”鋼”の師弟の場合

「――なるほど、貴方の置かれた状況は理解しました。マスター」

「…だからマスターじゃねえって言ってんだろォが…」


手のスパナとドライバーを動かしながら俺はメンテナンスを続ける。


「?私を起動したのはマスターではないのですか」

「いィや、実際俺がお前を起こした、だがマスターじゃないそれだけは断じてない絶対ない、って言うかオマエの人工知能どうなってやがんだこれ、俺がすぐさま解析できないってどういう技術だよ正直滾るわこんなん」

「私のカタログスペックならすぐ出せますが」

「あーいい、いらねえ。武装ならともかくプログラムの方は”どこどこ製”ですって言われたってそんなもん全部滅んでんだ…」


――全く、どうしてこうなったんだ…?

俺はこいつに『マスター』と言われ纏わりつかれる経緯をぼんやり思い返した…



――ド ッ ! ! !カ ァ ン !

――ガラガラガランッ!

甲高い音を立て、古代遺跡には付き物の特殊合金”カタインデス”(命名:俺)製の扉がぶっ飛ぶ。


「…チッ、意外と堅かったじゃねえか…トラップが無い代わりか…?」

ここの物は普段のそれよりも数段分厚く作られていたが。


「ま、同じ合金なら使い方と腕の差で俺の方が強いってな」バシャン。

右手の変形を解除、カタインデス製パイルバンカーをしまい込む。


「ッかし困るなあ…何だよ大会ってよォ…」


――そう、目下俺が困っている事。

それは”列強師伯会”と呼ばれる大会の事。

厳密にいうなら、それに付随している”制限”のことだ。


――曰く。

1:各”師匠”は”弟子”を取り、育て上げる事。

2:”弟子”を育て上げる最中、”師匠”は一切の暴力行為を禁ずる。

3:2を破った場合、他の”師匠”たちの制裁を許す。


「いやァ…わかるんだけどよ、わかるんだけどよ~…」

左手を地面につけ、内臓振動発生装置”ブルルンルン”を起動、軽く振動させ遺跡構造を探る。


――まー、あんだけ泣き叫ばれながら「いい加減にしろよアンタら」と言わんばかり、と言うか実際言いながら土下座かましてきて懇願されたらまあ…うん…って空気になるけど、なるんだけどな。


「…俺、別にそう言うの興味ねえんだよな…なんだよ弟子ってよ…」

戻ってきた振動波をキャッチ、マップ生成、素直な地形。とりあえず罠はない。

…あまりに素直すぎて逆に怪しい位だ。


「…んー、逆にこれあれか、ここが安全そうなら大会が終わるまでずっとここでグダグダしてっか…」

歩きながら思考を巡らせる。


『暴れんな』って言われたって俺がどうこうするのはこうやって古代遺跡の探索と、技術解析でうっかりミスって爆発させる位だぞ?

吹っ飛ぶ場所も大体秘境だから問題ない。

村や町から見た山が吹っ飛んでも大差ないだろ。


「…よし、何も問題ないな!そうなると暫く俺の身体を弄るか……おっコンソールパネル」


…端子はあるな、よし。

左手首からLANケーブルを出し、接続。

すぐさまハッキングを開始、と言うよりするまでも無い…?


「……なんかやたらザルだな、この遺跡。何かを守ってるわけじゃないのか…?」

大概の古代遺跡なら大量のガードロボットが炎熱剣構えて出てきたり、ハッキングにカウンタ―かまして俺の内部機械にウィルスを送り込んできたりするもんだが…


「…俺の技術がとうとう古代を上回った………わけじゃないよな」

一瞬考えたが否定する。


それだったら前回の動かしたら空を飛べそうだったナナジューヨーン遺跡をみすみす爆散させたりしなかったはずだ。

あれは惜しいことをした。


「じゃあ単純にこの遺跡がおかしいのか…?ふうむ……」

――考えても仕方がねえ、奥に進む。


「構造も単純、横道もほぼ無し…で」


最深部にたどり着き、俺は”それ”を見つける。


蒼とも緑ともつかないガラスのカプセル。

それを取り囲むよう機械とケーブル。

そして――


――それに繋がれた、眠る鋼の少女。

――全裸で。


「………服ぐらい着させてやりゃあよかったもんをよォ…」


幾ら機械の身体と言えども女の裸体をまじまじ見ていいもんではない。

古代の野郎どもは技術はあろうが、そう言った所無頓着だと幾度となく思う。


パッと見、今までに見た中でも相当上の技術が集められているようだが――


ブォン。壁のモニターが起動する。

誰かが来たときに自動的に動くようセットされてたようだ。


『――、――』

移るのは、この部屋と博士らしき男。

ザリザリと耳障りなノイズと、それに紛れる古代言語。


「…」

――言葉はわからなくとも、その必死さと。


『―――、――』

――”彼女”の行く末を案じていたことだけは、よくわかった。


ブツン。映像が途切れ、同時にカプセルが起動する。

バシュッ、ゴウン。ゴゴゴゴゴゴ…


「……はあ、めんどーくせえ……」


――どーも、俺は厄介なものを拾っちまったみたいだ…

開くカプセルを前に、俺はそんなことをぼんやりと考えることしか出来なかった。



エクストラ遺跡(こいつの寝てた所の名前)から電磁式放射カタパルトでほど近い。

直線距離で高々5000km程度だ。

そんな所に古代遺物の集まる街、ジャンクーンはある。


「さて、じゃあとりあえず色々見てまわッか…」

「はい、マスター」

「マスターじゃねェ、何度も言わせんな馬鹿」

「むー…」


俺とこいつはフードを被り、修理に使う材料を買い集めることにした。

見分の結果、こいつの体内ナノマシン生成装置が起動しないようだ。

これさえ直しておきゃあ、後は寝てても勝手に直ってくれるという寸法だ。


道行く人々からの好奇の視線を泳ぎながら、人ごみの中を歩く。


「何かしらあの二人組…」「女の子と…子供よ?」

「あの女の子、めっちゃクールじゃない?」「いや、あの子供も相当イケてるわよ」

「でもマスターって呼んでるわよあの子」「バッカねぇ、呼ばせてるに決まってるじゃない」「ああ、つまりそう言うプレイ」


「…俺は子供でもねーし!そう言うプレイでもねェーッ!!!」


――しまった、思わず叫んでしまった。


「マスター、素朴な疑問なのですが…何故貴方の身体は小型なのでしょう」

「言うな、言うんじゃねェ、俺の元々の身体規格が小さかったんだよチクショウ…」

「?技術の世界においては小型である方が優位な点は多量に…」

「んなこたァ俺だってわかってんだよそう言う問題じゃねえんだよお前は本当にそう言うことが全然わかってねェな後俺はマスターじゃねえって何度言わせるんだ!」


――女性体としてくみ上げられたらしきこいつバカ、かなり身長パラメータが高く設定されてやがり、俺と並ぶとまるっきり子供と姉と言った風情だ。

そのせいでテキトーに集めて着せた服が小さく見えやがる。


「…大体、何でお前あんなところに眠ってたんだ。後なんでそんなにでけェんだ」

「私の記憶は先ほどから始まっていてその質問に回答することは不可能です、そして私の身体スペックに関しては何故と言われましても…」

「そっか…」


ナノマシンを直すにはナノマシンだ。

直接手で直すには小さすぎる。

なのでナノマシンを生成するための素材を買いあさる。


「おばちゃん、そこのネジ、30個おくれ」

「あいよっ、300万円ね」

「はいはい、ほれ300円」


古代の時代から使い古されているらしいギャグを交わしながら購入。

こう言った所に古代の息吹を感じるのは、なんだか楽しい。


「マスター、素朴な疑問なのですが」

「マスターじゃ、ねェ…なんだ」


「あなたの身体スペックなら人々を破壊して素材を得るのも可能なはずです、何故そうしないのですか?」

――このアホは、心底わかってない顔でそう言った。


「…はぁ?お前アホか」

「あほ…」

きょとんと首をかしげるアホ。


「お前はほんっとそう言う所が全然わかってねェな、いいか」

見上げながらビッと指を指して答える。


「…?ダサイ…」


「確かに俺がやろう、と思えばこの町は一瞬で灰に出来るし、勝てるやつもまあいないだろう、…あのアホ軍団の誰かがいれば別だろうが」

人ごみに目をやれば、喧噪と賑わいが伝わる。


「だけど、俺はそれをしない。何故かわかるかボケ」

「ボケ……わかりません」


――大体わかった、こいつは”生まれたて”だ。

あれだけ大事に造られて、明らかに異常極まるほどのスペックを乗せられてなお。

――あの映像が、”何を”案じていたかがよくわかった。


――全く、面倒くさいったらありゃしねえが。


「俺が、ただそうしたくないから、やらねえんだ」


――ま、俺の人生観ぐらい詰め込もうが、何も変わらんだろ、ヘーキヘーキ。


「俺が、それを”ダセェ”と思っているから、やらねえんだ」


――こんな奴が拾っていった事をあの世で恨んでくれよな、古代のおっさんよ。


「わかるか?つまり、。何処まで言っても何をしようが、その結果何を返されようが、だ」

「俺が、俺の行動の全てを決め、その結果を受け取る」

「だから、俺はこうして金を払い品物を手に入れるわけだ、わかったか」


「………………自由……自由」

このアホは、やはりわかっていないような顔をして、それでも――


「――わかりません、わかりませんが…それを、わかりたいと、そう…思いました、多分、そうです、はい」

未知の物を見つけた時の顔。

わからない難題に取り組もうと決めた顔。

そう言った、良い面をしていた。


「良し、そんじゃあ次の買い物行くぞー」

「……はい、マスター」

「マスターじゃねェ」



「ギャハハハハ!兄貴ィ!こんなちび助があの有名な”鋼”だっていうんですかい~ッ?」

「ゲハハハ!そうさァ…オラぁこいつにぶっ飛ばされたことがあるんだ、間違いねぇーッ!」

「ヒィーッ!露店でジャンクパーツを売っていたら突然店の周りをバイクで取り囲まれる行商人のこの私!」


――そして3件目にして、俺はチンピラどもに絡まれていた。

何故だ。

普段ならこんな口上を言わせる間もなくぶっ飛ばすが、今は。


「”盗み”のお頭が言ってた通りでゲスねェーッ!あのお方の情報は正しすぎるでゲスよォーッ!」

「…ああん?”盗み”の野郎が…?」

「そうでゲスよ!あのお方が「今なら奴らは攻撃してこないから殴り放題キャンペーンだぜェーッ!」と教えてくださったんですよォ~ッ!」

「…あの野郎、本人がちょっかいかけなければ良いってルールの穴を突いたか…ダッセェ野郎だ…」


ブォンブォンブォン。

店の周りを大量のバイクがエンジンを吹かし俺を威嚇。


「そう言うわけでェーッ!死になさーいィッ!GO!我が手下ども~ッ!」

「「「ヒャッハーッ!!!」」」


ドルルルンッ!!!そしてその全てが俺に突っ込んでくる。

ゴガシャァッ!!!金属と金属の塊がぶつかり合う音が響く。


「ヒャァーッ!避ける間もありませんでしたかねェ~ッ!間違いなく死んだァーッ!」

「「「ヒャッハー!」」」


俺の上でチンピラどもが勝ち誇る。


――俺は下敷き状態から、無造作にバイクの前輪を持ち上げて、どかす。


「ヒャッハー!?」どしゃん。露店前にいたバイクが横転。

「…おばちゃん、そこの基盤チップを見せてくれい」

「ひーっ、は、はい…商売人として商売をせざるを得ない私…」


俺はそいつらを無視して買い物を続ける。

店主に根性があって助かったぜ。


「なにィーッ!?無傷…いや、それよりもォーッ!私たちを無視して買い物とはどういう了見ですかァーッ!!!」

「ふんふん、これは古代歴で言うなら3400年代の物か…」

「話を聞けェーッ!」


背後から鉄パイプが振り、俺の頭を直撃。

ガァン!鉄パイプの方がひしゃげる。

店主に降りそうになった破片は俺がキャッチ、懐にしまう。


「お、良いじゃんこれ、5000年代のギア!掘り出しもんだぜ」

「お、お目が高い……でも早く済ませてほしい私…」

「こッ…こいつ~ッ!何処までも舐め腐った真似をーッ!これならどうだァーッ!」


ガシャコン!後ろのチンピラがバズーカを構え、店ごと吹き飛ばそうとする!


「死ねーッ!”鋼”の男!死ねェーッ!!!」

ドゴォン!!!バズーカが発射、着弾、爆発!!!


「ヒャァ―ハハハ!!!店主ごと死んじまったかなァ~ッ!!!」

もくもくと上がる煙。

そしてそれが晴れる。


「ん、じゃあこれでオッケー、いくら?」

「は、はい…1980円でござい…」

「なッ…なにィーッ!?馬鹿なーッ!!!」


その中で俺は滞りなく買い物を済ませる。

バシャン。店主と店を守るために展開した電磁装甲ビットを収納。


ジャリッ。そして邪魔なチンピラに向きなおる。


「ヒッ…」

怯え竦むチンピラどもを尻目に俺は歩きだす。


一歩歩く。チンピラどもが一歩下がる。

二歩歩く。チンピラどもがさらに下がる。

三歩歩く頃には、立派な道が出来上がっていた。


「おら、行くぞ」

「……は、はい……」


そしてその間、このアホはずっと見ていただけだった。



「……マスター」


――帰り道。森の半ば。

聞きたそうなことがある顔をしてずっと黙りこくっていたこいつが、意を決して喋り始める。


「マスターじゃねェが、なんだ」

「…………何故、やり返さなかったのです」

怒ったような、泣き出しそうな、そんな顔をしていた。


「なんだ、そんなことかよ」

「”そんなこと”ではありませんッ…!貴方のスペックならいともたやすくあんな輩を粉砕して全滅させることだってできるはずです…!」

「あー、わかったわかった、そんな面すんな…少し落ち着け」


はあ、全く持って面倒くさい。

女性の扱いなんて、全然馴れてねえぜ?俺。

機械弄りと修理ばっかりだぜ。


「あんなものが”自由”だとでも言うのですかッ!武力、暴力で上回りながらそれを行使できないなどと、そんなものがッ…!」

「んー、あー、そこだ、そこ。勘違いはそこ」

「どの口がそんなことをッ…!」


ビシッ、口に向けて指差し。


「いいか、俺は行使”できない”んじゃない、”しない”んだ。」

「…使わないのなら、同じじゃないですか…!」

「違うね、天と地ほどの差がある」

じっとこのドアホの眼を見る。


「いいか、”できない”は”使えない”。これは確かに自由ではないかもしれん」

「だが」

「”しない”のは”使わない”事を選んだんだ、これは俺にとっては自由である」


「…わかりません、わかりませんよ」

――まるで納得してない立派な”への字”の口をしてやがるなコイツ。


「だって、こんなに立派なマスターが辱められる理由がどこにあるんですか」

バァン!拳を叩きつけられた木がへし折れる。


「あんな雑魚どもにいいようにされる理由がどこにあるんですか!」

ドガァン!踏み鳴らした足の周りにクレーターが出来上がる。


「ぶっ飛ばして、ぶっ飛ばしてしまえばよかったじゃないですか…!」

ドカン、ドカンドカンドカン!クレーターの量が増えていく。


「わたっ、私は納得できませんよ…!」

目元から涙がこぼれ堕ちる。


「……んー、はあ…」

がりがり。頭を掻く。

全く、俺一人なら”こんなの放っておけ”で片が付くんだがな…


「…ま、俺は俺が決めた流儀ルールに従ってこうしてるだけだ。俺がダッセェと思う事はやらん。死んでもやらん。」

「で、まあ俺がやらないのは俺の自由、だが…」


「お前は、別段そう言うルールの縛りとかもないし」

、自分で決めて、自分でやるなら、それもまた自由ってことだ」


「――――」

そう言われ、このアホは暫くフリーズして、俺がカタパルトを組み終わるまで考えていた。


「――マスター」

「だからマスターじゃ…なんだ」


「――私は、もっと貴方の言う自由…その、”なにか”を知りたい…知らなければならないと…そう、思うのです」

「――それは、何故だ?答えてみろ」

「…それ、は、それは――」


このアホは何度かつっかえ、そして。


「――それは」

「――私が…、それを知りたいと思ったからです」


「…ふむ、一つだけ条件」

「何ですか、マスター」

「それだ」


マスターじゃなくて、師匠マスターと呼べ。それだけだ」


――全く、教えるなんてガラじゃねえんだがなァ…


「――はい、わかりました、師匠マスター!」

「良し、じゃあ帰ったらお前の修繕からだな」


しっかし、変なことになりやがったなァ…

それに、”盗み”の奴…


「――ま、いっか。」

「?師匠マスター?」

「ナノマシンを液状にして流し込み、毛細管現象で全身に行きわたらせる…いつだったか”毒”の奴にやられたプラズマ毒と同じ原理だな…んあ?ああ、ちょっと考え事をな」


まあ、とにかく今はこいつをどうにか…おっと。


「そうだ、オマエ名前はあんのか」

「名前…………………」

「……無さそうだな?しょうがねェ…とりあえず”鋼”でいいだろ…」

「”鋼”…」

「材質が違いますが、とか言うんじゃねェぞ、俺の通り名だよ」

「つまり、鋼の師弟、と言うわけですね…」

「そう言うこった」


――その言葉を最後に、鋼の師弟は空に射出されていった。

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