第3話 錬金術師①

 洗礼式の日がやってきた。

 私はお父様とお母様に手を引かれ、王都の教会へやってきた。

 今日の日のために誂えてもらった新品のワンピースを着ている。珍しく姉様のお下がりでないのが嬉しい。


 神から与えられた職業は、それに関係するスキルの向上率が高く、それは神からの思し召しであり恩恵であると考えられている。例えば、洗礼前から魔法を使える子がいたとして、儀式において騎士の職業が与えられたとする。すると、その子は魔法が使えたとしても魔導師にはなれない。それを望むことは、神が与えたもうた職業の拒否、すなわち、『神への翻意』であると、教会から非難されるからだ。そのため、就職希望時には洗礼時に渡される『職業証明書』の提示が求められ、適合した職業でないと、そもそも就職が非常に困難な仕組みになっている。


 教会には、五歳の子供たちが、親に連れられて沢山並んでいる。その子供たちは自分に告げられる将来を夢想してみんな笑顔でいっぱいだ。

 私も、待ち時間が長いので、とてもソワソワする。


「大丈夫、きっとデイジーも魔導師に決まっているよ」

 そう言って、私を励ますように、お父様が繋いだ手をぎゅっと握ってくれた。


 呼ばれる順番は、名簿にある名前の順に司祭様が呼んでいるようだ。おそらく貴族は家格の順、子爵の子である私はまだ呼ばれない。そしてその後に平民の子供たちの洗礼を行うのだろう。


「デイジー・フォン・プレスラリア」

 司祭様にやっと名を呼ばれる。

「はい」

 と答えて、教会の礼拝堂の一番前中央に歩いていく。


「さあ、この水晶の上に手を乗せて」

 司祭様が、私に、魔道具の水晶の上に手を乗せるように促した。

 私はそれに素直に従う。


「神よ、デイジー・フォン・プレスラリアに五歳の祝福と、相応しき職業をお与えください」

 眩い光が私の手を覆った。

 ……そして、示された職業は、『錬金術師』だった。


「……魔導師じゃない……」

 私は、ぽつりと呟き、神父様に礼をして、急いで歩いて教会を出た。


 教会の外に出て、私は大声で泣いた。

 あとから追いかけてきたお父様とお母様が私を抱きしめて、私の背を撫でて宥める。

 でも、兄様や姉様のように当然与えられるとばかり思っていたものが与えられなかったショックに、私はただ泣くことしか出来なかった。


 ◆


 娘に与えられた職業は『錬金術師』。

 それはあまり貴族家としては喜ばしいものではなかった。娘は、洗礼式から帰るなり部屋に閉じこもっている。


 『錬金術師』、それは様々なポーションと言われる薬剤を作ったりして、人々の生活を助けるのが主な仕事だという、貴族家には不人気職業だ。伝説のエリクサーや賢者の石を作れる……なんて伝説があるが、本当かは疑わしい。現実には存在しないと言われているくらいだ。


 大抵の人はポーション屋などを営む程度、それも、初級レベルで作れるものしか売っていない店がほとんどである。


 貴族家への嫁入りにしても、その能力を期待した、高齢者への後添いや、介護者の居る家への要介護要員として望まれるような申し入れがほとんどで、あまり若い娘に望ましい婚姻の声はかからないのが現実だった。



 父である、私ヘンリーは考えていた。決まってしまったものをどうするか。

 まだ泣いて自室に籠っている娘と違い、私は父親であり、デイジーを娘として愛していた。我が子のために私は考えてやらねばならない。

 デイジーの職業が決まってしまったものは覆らず、彼女が幸せになれるか否かは、彼女が、そして支えるべき私たち父母がどうするか次第だ。

 不遇職である『錬金術師』と定められてしまった娘に、どのように接し、育てれば、幸福な人生を送らせてやれるだろう。家族を平等に愛する私は考えていたのである。

 ……ちなみに、巷では不遇職に決まった子を勘当したりするのが流行りのようだが。そのような選択肢は、私には最初からない。


 私は、妻の部屋へ向かった。

「ロゼ、居るかい?」

 扉を優しくノックして、愛するローゼリアに声をかける。

「ええ、居るわ。エリー、開けてちょうだい」

 侍女が、その言葉に従って扉を開けてくれた。


 部屋に入って、私は妻に親愛の挨拶のキスを頬にする。

「デイジーの今後のことで話したくてね。今、君の時間をくれるかい?」

 ローゼリアは、私にキスを返して、美しい笑みを返す。

「勿論です、ヘンリー。あの子は私たちの愛しい子、親として当然です」

 そう言うと、ロゼは私をソファへ招き、私は彼女の横に座る。侍女のエリーは、二人に紅茶を用意すると、一礼して部屋を後にした。


「デイジーの『錬金術師』の件なんだけれどね」

 私の切り出しの言葉に、ロゼはコクリと頷く。

「あの職は、怠惰でいれば、たとえ貴族の子女といえども、幸福な人生を送り難い職業だ。それは君も知っているよね?」

 再びロゼは頷く。子を思う母親の表情は憂いに満ちている。


「魔導師の職をいただけなかったのは、あの子には可哀想なことでした。……でも、考えようによっては、あの子の性格には、あの職もあながち悪いものではないのではないかと思うのです」

 意外な意見がロゼの口から出たことに、私は、ほう、と呟いて興味を持った。


「ロゼ、それはどういうことだい?」

 ひとくち紅茶を口に含み、ロゼが答える。

「あの子はとても勉強熱心ですの。あの年で読み書き計算をほぼ習得していますのよ。それに、あの子はもともと植物に関しては興味も深いですし、研究熱心です。あの性格であれば、たとえ不遇と言われる『錬金術師』でも、十分に生業として幸福に生きていくことも可能ではないかと思うのです」

 そう言って、デイジーが手をかけて育った薔薇が咲く庭に目をやった。


 ふむ、とロゼの意見を受けて私は頷く。

「ではまず、あの子に『錬金術師』として生きていくことを自ら決意してもらって、……私たちはその手助けをしてあげるのが良さそうだね」


 ロゼは子供たちのことをよく見ている賢母だ。さらに口を開いて私に提案する。

「そういえば、デイジーは『植物図鑑』や『薬草図鑑』を好んで読んでおりますわ。錬金術に関する本を与えてみてはどうでしょう、案外素直に興味を持つのではないかしら?」


「流石は私のロゼだ!」

 私は妻の肩に手を添えて唇にキスをする。

「早速、あの子に必要なものを買いに出ることにするよ!」

 私は憂いが晴れたような心持ちで足早に部屋を後にした。

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