”銀”の師弟の場合
「――と言うのが今の状況なわけだが、何か質問はあるかい」
「………いや………この世界そんなに薄氷の上に成り立ってたんですか……???」
正座しながら話を聞いていた俺はドン引きしていた。
確かによくあそこのテンガン山が吹っ飛んだだの、ヒネモスの森にあった木が全て切れただの、一夜にしてツーケバ池が干上がったと言う話は聞いていたけど、まさかそんなやばい人たちの余波だったとは。
てっきり局所に生息するモンスター…所謂ドラゴンだのナーガ、或いは遺跡から出てくる機械兵とかの仕業だと思っていた。
「まあ、僕らに言わせればこの世界が弱すぎるのが悪いんだけど」
――そして、そのうちの一人が今目の前にいて笑っている。
銀の長髪。紅い瞳。
服装は真っ赤な詰襟、一体型の服。
太ももにスリットが入りすらりとした生足が眩しい。
(チャイナドレスとか言うらしいが俺は詳しくない。エロイ)
大き目のポニーテール(俺が毎朝纏めている、面倒だそうだ)。
背が高く胸が大きく尻もでかい。
はっきり言って凄まじく美人である。
――だが、それを補って余りある特徴として、両腕が無い。
半ばから途切れ、肘すらも無く、中途半端に肩から生えているのみ。
しかしそれがこの女体の完成度を高めているとさえ思えるほどの色気。
「んん~?どうかしたかい、僕に見惚れたかい?」
そして全てを見通したような悪戯な笑み。
それに見合う傍若無人な性格と強さ。
――それが、ほんの少し前まではただの村人だった俺が師事する羽目になった、”銀”の師匠と言う人であった。
◆
「グベアーッ!!!」
背後の木と自分の骨とがべきべきへし折れる音を聞きながらぶっ飛ぶ。
「はい、骨が折れたらすぐ直す。調息して気を巡らせる」
「滅茶苦茶言わないでほしいですがァァァ…」
血反吐を吐きながら息を深く吸い、気を巡らせる。
肋骨が三本、背骨にヒビが入ってることを確認。
一週間ほど前までは全部ブチ折れてたからそれに比べればはるかに頑丈になってる。
「ぜーっ、ぜーっ、な、治りまし…」
「その程度の傷に三十秒はかかりすぎ!やり直し!」
「ゴッ、ぶべぇぇぇぇ!!!」
治したと思ったら見えもしない速さの蹴り…多分蹴り…を食らってまたぶっ飛び同じだけの骨がへし折れる。
こんな具合が俺の修行…修行だよなこれ…いじめとかじゃないよね…?の日常風景である。
必至こいて呼吸し闘気を回す。肋骨の癒着もそこそこに跳ね起きる。
「はーっ!はーっ!治り!ました!」
「二十五秒…うーん、まあ良し。明日はもっと早くね」
無い腕で腕組みをしながら師匠は恐ろしいことを言う。
これでも滅茶苦茶頑張って治したんですけど俺。
「じゃあウォーミングアップは終わり、今日は体術を重点的にやるよー」
――師匠の教え方は単純明快。
ズバリ、「体で覚えろ」方式である。
「死にかければ覚えるでしょ」とも思っている節が見え隠れする。
――あまり教えるのが得意じゃないんじゃないか疑惑が俺の中であるが、それを指摘しようものなら、「ふーん、へー、ほー。しごき方が足りないって言うならもっとやってあげるけどどう?」とニッコリ笑顔で詰められる(ついでに指も詰められる)のが分かっているので言わない。
「てなわけで出かけるよ、我が弟子」
ばさりと何処からか出したマントを纏い師匠はそんなことを言う。
「へ?出かけるって…今日は体術じゃないんですか?」
俺の脳裏に前回体術の修行がよみがえる。
――手本と称して俺の身体に技をぶち込み、「はいじゃあやってみて」と言われ見よう見まねでやらされ。
――あまりにへぼだともう一発食らわされ「失敗するごとに力を増して食らわせていくよ~」と言い。
――威圧的に素振りを繰り返して「岩ぐらいは砕けるようになってね」と言われたのだった。
と言うか今更だが。
あれ拳の打ち方だったはずなんだけど、どうやってあの腕で撃ってきてたんだ?
まあ師匠のやることにいちいち驚いていたらきりがない。
「うん、今日は実践だよ、実践。大体一か月ぐらい立ったからね」
「はあ」
「ついでに人助けとかもしちゃって見たりなんか?うひひひひ」
…絶対この師匠のことだからろくでもないことをやれと言ってくるに違いない…
◆
「ひーっ!”銀”が来たぞーッ!」
「何だってェーッ!ヒネモスの森を足の一振りで伐採したって言うあの…!?」
「狼藉物を空の彼方に蹴り飛ばしたって話も聞いたことあるわァーッ!!」
「逃げろォーッ!殺されても知らんぞーッ!子供たちを隠せェーッ!」
直立した師匠を肩に乗せながら走り(修行の一環だと言われた)。
目的地である”ベアーン村”についたらこの始末である。
「……師匠、めっちゃ怖がられてますが。って言うか森ハゲさせたのアンタかよ!」
「まあ、僕らは色々やってるもんねえ。知らなかったのは君ぐらいのもんさ」
「うぐッ…そ、その話はいいじゃないですか!それで!何やるんですか今日!」
それを聞くとマントをはためかせ俺の方から降り、師匠は。
「うん、今からこの辺にいるベアーン、全部我が弟子に倒してもらうから」
笑顔でそのようなことを言った。
◆
”ベアーン”とは、このベアーン村の名前になるぐらいに有名なモンスターである。
二足歩行、全身が毛でおおわれ、手足に鋭い爪がつき、怪力。
大きさによって呼称が変わり、順にスモール、ノーマル、ゴッドと上がっていく。
だが、スモールでも弱い、というわけではなく十分に人を殺せる。
付近の村々に出没したという話を聞くだけで不安で夜も眠れなくなる…そう言ったモンスターである。
「…で。それを全部って言いましたか今」
「うん、全部」
「…このベアーンの森、普通に通るだけでも2,3日はかかるんですが」
「大丈夫、我が弟子なら一時間もあれば端から端行ける」
「視界が悪くて探すのも大変なんですが」
「平気平気、目隠しして飛んでくる矢を避けさせる特訓したでしょ」
「あまつさえ大量のベアーンを倒せって…」
「…いや、出来ないわけないじゃん…何言ってんの我が弟子」
何故この師匠は「そんな当たり前のことを言わなきゃならないのだ」と言う面をして俺を見ているのだ!
「いや、そんなこと言われても、俺一か月前までは普通に逃げる村人側だったんですよ!?いきなり連れてこられて何を…」
「……ええい、いいからつべこべ言わず行ってこいッ!!!」
――俺の反論をよそに、足元から風が巻き上がり俺を吹き飛ばしていく。
師匠は闘気と体術が本領らしいが、それとは別に魔法にも造詣が深い。
――つまりこうして突風を出し、俺をぶっ飛ばすことなど造作もないというわけだ!
「――うぎゃああああああああ――っ!!!」
「あ、何匹かは持って帰ってきてね~夕飯にするから~」
――空に浮かぶ雲を突き抜ける前に聞いたのはそんな能天気な声だった。
◆
「ああああああああーッ!!!」
地面が見える。
認識した瞬間手を伸ばし体制を整える。頭から行ったら死ぬ。
手から地面に触れ、そのまま左肩で前転。
一回転、中空へ飛びそのまま二、三回転して勢いを段階的に殺す。
勢いが落ちたら一気に踏み込み。
ずぅんと鈍い音が鳴り地面に左足がめり込む。
「…………し……死ぬかと思った……」
俺こんなこと出来たんだ……
めっちゃ必死にやったらなんか出来……
「GAOOO!」
「あ」
息を整える暇も無く、目の前にいたベアーンが襲い掛かってくる。
「ッそだろ…!」
咄嗟に横に飛びどうにか振り下ろされる爪から逃れる。
バキンッ。べきべきべき…
「GURURURURU…」ドズゥン。爪が叩き込まれた木が折れる。
「…いやいやいやいや…」
木を折るとか反則的膂力………
……………………でもないな?
師匠は見えない速さで蹴ってくるから回避できないし。
師匠はフッ飛ばした俺の身体だけで軽く二桁の木を折るし。
師匠は一発の後、追撃してこないなんて生ぬるい攻撃もしてこない。
「…………あれ?楽勝じゃないこれ?」
よーし、そうとなれば。
「すぅ……ハッ!」
ドンッ!息を整え、身体に闘気を回す。
生命力を賦活し肉体全てを強化する。
師匠曰く「色々技、あるけど結局これが一番便利なんだよねえ」と言うぐらいの基本技。
名前聞いたら「えっ、つけてない」って言われたときには驚いたけど。
付けさせたら「息、吸って吐く」とか言い出したときはもっと驚いたけど!
「――”調息”!」
自らの身体を強化、そして思い切り殴る!
「食らえ修行で溜まった日々の恨み右ストレートォ!」
ドゴンッッッ!!!
「GAAAA!!!」バキバキバキバキバキバキッ!!!
目の前にいたベアーンはものの見事にぶっ飛び、6本の木をぶち抜き息絶えた。
「……えっ、マジで?」
まさか死ぬとは思ってなかった。振りぬいた体制のまま考える。
この程度、師匠ならお茶の子さいさいで避けてその後足払いから動きを封じてくる。
「………えー?マジでー…?」
つまり。
もしかして思ったより俺強い…?
「……いやいやまさかそんなHAHAHA」
とりあえず落ち着いて目をつぶる。
周りの気を探り、次の得物を探すためだ。
流石に今のは多分一番弱い奴だろう、そうだろう、そうに違いない。
目をつぶれはちらほら小さな気と、それなりの大きさ、そして巨大なやつと…
「………あれ、全員俺より小さくない…?」
流石に森全域のカバーは出来ないが、少なくとも見える範囲に俺が負けるような奴はいない………よね?
「……ええ……」
◆
「ど――――――いうことですか師匠ゥーッ!!!」
どっさり。
俺はそんな言葉が似合うぐらい大量のベアーンを抱えて村へと帰ってきた。
「やあ、我が弟子おかえり」
師匠は休憩所で店員と村人たちに遠巻きにされながら優雅に茶を飲んでいた。
魔法でカップを浮かせながらだ。
「いやビックリしましたよ!?流石にボスのゴッドベアーンならあれかな~と思ってたらなんか普通に倒せちゃったし!」
「そのくせ君はちょっと油断して」
師匠はブーツを履いた足で俺の胸を指し。
「爪を2発もらったわけだ、情けない」
「ぎくっ」
そうなのだ。
実際デカかったゴッド相手に二発の爪をもらってしまい、その傷も普通に10秒と言わず治した。
のだが服は見事に切り裂かれている。
「全く、あの程度の相手なら小指一本で倒せるぐらいになってもらわないと…帰ったら回避修行のやり直しだな」
「ちょっと待って!?師匠―ッ!!!もう生死の境をさまようのは嫌ァーッ!!!」
「じゃあ帰るぞ、後そのベアーンは多すぎるから村の人にでもあげちゃいなさい」
言うが早いが、外に出て師匠は俺の服に右足をひっかけ持ち上げる。
「えっ、それはいいですけど…えっ、この体勢何…」
ふおん。音すらほぼ聞こえずそのまま上に投げられる俺。
そしてその長く伸ばした右足を思いっきり振りかぶり待って待って待って。
「えっ、ま、待って待って待ってェーッ!!!」
「しっかり治しなさいよ、それではさらば」
――そしてその右足を俺に叩き込み。
「バギャアーッ!!!」俺の視界が高速で移り変わり。
「よっと」そして俺の上に師匠が着地した。
こうして、俺はこのまま岐路へ着いたのだった。
◆
「……で、何で今日はこんなことを……」
俺は師匠の家に”着弾”、速攻身体を治してからそんなことを聞いた。
「いやねえ、朝話しただろう?」
俺の入れたお茶を当然のように飲みながら話を続ける。
「まあ君はぶっちゃけまだまだのへっぽこへなちょこだけど」
「言い方ァ!」
「それでもまあ半分ぐらいは世界基準の強さから足をはみ出してるらしいからね」
僕にはよくわかんないけど、と付け加えながら。
「そんでまあちょっと修行がてら自覚してもらうかな~って」
「間の蹴りと着弾は」
「時間短縮?」
「つまりはほぼ趣味ってことじゃないですかねェ…」
「ごめんねごめんねー」
「軽ぅい…」
「ま、そんなわけで」
師匠は俺の後ろに回り、でっかい胸を俺の頭に乗せて待って。
「師匠!?胸!胸がでかいです!」
「あっはは、そんな当たり前のこと言わなくていいよ」
避けようとしても避けられない、って言うか凄い何か体が重い!
「グギャアーッ!骨ッ、骨がミシミシ言ってる感覚がするゥ!」
「まあつまり今どのへんかな~ってのをこう、ぼんやりとわからせたくってね」
良いこと言ってる感出してるけど。
「師匠ーッ!俺の、俺の身体がめり込んでるんですけど!地面にッ!」
「んん~誰の身体が重いのかな~?」
「ギャアーッ!」
これ絶対何かインチキしてるよ!やりたかったんだろうな!
「こんにゃろ―ッ!」
「おお」
呼吸でパワーを出して持ち上げようとする。
もにゅん。うっかり手が胸に。
「あっ」
「んんっ…すけべ」
「ち、違いますよ!事故です!」
やっべえ、やらかした!
「そんなこと言って~触りたくないのかな~?君も男の子でしょ~」
「ぐ…ぐぐぐぐ…」
そりゃあ触りたい。当然だろう。色んな意味で。
でも。
「さ、触るならこう、しっかり許可取ってやりますよ!」
「……君はさあ、こう、損する性格だよね?」
師匠は呆れていた。何故だ。
「まあ、じゃあしっかり頑張って”約束”、果たしてね?」
「ぐぎぎ…」
――そうなのだ。俺がこの人の弟子になった理由。
それは俺がど田舎に住んでいたことに起因する。
うちの村を訪れたこの人が、チンピラに絡まれてる所に飛び出してしまったのだ。
愚かにも。
俺が。
だだだっと。
――だって、余りにも綺麗だったから、つい。
その時に言ってしまった言葉。
『――俺が、守ってあげますから』
師匠は、それをしっかりと聞いて。
それで、俺をその場でかっさらい弟子にしたのだ。
『――だってさ、守られる、何て初めてだったから、つい』
とは本人の言である。
あんな顔されちゃったらもうだめだった。
だってまあ。
俺だって男の子なのだ。
「…………ま、まあ!それはともかく、列強師伯会…でしたっけ?」
「うん、それそれ」
「それに出てくるやつらって、つまり俺みたいなやつらばっかりなんですかね…?」
――師匠はにっこり笑って。
「多分、君の想像をはるかに超えるやつらばっかり出てくるよ」
そう宣った。
「………うわあ…聞きたいような、聞きたくないような…」
「おやあ?全員に勝つー、とか言ってくれるところじゃないのかいそこは」
「…まあ、そりゃ、勝ちますけどね!やりますけど!対策とかそう言うあれです!」
…と言うか、俺みたいに毎日毎日骨折られてるような奴らがいるって言われると普通に興味があるんだ。
「あ、別段骨折られてるわけじゃあないと思うよ?」
顔に出てたようだ。そんなに分かり易いだろうか俺は。
「そもそも通常の意味での骨が無いやつだってたぶん出てくるんじゃないかなあ」
「えっ、それって一体どういう…?」
普通にそれ以上の興味引かれる話をお出しされた。ビビる。
「んー、そうだねえ」
そうして、俺らはどっこいしょと座りながら。
「――じゃあ、まずは”鋼”の奴とかから話してみようか」
「お願いします」
――他の”師匠”の話を聞き始めた――
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