第6話 測る5
「今度は円周率で計算するんだけど、ぐるっと回るまっすぐの道がないよね」
エレナが円筒形の内側に広がる街を見回す。
円筒の内側を周回している道路はいくつもあるが、斜めに渦を描くように通っていて、さらにその道路はくねくねと曲がっている。円周を最短で通る道路は一本もない。
「うん。丸壁に沿って歩いて測るしかないけど、このメジャーで測るのはちょっと無理かも」
エルネクは長さが5メートルのメジャーに目をやる。
「そうだよね。122メートルの3倍だから360メートル以上だし」
丸壁を眺めるエレナ。
「360メートルかあ」
ラグレンも丸壁の上を見上げる。
「5メートルで割ると、5かける70で350だから72回以上。ちょっと大変かも」
カルラが計算する。考え込む4人。
「もっと長いメジャーがないか探してみようか」
エルネクの提案にうなずく4人。
「そろそろお昼だし、みんな家で探そうよ」
カルラが道路わきに立っている時計塔を指さす。もうすぐ12時だ。
「そうだね」
「みんな家に5メートルより長いメジャーがないかを探してくるようにしよう」
「何時に集まる?」
「30分後でいいかな」
「メジャー探さないといけないから、もうちょっとかかるよ」
「それじゃあ45分後にしよう。今は11時50分だから、えーと、12時35分にここに集合」
エルネクが集合時間を提案する。
「わかった」
「12時35分だね」
そういうとラグレンが真っ先に走り出す。
残った3人もそれぞれ家路につく。
エルネクが家に戻ると、いつものように食卓に昼食が用意されている。昼食はシチュー、サラダ、パンだ。
椅子に座ろうとしたところで、外から帰ってきたら手を洗うように言われていたことを思い出す。
洗面所で手を洗い、ハンカチで手をふくと椅子に座ってお皿のふたを取り、コップにお茶を注いでスプーンを持ち食べ始める。
早くメジャーを探したくて食事を急いで終えると、お皿とコップ、スプーンとフォークを水道の水で軽く流して食洗器に入れてスタートスイッチを押す。
まず探すのはどこだろう。自分の部屋には定規しかないし、台所にあるとも思えない。玄関の靴箱を開けたり洋服タンスを開けてみるが見つからない。自転車置き場にあるかもと思い、外に出て探すが見当たらない。そういえば、家でメジャーを見た覚えがない。どうやら自分の家にはないようだ。みんなのところにはあるだろうか。なかったら5メートルのメジャーで測るしかないのかな。
待ち合わせの時間まではちょっと早いが、歩いて丸壁の方に向かう。
まだ12時20分なので誰も来ていない。25分になるとカルラが来たが、彼女も家にメジャーはなかったそうだ。
「長さ測れるのって、30センチの定規しかなかった」
「ぼくも」
30分になるとラグレンとエレナが自転車に乗ってこっちに向かってくるのが見える。
「これで測れるよー」
ラグレンが自転車をこぎながら大声で叫ぶ。
あ。そうだった。エルネクも思いつく。
エレナとラグレンが到着する。
「自転車のこのメーターで距離を測れるよ!」
ラグレンが早口で説明する。
「そう。距離を測れるものがないか探してて気づいた」
エレナも説明する。
「そうだよね。なんで気づかなかったかな」
エルネクは悔しがる。長さを測るからと、メジャーを探すことしか考えていなかったから自転車に思い当たらなかった。
「2台で測って比べてみよう」
ラグレンが提案する。
丸壁沿いには木が生えていて、ぐるっと一周続いているので輪っかの森と呼んでいる。輪っかの森の中には歩道があるが、くねくねと曲がっている。輪っかの森と壁の間には1メートルほどの隙間があるので、壁沿いに測ればかなり正しい一周の長さがわかるはずだ。
「じゃあさっそく測ってみよう」
ラグレンが自転車を丸壁の近くまで走らせ自転車を降り、自転車のハンドルについているモニターを見ている。
「いつも速度しか見てないんだけど、この距離って0にできるのかな」
「できるよ。この距離のところを指で押さえて右に動かすんだ」
エルネクがモニターの距離計に人差し指を重ねて右に動かすと、距離を表示する枠が指と一緒に右にスライドする。さっきとは違う距離が表示される。
「こっちの数字はいつでも0にできるんだよ」
横にあるマークにタッチすると数字がゼロになる。
「これでゼロから測れるよ」
エルネクがラグレンに向かっていう。
ラグレンの隣に自転車を押してきたエレナもモニターを操作する。
「ぼくが先に行くからエレナは後ろからついてきて」
そういうと、ラグレンが壁際で自転車を押しながら歩き出す。森の中をまっすぐ進むには曲がりくねった歩道は通れないので、草むらを突っ切って進むしかない。
「壁からの距離を一定にしてできるだけまっすぐ」
エレナがラグレンに呼びかける
「わかった」
振り向くことなくラグレンが返事する。
「地面がでこぼこしてるから実際よりも長くなるかも」
自転車を押しながら歩くエレナがエルネクに向かっていう。
「まあそれはしかたないかな」
エルネクがこたえる。
「ここで100メートル。エレナの方はどう?」
先を行くラグレンが自転車を止めて振り返る。
「こっちはまだ97メートルだよ」
「そうなの? 同じところ歩いてるのに」
4人はそれぞれのモニターの数字を見比べる。
確かに距離が違う。
「3メートルもずれるなんて」
「なんでだろうね」
「たぶん、まっすぐのつもりでもハンドルをちょっと左右に動かしてるんじゃないかな」
「地面も上下にでこぼこしてるし」
「上下とか左右にちょっとジグザグになるから、実際より長くなるんだと思う」
「どっちが正しいのかな」
「短いほうが実際の距離に近い気がするけど」
エルネクがエレナの自転車の方を指さす
「ぼくの自転車の車輪を反対に回して、距離を合わせたほうがいいかな?」
ラグレンが尋ねる。
「短い方が実際の距離に近いはずだから合わせたほうがいいように思う」
エルネクがこたえる。
「後で差を引くより合わせたほうがよさそう」
エレナも同意する。
「前のタイヤを逆回転させればいいのかな」
ラグレンが自転車の前のタイヤを指さす。
「試してみよう。前のタイヤを持ち上げてて」
エルネクはそういうと自転車の前輪の近くに移動する。
「わかった」
そういうとラグレンは自転車のハンドルを引き上げて前のタイヤを浮かせる。
エルネクが前のタイヤをつかんで逆方向に回転させる。
「距離が戻ってる」
メーターをのぞき込んだカルラがいう。
「3メートルだからもうちょっとだ」
エルネクはそういうとタイヤに軽く力を加える。
「98メートル」
距離計はメートル単位なので1メートル戻らないとメーターの表示が変わらない。
「97メートル」
そういうとラグレンが前輪を地面につけて回転を止める。
「200メートルのところでもう一回確かめよう」
エレナがいう。
「じゃあまた僕が先にいくよ」
そういうとラグレンが自転車を押して計測を再開する。
大きな石は自転車を横に平行移動してよけて進む。
「200メートル。そっちはどう?」
今度はエレナの方が先に200メートルに達した。
「こっちは199メートル」
「じゃあ、今度は私の方のメーター戻すね」
「差が小さくなってる」
カルラがそういうと、エレナがメーターを戻すのを手伝う。
「次は300メートルで確認だよ」
ラグレンが先に歩き出す。意識してハンドルを動かさないよう慎重に自転車を押している。
「もうすぐだ」
「298、299、300! エレナの方は?」
「299」
「また1メートル差かあ」
「このメーターは1メートルごとしか変わらないから、実際の差はもっと小さいかも。30センチくらいとか」
「じゃあ、もうちょっと進めてみるね」
そういうとエレナはゆっくりと自転車を先に進める。
「ここで300メートル」
「50センチくらいの差だったんだね」
「じゃあ、タイヤを逆に回すよ」
「あ。タイヤを持ち上げて、自転車をラグレンのところまで持ってくればいいんだ」
エレナはそういうと自転車を持ち上げて50センチほど後戻りする。
「この先に川があるけどどうする?」
先を歩くラグレンが前を向いたまま尋ねる。
反対側の太陽の壁から森の中を通って丸壁まで流れる川がある。歩道は橋につながっているが、丸壁からは離れている。
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