凛と凛空(鷺宮さん派の人はこっち)
「時間だ。答案用紙を前に送れ」
二宮先生がテストの終了を宣言する。
後ろの生徒から順に答案を重ねて前に送っていく。
「二宮、手ごたえはどうよ?」
隣の席の二宮に話しかける。
「解答という名の妹を、解答用紙一枚にこれでもかと刻み込んだ」
「なるほど。分からん」
せめてそれを言うなら、妹という名の解答だと思う。なるほど。分からん。
「自分史上最高の妹なのは間違いない」
「奇遇だな。俺もなんだよ」
「これは来週のテスト返却が楽しみだな」
「だな」
喉が渇いたので水でも飲みに行こうかと席を立ちあがると、鷺宮と偶然目が合った。
何か言いたげな様子のような気もする。
それに、どことなく表情が曇っているような気がする。
「どうした?」
棒立ちの俺に二宮が声をかける。
「いや……もしお前の目の前に何かを言いたげな妹がいたらどうする?」
「ふむ、そうだな……」
と、少し考えるしぐさを見せて、
「オレなら、何かを言わせる前にオレの口で妹の唇を塞いで止める」
「その前に俺の手でお前の息の根を止める」
妹バカに気を取られていると、気付けば鷺宮はどこかへ行ってしまっていた。
◇
翌週、遂にテスト返却の時がやって来た。
二宮先生からテスト問題の解説があった後、いよいよお待ちかねの時間がやってくる。
「事前に通達していた通り、このテストの点数を基準にクラスの振り分けを行う。上のクラスとの兼ね合いもあるので一概に言えないが、60点以上で上のクラスに上がると思ってくれればいい。では名前を呼ばれた者から取りに来るように。採点に疑問があれば遠慮なく言ってくれ」
名前順にテストが返されていく。
「60点以上か、楽勝だな。お前は?」
「もちろん余裕に決まってるだろう」
二宮から自信に満ちた返答が返ってくる。
とはいえ、俺たちの通う泉高校は県内有数の進学校。
テストのレベルも高く、最低限勉強しないと余裕で赤点もありうる。
60点はちゃんと勉強しないと取れない点数である。
(60点取れば俺の単位は安泰……!)
二宮愛海からのプライバシー度外視の詰問を拒否することができる。
クラスの女子のためにもここで上のクラスに上がらなければならない。
「次、二宮」
二宮が答案を姉から受け取る。
「──っ!?」
受け取るまでは余裕の笑みを浮かべていた二宮の顔が曇る。
「次、山市凛空」
緊張の面持ちで答案を受け取る。
点数は見ずに自分の席に戻る。
そして、周りに見えないようにこっそりと開く。
──山市凛空 74点
(よっしゃあぁ!! これで二宮先生から解放される!)
「その様子から察するにどうやら俺は負けたらしいな……」
横で俺の様子を見ていた二宮は自分の解答を差し出す。
──二宮陸 59点
「お前の妹への愛が俺の妹への愛を上回っていたようだ……悔しいが完敗だ」
「まあ妹関係ねえけどな。どこ間違えたんだよ?」
俺の答案と二宮の答案を見比べる。
「大体俺と同じだが……ん? これおかしくね?」
「何がだ?」
「お前の方が合ってる気が……これ採点間違えてね?」
「本当か!?」
慌てて二宮が答案をもって先生に確認をしに行く。
すると、
「……確かに。大問丸々一つ分抜けていた。すまない。訂正しておく」
どうやら先生の採点ミスだったようだ。
まあ先生も人間だから採点をミスることもあり得るか──
ジロッ!!
二宮先生が刺々しく俺を睨みつける。
その眼差しはまるでスナイパーのような、はたまた万華鏡を開眼した復讐者のような眼光が、俺の身体を貫く。あまりの恐ろしさに、感じるはずのない痛みを覚えるほど。もう月読にかかっているのかも。
というか……。
……まさか。
……わざと二宮の点数低くしてたんじゃ……!?
自分が担当する下のクラスに無理やり閉じ込めておくつもりだったのか……!?
怖すぎだろ……。
再び先生の方を見ると、先生は不敵な笑みを浮かべていた。
まるで──“後で痛い目に遭うのはお前だぞ?”とでも言いたげのように感じたのは、気のせいだと信じたい。
◇
「ほら見ろよ山市。俺たち上のクラスだぞ」
クラスが振り分けられた名簿が黒板に貼られている。
「みたいだな。えっと……下から上がったのは俺らだけっぽいな」
「ということは上のクラスから二人下に落ちたということか」
「誰が落ちたんだ? えーと……秋田と小浦だってよ」
「まじか……意外だな」
「「お前らのせいだぞ!?」」
振り返ると秋田と小浦が涙ぐんでいた。
「ずるいぞお前ら!!」
「そんな卑怯な手段を使って嬉しいのかよ!?」
「「……何のことだ?」」
──皆が集中して復習に勤しんでいる中、余計なことに頭を働かせ、クラスの女子に注意されるという思春期の男子にとっての致命傷がテスト中の二人の秀才のメンタルを狂わせていた。
「まあ別にいいさ」
「だな。下のクラスには鷺宮さんがいるからな!」
一瞬にして気力を取り戻す二人。
確かに下のクラスには鷺宮がいる。
あいつ、勉強できそうなのに不思議だよなあ……
◇
──自宅にて。
「兄さん、話があります」
「ど、どした?」
俺の自室代わりの和室でPCをいじっていると、鷺宮が現れた。
鷺宮がこの部屋を訪れるのは非常に珍しい。
しかし、なんだか、その声に若干の怒気が含まれているような気がする……思い当たる節なんてないけど。
それでも、この場を切り抜ける最適の方法はとりあえず謝罪に徹することだ。
もし仮に誤解があったとしても、後からその誤解を解けばいい。
たとえ自分の非がなくとも、とりあえずこの場を納めるのがスマートな対応ってやつに違いない。
「兄さんは今回の古文のテストについて、何か私に言うことはありませんか?」
「ああ、ごめんごめ……ん?」
何か言うこと……?
……。
……。
……。
「……あるわけなくね?」
「──兄さん?」
さぎみやりん は 凍てつく波動 を はなった!
相手の心を芯から凍り付かせるような、底冷えした声が俺の脳内に響き渡る。
……やばい。
どうやら出方を間違えたようだ。
やはり口答えせずに一辺倒に謝るべきだったか!
「もう、兄さんは……」
鷺宮は俺に呆れた様子を見せる。
「次から勉強する時は、ちゃんと私に言ってくださいね」
「ああ、ほんとにその通……り?」
「兄さんが勉強するなんて予想外です」
……これは怒っていいんじゃないだろうか?
だが、ここは口答えをしてはいけない。
「これに懲りたら、二度とこんな真似はしないでくださいね」
「ああ、おっしゃる通りで……え?」
Google意訳:
鷺宮凛 → 山市凛空
これに懲りたら、二度とこんな真似はしないでくださいね。
↓
てめえに勉強なんて似合わねえから、二度と勉強なんてすんじゃねえぞ?
目障りなんだよ。
「せっかく兄さんと同じクラスになるために調整──ってどうしました!? 兄さん!? お気を確かに!?」
それ以来──彼が勉強することはなかった。
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