は、君にプレゼントがあるんだよ!」

 にっこり笑って私の手をとる父様。

 お父様に手を取って連れられて、お父様の執務室に連れて行かれた。


 ◆


 お父様の執務机の横には、キラキラした透明のガラス器具がいくつかと、なんだか立派な本が三冊置いてあった。

「これは錬金術師になるデイジーへのプレゼントだよ!」


 私は、その不思議な器具たちへの好奇心と、本への興味でフラフラと机に近寄った。

 一番上の本をぱらりとめくると、色んなものの作り方が書いてある。

「ろか、じょうりゅう、ポーション、……?」

 その本には、今まで知らなかった知識がいっぱい詰まっていた。もっとこの本を読んでみたいと思った。


「これを、全部私に?」

 振り向くと、私の後ろで見守るように立っていたお父様が、うん、と頷く。


「お父様やお母様は、お兄様お姉様のように、魔導師になれない私にガッカリしてないの?」

 自分で言って、また思い出してちょっと悲しくなって、うるっと私の目が潤む。


「デイジー、『錬金術師』は、神様がデイジーにピッタリだと思って与えてくれた職業だよ。デイジーが頑張っていくというのなら、お父様もお母様も、みんなデイジーを応援していくよ」

 お父様は胸元のポケットからハンカチを取り出して、私の潤んだ瞳を優しく拭ってくれた。


「お父様、私頑張ります!立派な『錬金術師』になります!」

 私は、ほっとしてぎゅっとお父様に抱きついた。私はダメな子だって言われるのがとっても怖かったのだ。お父様はそんな私を抱きしめてくれた。


 ◆


 錬金術は、火を使うこともあり、空いていた離れの小屋を綺麗に片付けて私専用の実験室として与えてくれた。そして、キレイなガラスや陶器でできた実験器具達は、使用人たちの手でそこに運び込まれた。

 そして、まずは本は自室で読みたいという私の要望で、『錬金術入門』の三冊は私の部屋に置かれることになった。

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