”毒”の師弟の場合

ガチャン。つーつーつー…

「はい、大した用事ではありませんでしたよ、御師匠様の耳に入れるほどでは」

「そ、そうですか…」


――チュウシーンから多少外れた、だがそう遠くはない位の距離。

高級住宅が立ち並ぶ、レセブーの町。

その中でもひときわ大きな邸宅。その庭園内。


そこに”毒”の師弟はお茶会を開いていた。

――師匠はまだ、弟子と認めていないのだが。


「…ね、ねえ…」

かちゃん。飲んでいた紅茶のティーカップを置く。


「はい、何でしょうお師匠様」

バリッとした燕尾服に身を包んだ執事めいた弟子。

――正確には弟子にしてくれと頼んできた青年に。


「そろそろ外に出たりしたいな~って…」

「ダメです。不埒な輩がいたらどうするんですか」

「……ですよね……」


――”毒”の師匠、つまり私は今。

ありていに言って監禁されています。



――事の起こりは、些細な事だったはずなんです。


私も他の”師匠”たちの例に漏れず、「弟子探すなんて面倒じゃーん」なんて思いながら、どこか引きこもれそうな場所を作ろうかって思ってたんです。


で、まあ”盗み”の手下、って言うより捨て駒?そんな感じの奴らがこの辺で暴れてたんで。


「ばれなきゃ問題ないでしょ」って私の毒で暫く苦しめてあげたんです。

死にはしないけど只管呼吸が変になって苦しむやつ。

どの道私の毒がそうそうばれると思えませんし。


――そうしたら、何だか知らないけれど町で噂が広まって。

一人のイケメンから『ぜひとも私の家へ』なんて言われて、ホイホイついてったの。



「どうかしましたか、お師匠様?」

「い、いや…少し世を儚んでたって言うか…」


――そうしたら、これよ。

本当に、謎なんだけど。


――この子、私の毒、と言うか毒全般の通りが凄く悪いの…!何で!?


殺すレベルの奴なら通じる可能性はあるけど、そう言うのは正直美意識に反する!

後、イケメンを失うのは世の損失!


「それはいけません、とりあえずお茶をどうぞお師匠様」こぽこぽ。

「あ、うん…どうも…」ずずー…


飲み終わればすぐさま美味しい紅茶が補充されていく。

向こうの紅茶に、一滴でお腹が凄いことになる下剤をぶち込んだりなどしたがまあ平気な顔で飲み干された。解せぬ。


…正直に言ってこういう生活も悪くないかなと半分ぐらい思ってなくもない。

――なのでまあ、唯々諾々と監禁生活を楽しんでいたのだが。



「――まあ、飽きるわよね流石に」

べちゃべちゃべちゃっ…ぶしゃああ…


掌から腐食毒を生成して塗る。そんでもって溶解させて壁に穴を空ける。

流石に屋敷まで毒耐性とかがあるわけじゃないようだ。


「んー…っはあ!久しぶりのお外!自由!フリーダム!」

外に出て伸びをかます。ざまーみろ。


あの子の異様極まる毒耐性も興味ないわけじゃないけど、やっぱり自由がナンバーワン!ばんざい!


「あー…さて、どこに行こうかしら…」

とりあえず息が詰まりすぎて何も考えてない。

そのまま2,3秒熟考して。


「…よし!」

…決めた!まずは散歩!確定!足の向くまま気の向くまま、ってわけよ!


「そうと決まれば森ッ!ゴー!」

てけてけと私は街角を歩き始める。

兎にも角にもいい感じの空気を吸いたい!そう言うあれよ!


「ふ~んふふんふんふんふん♪」

あ~いい気分。びばのんのん。思わず鼻歌歌っちゃうわよ。

”歌”の奴にでも聞かせてやりたいぐらいだわ…



「ゲボ―ッ!!!ゴホゴホーッ!病気!!!」

「ぐええ~ッ!圧倒的な調子の悪さァ~ッ!薬をくれェ~ッ!」

「うっぷ…そう言われても無いものはないですよ…オエーッ!昨日飲み過ぎた…」


――街角を歩けば、不自然なまでに体調を崩している人々が見える。


「ハァーッ、ハァーッ、い、息が…ぐごご…」

「アアーッ!!!痒い!体が痒いよォ~ッ!」

「おかーさーん!おとーちゃーん!あたまがぼーっとするよー!」


と言うより、見渡せば殆どの住民がどこかに不調を抱えているようだ。

見れば薬屋の店先在庫はゼロ。そして店主は二日酔いだ。


「…未知の病原菌?モンスターが水源にでも住み着き汚染?……興味深いわ!」

これほどの量と広範な影響力、原因が何であろうと、何かが起こっているようだ。

これは調べなくてはならない、絶対に面白い何かが見つかるはずよ…!


「ヘーイハロー!そこの貴方たち!少し検診させてもらっていいかしらッ!」

「「「はい?なんだこのちんちくりんな女性は…」」」

「…開口一番ちんちくりんとか言うんじゃないわよォーッ!失敬な!」


初手から凄まじく失礼をかまされた。解せぬ。

どう見てもぼいんぼいんのナイスバディなんですけどォ~ッ?


「なんだかよくわからんが子供のお遊びなら帰った帰った」

「オラたちは薬を買えなくて困ってるんだ!」

「うっぷ…そして私は二日酔いの店主…何かあるなら欲しい…」


…前二人はともかくとして、ただの二日酔い程度ならちょちょいのちょいね。

ぐりぐり。指で胃袋のあたりを触り調べる。


「うげげげ…あっツボが押されて少しマシに…」

「ふうん、症状は二日酔い、思いっきり荒れてて胃腸も弱ってる、そこにたくさんの油ものつまみを食べて…驚くほど自業自得ねこれ、どれぐらい飲んだの?」

「へい…ほんの樽三つ分ぐらいで…」

「”ほんの”で済ませちゃいけない単位飲んでるわね……?ま、いいわ」


まあ単純な暴飲暴食がたたってるようだ。魔法で治すよりは薬を作った方が良かろう。


「店先ちょっと借りるわよ、よっと」

ごとごと。いつも持ち運んでいる乳鉢・乳棒・薬研しょうばいどうぐを並べる。


「ほいほいっと」ぽいぽいぽいーっ。


これぐらいなら”カショウ”と”チョーイ”使って適当に混ぜて、そこにかさましがてら”ニガイン”でいいかしら。

頭の中で薬の調合を考え、適当に放り込みごりごり砕いていく。


「すげぇ…何て手際の良さだ…残像が見える…」

当然だ、私をもっと褒め称えるといいと思うのだわ!


「あの娘っ子、ただ物じゃないぜ…!」

ふふん。娘っ子と言う言い方は気に入らないがそれ以外は及第点。


「この二日酔いの店主、ヤブ薬屋の比じゃないぜ…!」

「自分からヤブって名乗ってて恥ずかしくないのアンタ!?」

しまった、つい突っ込んでしまった。


「ま、まあそれは良いわ…ほら、出来たから飲みなさい」

「えっ、もう出来たのか!?」

「これぐらいなら当然よ」


”毒”と”薬”は同じもの。ただその量が違うだけだ。

即ち薬も私の専門分野に等しい。


「じゃ、じゃあ頂きます」

「ぐいっと一息で飲みなさいな」


二日酔いの店主は鼻を抑えながら一息に薬を飲んでいく。

(って言うか仮にも薬屋なのに薬の匂いが苦手でどうするのかしらこの店主)


「…んぎゃあ―っ苦い!!!」ゴロゴロ―ッ!

「ふふん、当然よ。良薬口に苦しって言うじゃない」


「ああーっ!二日酔いの店主があまりの苦さにのたうっていやがる~ッ!」

「あの転がり様、ただ事じゃねえぜ!」


店主は転がり落ち、自分の店先を一回転して同じ位置に戻ってきて立ち上がる!


「…すげぇ!胃袋の倦怠感が消し飛んだァーッ!!!」

「ふっふ~ん!そうでしょうそうでしょう!」


そして店先で見事なポージングを決めたのだった。


「凄いぜ…あんな小さな体で…」

「きっといろいろな苦労があったんだろうなあ…うっうっ…」

「これは頼みごとを聞いてやらなきゃ男が廃るぜ…」


「…それじゃあ、ちょっと話を聞かせてもらえるかしら?」

「「「イエッサー!」」」

…何か勘違いされてそうだが、私の要求を断る輩はすでに周りにはいなくなっていた。



――のは、いいんだけど。


「はい次!そこの子供!」

「熱が出て鼻水が出ます!」

「それはただの風邪!おかゆでも食べてあったかくして寝て!」

「はあーい」


――とにかく。そう、とにかく。


「はい次!そっちのおじいちゃん!」

「骨が弱くてすぐへし折れちゃうんじゃ、ワシの力に耐えきれずにのう…」

「強そうに言ってもダメよ!多分カルシウム不足だから栄養バランス考えて!」

「ばーさんに頼んでみるか…」


病人の数が多い!

しかも普通に他の病気ばっかりのだ!

どいつもこいつももうちょっとまともな生活しろ…!!!


「はい次!そこのイケメン…あ」


――そして。うっかりそんな余計なアドバイスなどしていたばっかりに。


「はい、お師匠様が脱走してしまったのですがどうすればいいですか?」

「……自由にさせてあげたらいいんじゃないかしら!ら!」


――(自称)弟子にまた見つかってしまったのだった。アホか私!


「はあ、全く…ですが、この光景を見てはどうにも行けませんね」

「ほえ?」


そう言って弟子が見やるは、借りた軒先に大量に居並ぶ行列たち。

皆とても人間とは思えぬ表情と苦悶の声を…いや怖っ。そうはならないでしょ。

みんなゾンビみたいに呻いてるんだけど、ノリが良すぎるでしょ。


「お師匠様の成す事を手助けしないのは弟子の名折れ、何なりと指示を」

そう言って(自称)弟子はバリッとした手袋をつける。


「ん、じゃあとりあえずこの行列をさばいて」

言うからにはやってもらおう、今まで見せてもらった技能からしてこれぐらいは平気へっちゃらだろう。


「はい、畏まりました」

ずばばばば。そしてその期待に違わずてきぱきと行列をさばいていく。一気に対処が楽になる。


「あー…楽でいいわー…はい、次の人―」

いかん、かなり甘やかされてあの自称弟子に絆されてきている。


――実際楽なのは良いし、このままでもいいかと思わなくもないが。

――結局、どうしてあのイケメンは態々”私”について回るのだろう…?



――さて。


――大量の病人があふれかえる原因を調べたところ。

どうも町の風上から”恒常的に吸うと病弱になる”類の毒がばら撒かれている。


――この毒には覚えがある、あたしが昔作ったものだ。

つまんない、ってなって途中で作るのやめたやつ。


「……何アレ」

「ふうむ、あれはどう見てもあれでしょう、趣味は悪いですが」


で。

私の未完成品を使う、なんてことが”出来る”奴と”する”奴、なんて間違いなく一人しかいない。


”盗み”の奴だ、絶対間違いない。あの才能無し男の野郎。

そう言うわけでレセブーの町から風を辿り歩いてきた(弟子も当然ついてきた)。


そうしたらもう堂々とそれがあった。


「城ですな、どう見ても悪役のですが」

「そうよねえ、これどう見ても悪役の城よね」


荒野に突然見える、高さにして5階建て位の大きさ。

建築様式とか全然考えて無く、所々自己主張の激しいくらい飛び出してる塔が付き。

そして圧倒的に目立つ、中央に張り付いた”盗”のマーク。


どこからどう見てもアイツの作りそうな建物である。

やたらでっかくてセンスが無い。


「しかしセンスが無いわね、だっさ」

「全くですな、全面的に同意致します」


『――誰がセンスも才能もねェクソダサ男だこの陰険引きこもりのちんちくりんがァーッ!!!』

「うひゃあ、そこまで言ってない!ってこの声は…」


壁に備え付けられたスピーカーから声が響く。


「”盗み”ィ!あんた何をたくらんでんの!私の薬なんて盗んで使っちゃって!」

「ギャハハハハ!決まってんのよ~ッ!才能溢れるお前らに復讐するチャンスをこの”盗み”様が逃すわけねェ~だろッ!」


壁に叫べば即教えてくれる。相も変わらず駆け引きとか考えないやつだ。


「復讐?私そんなことされる謂れないわよ」

『あるわァァァ―ッ!!!って言うか多分だけど全員忘れてんだろそう言うのよ~ッ!』

「えー、じゃあ言ってみなさいよ」


『毎日毎日全員俺に”才能が無い”って言ってくること!』

「事実じゃん」

『そう言う問題じゃねェーッ!ちまちま集めたぬすんだ俺のコレクションを更にギって行った事!』

『あー、あれかあ。丁度新しい調合に必要だったのよね~”レアクサ”』

『覚えてんじゃねェーか!!!リンゴ食ったらそれにお前の下剤が入ってて腹がえらいことになった事ッ!』

「ウケルwww」

『ギィ~ッ!』


ほら、どう見ても謂れが無いじゃない。

逆恨みね!


『まあいい…テメェーらは絶対泣かす、まずは小手調べよ出ろ手下たち―ッ!』

”盗み”の合図とともに城の側面がいくつも開き、中からバイクが出てくる!


「「「ヒャッハー!やってやるぜェーッ!!!」」」

「うわあ、手下までセンスが悪い」

『何とでも言えェ~ッ!すでに貴様が弟子を取ってる事は先刻承知よ!』

「えっ」


えっ。この子別に弟子じゃないって言ってんだけど!?

別に何も教えてないし、これヤバくない?


『つまり貴様が攻撃すれば、あのあほらしいルールに引っかかるって寸法よ~ッ!』

「「「ヒャッハー!死ねェーッ!」」」

「えーっ!?ちょっと待って待って!タンマ!」


がりがりと鉄パイプが地面を削りながらこちらに迫ってくる…アカン!


「……お師匠様、お下がりを」


そう言うと自称弟子は一歩前に出て、手袋をしまう。


「この優男が~ッ!俺もイケメンに生まれたかったぜ!死ねェーッ!」


バイクの先頭がたどり着き、鉄パイプを振り下ろし――


バシャン。自称弟子の掌に触れた瞬間それが


「な…何ィーッ!?」

「ご心配なく、あなた方は溶かしませんよ。金属用の毒ですので」


――見れば、掌から毒が滴り落ちている。私が直に使う時のやり方が一番近いか。

だが、それは抑えようも無くずっと掌から滴り落ちている…!


「……特異体質、それも毒の……あ!!!」


――思い出した!あの掌、見たことある!

――むかーしむかしに、それを制御できずに泣いてた子供…

――確かそれを抑えるために毒を吸い取れる真っ白い手袋をあげて…


「――いや、変わりすぎじゃない!?イケメンになりすぎ!」

「そのために修行しましたので」にっこり。


そう言えば懐から竹製らしき棒状のものを出し、毒を塗布し投げる。


ぐじゅり。それは正確に一台のバイクを溶解しながら貫き、爆散させた。


「ぎゃあーッ!?」ドゴォン!

「さ、三郎ーッ!」

「さあ、どんどん行きますよ」


――そこがバイクの爆散地になるのには、そう時間はかからなかった。



「――お師匠様、お怪我は」

「あ、うん、無いけど…」

「そうですか、それは良かった」


戦闘が終わり、自称弟子は微笑む。すでに手袋はつけ直されていた。


「えーっと、ちょっと…顔が…近い」

「?」

「顔のイケメン度が高い…!じゃなくて!」


周りを見やれば、チンピラたちがのたうち回っている。


「ぐあああ…腹が…俺のバイクが…」

「ぐぎゃああ…」

「人生が…辛い…俺は何を…」


「…これ、あたしが飲ませてた下剤とか…その辺よね?症状的に」

「はい、幸いサンプルは沢山飲んでおりましたので…」


そう言う事も出来るのか。それにしても顔が近い…


『ふーん…なるほどねえ、これは小手調べよ…上がってくるが良いわ…クックックク…』

「あ、あんなこと言ってるけどアイツ結構焦ってるから」

『ばらすんじゃねェーッ!とにかく待ってるから来やがれ―ッ!まだ仕掛けは沢山あるわァーッ!』


ぷつん。スピーカーから音が消える。


「…ま、ご要望に合わせて行きますか、っとその前にちょっと屈みなさい」

「?なんでしょうお師匠様」


すっと私の前にしゃがんでくる。

丁度いい高さだ。

手を伸ばして、頭を撫でる。


「――よくやったわ!我が弟子!何も教えてないけどね!」なでなで。

「――」


「じゃあ行くわよ!あんちくしょうをぶっ飛ばしにね!」

「……はい」


そう言って私は”弟子”を連れて趣味の悪い城へと入っていくのだった。

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