”盗み”の師弟の場合


――――空を流れる一筋の光。

それは吹き飛ばされた”盗み”その人に他ならなく。


「――――あああああああああああ…………」


ド ッ ゴ オ オ オ ン……



「……マジか、マジか、マジかァ~……」


途中にあった山につき刺さりながら俺は呆然としていた。

確かにあの中では一番強かったし、やりづらかったがまさか負けるとは。


ぐいっと服を捲り上げ、打たれた腹を見やる。

――ものの見事に鳩尾に拳の跡が刻まれていた。


「え~……いや、マジか~……」

とりあえず腹いせにぽちっと城の自爆スイッチを押しておく。


三分後、飛んできた方から振動が伝わってきた。

ちゃんと爆発したみたいだ、良し。

それは良いのだが。良いのだが。


「……マ~ジか、弟子に負ける~……?嘘だろ~……」

こっちのプライドは何も良くはなかった。



城の爆発が見えないぐらいに遠くまで飛ばされたみたいだ。

と言う事はこの山はハシッコ山あたりか…


「ぐえええー……辛い……」


そんな分析とは無関係に、俺はひたすら落ち込んでいた。

だってそうだろう。レベルを合わせたとは言え、弟子に負けたなんて……


「はぁ……わかっちゃいたけど堪えるなあ……」


――そう、昔からわかっていた。太古の昔から。

俺には才能はない。とにかく才能が無かった。


長命種であるエルフじゃなかったら、まあ何も成せずに終わってたんだろうとは今でも思っている。


長命である。それだけが俺のアドバンテージだった。

だが、別にそれは俺だけが持っているものでもない。


”毒”の奴は長命で、更にあれだけの調剤技術と毒魔法とありとあらゆる毒に関する事が出来、それを延々研鑽している。


長命である。それだけが俺のアドバンテージだ。

だが、それは短い命の物に上回られない、と言うわけでもない。


”鋼”の奴は、自らの全身を機械と化して寿命を克服した。

それに加え、古代遺跡を分析して得た機械技術、兵器開発。

それだけに止まらず、自ら遺跡を超えられるほどの探索技術もある。


――長命である、それだけが俺のアドバンテージ。

だが、そんなものは圧倒的な才能の雨の前には無力である。


”銀”の奴は高々40年も生きていないはずなのだが、今や単純な体術・闘気術ではぶっちぎりの最強であることは異論を挟む余地が無い。

そして今その弟子にすら負けた。

あの弟子は人間だろう。

しかも酒も飲めなさそうな面をしてた……


「……………………はあ……………………」


辛い。

ひたすらに辛い。

俺の才能の無さが辛く伸し掛かってくる。


嫌と言うほどわかっていたことだ。

俺には才能が無い。

まるで無い。

びっくりするほど無い。


――俺に出来ることは、ただ他人の技術を盗み、使っていくことだけだった。


「……でも、諦めきれねえんだよなあ……」


――そんな綺羅星のような奴らに、”勝つ”事を諦められたらどれだけ楽だっただろうか。

でも、それだけはどうしても出来なかった。


「あ~……辛い……」


ぶちぶち言いながら山を下りる。

今回の敗戦は本当に堪えた……



「フィーヒヒヒ!金を出せギャアーッ!?」

「兄者ァーッ!?アッ凍るーっ!!!」


――とぼとぼと歩いてたらいきなり絡まれたので適当に毒を投げて目潰し。

そこから足払い。二人とも転ばせてまとめて氷魔法で凍らせておく。


「はあ……これからどうするか……」


とりあえずそれを考えるために近くにあったハシッコ村にやって来た。

そうしたらこれだ。見境なさすぎだろチンピラって人種は。


「あ、ありがとうございます……あのチンピラにはほとほと困っておりまして……」

「……ん、ああ……どうでもいい……とりあえず注文いいか……」

「は、はい」


適当にベアーンのスープとお茶を頼む。

それをぼんやりと待つ……


…………何やってんだろ、俺……


「…………」

片肘を突きながら口を開けている。傍から見たらアホに見えるんじゃないだろうか。


「……まあ、実際アホか」

アイツらに言われたことを思い出す。

奴らの言ったことは悔しいが正しかった。


「……くそう……」

悔しい。とても悔しい。


何度やっても勝てない自分が。

何をやっても勝てない自分が。

何時の間にか勝つこと、それそのものをを諦めていた事に気づいた自分が。


「はい、スープお待ち」

「……おう」

やって来たスープを飲む。ゴロゴロと入ったベアーンの肉が味わい深い。


「……なんか肉多くないか」

「サービスと、後最近大量にベアーンが狩られたらしくて余ってるのよねえ全般に」

「そうか……」


まあ、問題ないなら別にいいか。

有り難く食べさせてもらう。


「…………」

「……んあ……?」


――ふと、視線を感じる。


「…………かっけー…………」


――何か、ちんちくりんの小娘が俺を見上げていた。


「……なんだなんだ、何を見てんだ」

小娘はビクッと身体を跳ねさせる。

見られっぱなしってのもなんか癪だ。

そもそも何で見てきてんだコイツ?


ずざざざざざっ。小娘は俺の足元に走りこんできて――


「――弟子にしてくださいっス!!!」

「……はあ……?」


――開口一番そう叫んだのだった。見事な土下座と共に。



ぽちょん。


「――で、なんだいきなり……」

とりあえずスープを飲み終わるまで放置して、その後適当に釣り道具を借りつつ川にやって来た。

ぼんやりしながら話を聞くには丁度いい。


「何だじゃないっすよ―!うちの店に現れた暴漢をササッと退治!それでいてそれを鼻にもかけない!も―カッコイイっス!こうなればもはや弟子になるしかないなと」

「はあ……」


どうやらさっきの適当極まるあしらい方がこいつにはカッコよく見えた……らしい。

節穴にもほどがあるだろう。


「帰れ帰れ、俺は弟子なんて取る気無い」

「いやーんいけずー、でもそんな所も好きっス!」


……うっとおしい……

ぼんやり考え事したいのにまるで考えられねえ。


「と言うか釣りっすか!渋い趣味っすねぇ、さっすがししょー」

「俺はお前の師匠になったつもりはない、と言うかなんだその言い方……」


うるせえ。いるだけでやる気がそがれる。

さっさとどこかに行ってほしい。


「俺なんかの弟子になろうとかするな、もっと他にいいやつらいるだろ。”拳”とか……」

「?どうしてそこで二つ名持ちの名前が出るっスか?」

「?……ああ、うん、そうだな……」


――どうやらこいつ、別に俺が”盗み”だと気づいて弟子入りに来た……と言うわけじゃなさそうだ。

本当にマジでさっきのあれを見て来たのか……何だコイツ……


「と言うか!そう言う問題じゃねーっスよ!おいらはししょーの男気に惚れたんッスよ!だから弟子に!」

「……あのあしらい方のどこに男気があったってーんだ……」


そう言うと不思議そうに。

「え、さっきのやり口見たらだれでもわかるっスよ!最初に目潰ししたのは後の氷魔法への布石っすよね?つまり最初から凍らせて無力化するつもりだったわけで、他にも沢山倒す手段自体はある中でわざわざ凍らせる、ってことはつまり周りに被害を出さないようにって」


その様な事を宣い始めた。

しかも驚くことに100%当たっている。


「――――いや、待て待て待て待て」

「?はい、待つっス!」

小娘はきっちり正座までして俺の言葉を待つ。


「ええっと、その思考、俺があのチンピラを倒すまでの動きと動作だけで考えたのか…?」

「はいッス!」びしっ。元気良く手を上げてくる。

「他にも倒す手段はある、ってどこで気づいた」

「え?あの時右手を懐に入れて目潰しを取り出す時に、左手もポケットの中でちょっとだけ動いたっスよね?つまりあれは左手側にも何か仕込みがあったってことで一瞬それを使うかどうかを」

「あー、あー、待て、もういい、大体わかった」


――何だ、こいつ。俺がしたほんのちょっとの動作の意味を完全に理解してやがる。


「はいッス!なのでどうかお弟子に、お弟子にしてくださいっス~」


つまりそれは、

それは、沢山の物を”見て来た”俺でも未だ見たことの無い才能で――


「……帰れ、俺は弟子は取らん」

「ぶーぶー、ケチっすね―!」


驚くほどの才能だ。――腹が立つほどの。


「こおらー!店の手伝いに戻りなさーい!」

「うげっ、かーちゃんに呼ばれたんでおいら行ってくるっス!」

「……おう」


すたこらすたこら。そんな足音と共に走り去っていく。


「……何だ、あいつ……」


――結局、その日は一匹も魚は釣れなかった。



――思えば、すぐに村から離れればよかったのかもしれない。


「ししょー!弟子にしてくださいっス!」

「しねえ、帰れ」

「ご挨拶ッスねえ、クールっス」


だが、ぶっ飛ばされて傷ついた身体はともかく、精神的にやる気が出ないこの状態ではこいつに絡まれる方がまだましだと思った。


「今日は釣れてるッスか?」

「全然だめ、オマエ疫病神なんじゃない?」

「ガガ―ン!ッス!でも付きまとうのはやめないっス!」


とにかく、まあこいつは毎日毎日、飽きもせず。


「ししょー!ししょー!あっいたっス!」

「割と本気目に隠れたのに何で見つけられるんだお前……」

「あそこの木と枝から類推したっス!」


村をぶらつく俺を見つけては絡んでくる。

――俺も、少しずつそれが楽しくなってたのかもしれない。


「ししょーは本当に何でもできるっスねえ」

「何でもは出来ねえわ、出来るようになったことだけだよ出来るのは」

「そう言いながらいとも容易く秘密基地を作ってるあたりが凄いッス」


気づけば凡そ1か月ぐらい。

それ位の時期をこいつに付きまとわれ続けていた――



「……なあ、何で俺なんだ」

「?」


村の近くに適当に造った秘密基地(丸太製)でぼんやりしながら、聞く。


「ぶっちゃけて言う、お前には才能がある。驚くほどの、溢れかえるほどの」


――俺にはその一欠片もなかったさいのうが。


「正直、それだけのものがあればどの二つ名持ちでも放っては置かんだろ。それ位の才能がお前にはある」


――この能天気な面して、付きまとってくる奴には。


「だから、こんなアホな男に付きまとうのはやめて他の所に行け」


――両の掌に乗せて、溢れかえり、足元に落ちて池を満たしてなお足りないほどに芳醇に在った。


「こんなのに付きまとってたらそれも宝の持ち腐れだ」


――それが俺にはわかってしまう。多分この世の誰よりも、俺がそれを求めたから。

――そんな輝く宝物を、俺が奪ってしまうわけには――


「…………むぅぅぅぅぅ~~~~っ……!」

後ろを見れば、ほっぺたを不満そうに膨らませる小娘がいた。


「ししょーは!何にもわかってないっス!!!」

「お、おう……?」

大声が周りを震わせる。


「サイノ―がどうとか、二つ名がどうとか、そう言う問題じゃねーんッスよ!」

「そ、そうか……?」

どっかんどっかんと形容詞がつきそうなぐらい、今まで見たこともない位に大噴火しておられる。


「おいらはししょーを一目見た時、ビビッと来たんっすよ!”あ、この人にししょーになってもらおう!”って!それを何ッスか!こっちが間違ってるみたいに!」

「いや、だってお前なあ……」

俺か?俺が間違ってるのか?


「”お前なあ”、じゃねえーッス!!!おいらは!ししょーにししょーになってもらいたいんッスよーッ!それを他の人に渡してどうとか!なんとかって!ムカつくっス!怒ったっスもう知らねえっス家出するっス!晩御飯はカレーがいいッス!」

「お、おう……」

ずだだだだだだ。バタン!!!


そのまま早口でまくし立てて怒って出て行ってしまった。

と言うかここは別にお前の家でも何でもないんだが……


「……なんだあ、あいつ……」


――しかし、あいつがあんなに怒ったところ、初めて見たな……



「…………釣れねえ」


久々に一人で釣りをしていたが、まるで釣れない。

これでも釣りの腕には自信があったんだが。

心が乱れると釣れねえんだよな。魚は正直だ。


「ダメだこりゃ、今日は帰るか……」


空っぽのバケツを抱えて村の方に向かう。


「……カレーの材料、何が必要だっけ」

確かジャガイモ、ニンジン、玉ねぎと……


「……?」

村の方にやってくれば、何か騒がしい。


「アンタら、どうかしたのか?」

「ああ、旅人さん!大変なのよ、近くで”キングベアーン”が出たって!」

「キングか、そうそう出ないって話だが……あり得ん話でもないか」


――ベアーンは個体数が減るとどういう仕組みかはわからんが戦力の一極化を図る。

即ち、圧倒的に強い個体が生まれやすくなるらしい。

そう言う流れで考えれば少なくなったベアーンがキングに成るのはおかしなことじゃない。


「普通のベアーンでも大変なのに、どうしましょう……!」

「このままじゃ村を捨てるしかないか……」

「ふうん……大変だなあ」


まあ、俺には関係ないか……このままするっといなくなればもうアイツに付きまとわれることも――


「――ねえ、旅人さん。うちの娘知らないかしら。良く付きまとってるでしょ?」

「――ああ?」


そう言ってきたのはアイツの母親。

――って、ちょっと待て。


「まさか、あいつ帰ってねえのか!?」

「え、ええ……きっと旅人さんの所にいると思って……」


――ハシッコ村は狭い。村の中にいれば誰も見てない、なんて事はない……


「……チッ、少し出てくる。これ返しておいてくれや」

「え、あ、ちょっと……!?」

持ってた借りバケツと釣り竿を押し付けて走り出す。


「――全く、よくよく面倒事を起こす奴だ……!」



「――ししょーなんてもう知らねえっス、ぷんすこッス…」


ハシッコ村のほど近く、ハシッコ山。

そこらへんに適当にあった木の虚の中。

そこにおいらは入り込んでたっス。


「ししょーはなんであんなに自分を卑下するっすかぁ……くすん」


――初めて見た時、”すげえ人生に疲れた顔してるッス”が第一印象だったッス。

それで、そんな顔しながらパパッと悪漢をノしちゃったからもう大変ッス、かっこよすぎッス。

どう考えてもこれはもう弟子になるしかねえっス。


――でも、かっこいいのは確かだけど。

――おいらはあの人生に疲れた顔を少しでも緩めてやりたい、と思ったッス。


「あんな顔しながら生きてたら疲れて潰れちゃうッスよ……」

おいらの家は飲食店。

だから手伝いの時においらは色んなお客を見て来たッス。


羽振りのいい客。

悪い客。

態度がでかいばかりで中身のない客。

酔っ払って暴れそうになる客。


――そう言う奴らばかり見てたから。

――ししょーを見た時はびっくりしたッス。


ああ、こんなにも”頑張ってる”人がこの世にいたなんて、と。


「それを何ッスか……自分に価値が無い、みたいな言い方して……思いだしたらまた腹立って来たッス……むかむかーッス」


やっぱり戻ってもう一遍ガツンと言ってやらないとならないッス……

そう思って虚から出たら。


「GURORORORO……」

「……えっ」


目の前にでっけえベアーンがいたッス。

ずっと体育座りしてたから外観て無かったッス。


「ANGAAA!!!」

「うわあああーッ!?ッス!」


そのベアーンはいきなり手を振り下ろしたッス。

急いで横に跳んで避けたッス!


ドゴシャア!!!バキバキバキバキッ!!!ドガガン!!!

「……う、ひゃあ……ッス」


見ればさっきまでおいらが入ってた木がぶっ飛んでその後ろの木が10本は切られてるッス。やべえッスどう見ても。


「GURORORORORO……」

そしてどう見てもこれ、おいらをロックオンしてるッス、どう見ても命の危機ッス!


「に、逃げ……」

「GAOOO!!!」


ベアーンがタックルのモーションを取って――やば。

「ッ」


――ド ッ ッ ッ!!!


バァン!!!バキバキバキ…


「――ァッ!!!」


――おいらの意識が跳びかけて、何とか生きてる、と分かったのはおいらの身体が動かなくなってからッス。


”来る”事が分かったからギリギリで体勢を整えるまでは出来たッスけど……


「……ぅ、あ……」

「GURORORORO……」


――これ、ダメっす、指一本も動かないッス……

ベアーンの足音が聞こえるっス。おいらこのまま食べられちゃうッス……


「……ぐ、う……」

悔しいッス。

悔し涙が流れるッス。


死ぬのもいやッス。

負けたのもいやッス。

何もできない自分がいやッス。

でも何よりも、あの心優しいししょーに何もできなくなるのが一番いやッス……!


「……ししょー、たすけてししょー……!うわーん!!!」

「GUAAAAA!!!」


ベアーンが腕をおいらに振りかぶり――

思わず目をつぶったッス。ああ、これで終わりかって。


ド ォ ォ ン。轟音がしたッス。


「……………………あれ?痛くないッス……」

「……全く」


片手でベアーンの腕を抑える影。

人生に疲れ果てた瞳。

くすんだ赤髪。

何時ものように絞りだしているようなその声を聴いた時、おいらは――


「何をやってるんだ、お前は」

「……し、ししょー!!!わーん!」


今度は別の意味で涙を流したッス。



「……はあ、全く面倒くさいことだ」

「GUAAAA!!!」


ギリギリギリギリ。右手でベアーンの右腕を握る。

右手のパイルバンカーは故障したままだっけか。

当然だな。修理とかしてねえもんよ。面倒すぎて。


「まあ、この程度なら余裕だからいいが」

グシャッ。「AAAA!?」


そしてそのまま右手を握り潰す。

水っぽい音を立ててへし折れ潰れる。


「あー、さて……」

「し、ししょー……」


後ろに転がってるこいつを拾い上げ、おぶる。


「……帰るぞ、晩御飯のカレーまだ仕込んでねえんだ」

「……は、はいッス!」


「GUAAAAAAAA!!!」

キングベアーンは懲りずに、残った左手を振り上げ――


「ああ、そう言うのはもういいから、よっ!!!」


ド グ ォ ン!!!

しっかり左足で大地を踏み、右足を思い切り突き上げ顎を蹴り飛ばす。


「AAAAAAAA!?」

「野生動物の相手なんざ、あのくそボケどもに比べりゃ楽勝だ。さて……」


よろよろとよろめくキングベアーンに、更に右拳をぽん。と添える。


「丁度カレーの肉が無かったんだ、死ね」


そこから俺の全体重を乗せるように捻りこむ。

拳の回転と伝わる肉に入る衝撃。


この前、あの弟子に食らった技。

寸勁、所謂ワンインチパンチ。


ゴ ッ 。

「A」

――キングベアーンの身体が軽く浮き。


「……――――」ブッ、ドバシャアアアア。

一瞬後に夥しいほどの血反吐をぶちまけ、前のめりに倒れ絶命する。


「ったくよ……”銀”の奴もちゃんと教えておけよなァ…寸勁ってのは衝撃を逃さないようにするもんだってよ」


そうして後にはキングベアーンの死体が一つ残るだけであった。



「うっ、うっ、うええん……し”し”ょ”~」ぐすぐすべそべそ。

「あー、うん、泣くな泣くな……そろそろ出来るぞ」


村に戻り、キングベアーンの死体を持ってきて村人に驚かれたりした後、その肉を切り分けてさあ帰るかとなったが、背中のこいつがずっと俺に張り付いて離れねえ。


そう言うわけで俺の秘密基地に連れて行って落ち着かせることとなったのだが……


「……よし、十分だろ。キングベアーン肉入りカレー」

「し”し”ょ”~」べそべそ。

「……飯の時間だぞ、そろそろ降りろ」

「は”ぁ”い……」


まあめっちゃ泣く。こいつこんなに泣くんだってぐらい泣く。

お陰で服が鼻水と涙まみれだ。


「いただきます」

「い”た”だ”き”ま”す”……」


とりあえずこういう時は飯だ。食えば元気になる。旨い飯ならなおさらだ。


「はぐはぐ……味付けもうちょっと薄めでもよかったな…あちち」

「お”い”し”い”で”す”よ”ぉ”~」べそべそ。

「……泣きながら食うとか無駄に器用なことを……」


暫く会話も無く、べそをかく音とスプーンと皿が立てる音だけが響く。


「……………………」

「う”ぅ”~……」


――何となくだが、俺は何時の間にかこういう時間も悪くはない、と思うようになっていた。



「……くかー……すぴー……」

「全く……まあ、今日ぐらいはいいか……」


結局、飯を食い終わってもこいつは俺から離れようとしなかった。

なので親御さんに許可取って俺の秘密基地で寝かせる事になった。

よっぽど怖かったのだろう。


「ししょー……ししょー……」

「……俺も寝るか、ふあああ……」


ぐーすかぐーすか寝てるコイツを見ててなんか色々な事があほらしくなってきた。

なのでとりあえず寝る。

生き物、とりあえず食って寝れば大体の事は直る。

直らないのはコンプレックスぐらいのもんだ。


「……誰かと寝るのなんて、何時ぶりだったかな……どうでもいいか」

こいつが離れようとしないので、仕方なく俺の布団に纏めて包めておく。


「……暖かいな……ガキって体温高いもんな……」


ぼんやり、うとうととしながら俺の意識もすとんと落ちて行った。



「ん、あ、ふあああ……」


朝日と共に目が覚める。健康的な起床だ。


「すぴゅるすぴゅる……」

「……寝てんなあこいつ……涎垂れてんぞ……起きろ」


ゆさゆさゆさゆさ。身体を揺さぶる。


「んぇへへへ……そんなとこさわっちゃだめですようししょー……」

「……何の夢見てんだコイツ……どんな寝言だ……良いから起きろや」


べちんべちん。少し背中辺りを叩く。


「……んあー、ふがっ」むくっ。

「……起きたか……?」

「……くかー、すぴー……」

「絶妙に起き上がった状態で寝るな、そこまで来たならもう起きろ」


出始めた鼻提灯を割る。パチンと小気味よい音が鳴る。


「ひゃい!?……ありゃ?」

「ん、起きたか」

「……し、し、しししししょー!?!?何故に!?ホワイ!?夢だけど夢じゃ無かったッスか!?」

「一体お前はどんな夢を見てたんだ……」

「えっ、つまりこれどういう状況ッスか!?同衾!?既成事実!?希望の未来へゴーっすか!?」

「ええい、いいからまず顔を洗ってこい!」

「ひょえーっ!はいッスー!!!」


ドタバタ騒がしく洗面所へと向かっていく。


「はあ、全くアイツは何なんだ…」

「あっ……そうだ、ししょー……」


洗面所からひょっこり顔を出してくる。

どうせまた馬鹿な事を言うに違いない。


「……なんだ」

「そのう……おいらの身体は…いかがだったッスか」

「普通に温かったがいやらしく言ってもなんともねえわ!いいから早く顔を洗えェーッ!」



「はい!と言うことで完全復活ッス!」ばばーん!

「おう、そうか……俺は朝から疲れたよ……」


一息ついて。


「で、本題なんだが」

「は、はいッス……」


殊勝な態度で身を固くする。

怒られると思っているのだろう。


「そう硬くならんでいい…お前は何か、硬くなるタイミングとかを間違ってないか」

「た、多分あってると思うっス……」かちこち。


ずず。一杯コーヒーを飲んでから。


「お前の弟子入りを認めようと思う」

「……ほえ?パードゥン?」


見慣れたアホ面に戻ったな、良し。


「耳まで腐ったか?二度は言わねえぞ」

「……え、マジっすか、後からやっぱ無しとかダメっすよ!」

「そこまで人でなしじゃない」

「…………やったッス――!!!ありがとうッスししょー!!!」


思いっきり抱き着いてきやがった。

俺まだコーヒー飲んでるんだが。


「でも、いきなり何でっすか?あのでかいベアーンに関係があったり……」

「いいや、そう言うのとはあまり関係が…いや、そうでもないか……」


さっさとコーヒーを飲みきる。暴れられて零してもたまらん。


「お前、あの時思いっきり助け呼んだだろ、俺を」

「……呼んだっすね、ばっちし」

「助けただろ、俺」

「助けられたっすね、まさしくヒーローっすよ」

「そんな大層なものじゃない、まあそれは良いがとにかく、ししょーと呼ばれて助けちまったからにはしょうがねえかって」

「……そんな理由ッスか?本当に?」

「……当然だろ」


――言えるわけがない。

本当は、頼られて嬉しかったとか。

俺を見て求めてくれたのが嬉しかったとか。

こんなどうしようもないくそバカを”ししょー”と呼んでくれた事が照れ臭かったり。


――そう呼ばれることが、そう嫌じゃなかった事に気が付いたなどと。


「あ~嘘でしょ、ししょ~」

「……そ、そんな事無いぞ、証拠でもあるのか」

「だってしきりに左耳を触ってるじゃないッスか、その癖が出るってことはししょーが焦ってる証拠ッス」

「……なにィ……俺そんな癖あったのか……」

「他にも探せば色々あるッスよ~」


――まあ、兎にも角にも。

これが、この”盗み”の男が、弟子を取る話。

ただの”盗み”だった男が、”盗み”の師匠になる。そんなお話であったのだった。

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