テスト前に勉強してないアピールしてしまう心理というか真理。
──とある日の朝。
「よう、二宮」
「山市、俺は今日から古文を一生懸命勉強することにした」
挨拶もなく開口一番、二宮から驚きの宣言が飛び出した。
「お前が勉強なんて急にどうした!?」
「これを見ろ!!」
二宮が小さな本を広げて俺に見せる。
「これは……古文単語帳か?」
生徒なら誰もが持っているものだ。
「この単語の意味をよく見ろ!!」
二宮が指差すところを注視してみる。そこには、
単語No.95
妹
意味……恋人、妻
「何て素晴らしいんだ! そんな夢のような魔法の国が実在していたなんて!!」
「いやそれ日本だぞ……」
まあ本人がやる気を出しているので無理に止めることはない。
それに古文なら姉の二宮愛海の担当教科だ。きっと先生も喜ぶに違いない。
「フッ、山市。明日の古文のテスト、俺と勝負しろ! どちらがより妹への愛が深いかどうか懸けてな!」
「……まあいいけど」
「俺の妹への愛を見せつけてやる!」
妹への愛は全くないが、勝負を受けたのには理由がある。
明日の古文のテストは普通のテストではない。進度別授業のクラス入れ替えの基準となるテストだ。
古文は2つのクラスに分かれており、俺と二宮は現在下のクラス。
単純に上のクラスに上がりたいという気持ちはもちろんあるが、下のクラスから抜け出したい一番の理由は下のクラスの担任が二宮先生だからである。
(あの先生から距離を置かないと俺の単位が危うい……)
二宮陸の周囲の情報提供を断ったら単位が来ないという状況は、上のクラスに上がることで切り抜けることができる。
残念ながら彼はイケメンなのでおそらくクラスの女子人気は高い。俺の告げ口一つで誰かが不幸な目に遭うのはあまりにもかわいそうだ。
というわけで、実は明日に備えて先週からしっかりと勉強している。
正直こんなに勉強するのは初めてだ。明日が楽しみで仕方ない。
◇
男子高校生が常にクラスの女子の目を気にしているのは当然で、かっこよく思われたいのは年頃の男子にとって当然のことである。
ところで、高校生が織りなすカーストは大きく分けて3つある。
クラスの女子に一目置かれるにはこの3つのカースト上位に属する必要がある。
一つ目はもちろん容姿。
俗にイケメンと呼ばれる顔面偏差値の高い彼らの独壇場であり、彼らの前では何人たりとも無力である。
それだけ高校生にとって容姿とは重要である。
二つ目は部活。
たとえ容姿はそこまで優れていなくてもサッカー部やバスケ部に所属していたり、2割増しにかっこよく見えたり魅力的に見えてしまうものである。
スポーツができる男がモテるのは古来から受け継がれし系譜であり、これからも崩れることのない純然たる事実である。
それで最後のカーストは何かというと、学力である。
容姿は生まれ持ったところが大きく、部活にも向き不向きがあるが、こと学力というものは自分の努力でどうにかなるものである。
たとえ見た目が多少あれでも……。
たとえ運動はできなくても……。
そんな男たちに唯一残された平等公平公正な一縷の望みが学力というフィールドなのである。
学力カースト上位者にとってテストの日は自分たちの有能さを存分にアピールできる絶好の晴れ舞台である。
この日だけは容姿も部活も関係ない。
スポーツができるイケメンですら、勉強ができる生徒の前ではひれ伏すほかはない。
そんな彼らのテスト前の教室における必勝ムーブとは以下の通りである。
「お前勉強した? 俺全然してなくてやばいw」
「え? お前そんなに勉強したの!?」
「この問題出たら絶対解けないわー」
「俺? もう諦めたからテストまで寝てるわ」
など、多種多様なものがあるが、すべてに共通するのは、
(全力を出さずにできちゃう俺……かっこよくね!?)
という心理である。
10代の青春真っ只中の彼らにとって、自分の実力の底を見せるのはひどく恥ずかしいことのように思えてしまう。事実、そんなことは全くないのだが。
──そして今。
本日の1限の古文テストに備え、昨日の深夜まで猛勉強を行った一人の秀才──小浦は涼しい顔を整えて意気揚々と教室へ向かう。
もちろん頭には彼なりの理想のムーブを描いていたに違いない。
しかし、教室を開けるといつもとは少し違う光景が広がっていた。
「……え?」
本来ならテスト前であろうと、軽い雑談をしたり、携帯をいじったりする生徒がいるものだが、全員が静かに着席して復習をしていたのである。
思わぬ誤算に戸惑いを隠せない小浦。
なぜならば、皆が少し浮足立ってしまうテスト前の僅かな時間で観客(女子)に余裕を見せるのがかっこいいのであって、皆が真面目に勉強している雰囲気の中で
「俺勉強してねえわw」
と、ほざいたところでただの空気が読めない奴となってしまうからである。
(このままではいつものムーブを決められない……)
焦る小浦は、そもそもこんな雰囲気となってしまった原因を探るため、一足早くクラスに到着していた友人──秋田に小声で状況説明を求めた。彼とはいつもお決まりのムーブを決める同志である。
「何でこんな雰囲気になってるんだ!?」
「詳しくは分からねえ。でもこの不都合な雰囲気を作り出しているのはあいつらだと思う」
秋田は視線で、とある方向を示す。
その先には二宮と山市が勉強していた。
「普段ならテスト前でもあいつらいつも二人でふざけてるだろ? なのに今日に限って早く登校してわき目も振らずに勉強してやがる」
「それにつられて、他の皆もまじめに勉強してるってことか!」
「くそっ! いつもは俺たちを引き立てるいいカモだってのに」
「逆に考えれば、あいつらがいつも通りならこの嫌な流れを断ち切れるんじゃないか?」
「その可能性は高いな」
相談の結果、秀才二人は二宮と山市に接触を試みた。
「おい二宮、お前どうしたんだよ?」
「そうだぞ? いつもと様子が──」
「喋りかけるな!! こっちは集中してんだよ!!」
二宮は二人に視線をよこさず、古文の教科書から目を離さない。
「お、おい……」
「何でそんな必死に──」
「俺の妹への愛を愚弄するのか!?」
ドン! と二宮が机を叩く。
「わ、わりい……」
「邪魔してごめんな……」
あまりの怒気に気圧されてしまった秀才二人。
「(これは無理だな……)」
「(だな。言っている意味が全く分からない)」
「(ターゲットを変更するぞ!)」
「(了解!)」
二宮の隣の席に座っている山市に声をかける。
「おい、やま──」
「黙れ!! こっちは学校生活が懸かってんだよ!!」
「「……」」
ぴしゃりと門前払いをくらう二人。
しかしここで下がるわけにはいかない。
彼らにも貫き通さなければいけない意地があった。
「お、おい。まあ聞けよ、山市」
「そうだ、突然どうしたんだよ?」
「……」
あまりに集中しているのか、山市から反応が返ってこない。
するとここで、予想外の方向から反応が返ってくる。
「やめなよ。二宮君も山市君も集中してるみたいだしさ」
声をかけたのは、クラスの中心的な女子。
想定外の事態だった。
「そ、そうだな。お、俺らも勉強しようぜ」
「あ、ああ。そうだよな」
男子ならともかく、突然の女子登場に二人は完全に委縮してしまった。
女子から注意を受けたというだけで致命傷だったのだろう。秀才二人は慌てて自分たちの席に戻る。
これではもう必勝ムーブをやっている場合ではない。
「(な、なあ、なんかおかしくないか!?)」
「(だよな!? やっぱおかしいよな!?)」
教室にいる皆が古文のテストに備える中、二人は思考をフル回転させ、原因究明にあたる。
「(二宮はイケメンだし、女子人気が高いよな……)」
「(それでクラスの女子の反感を買ったってことか? ありえなくもないが、それだけで注意されるか?)」
「(確かに。山市に至ってはイケメンでもないしな。俺ら以下のカーストに属するあいつより、俺らの方が女子人気はあるのは間違いない)」
「(自明だな)」
「(しかしそれなら謎は深まるばかりだぞ……)」
ここで、小浦が閃く。
「(これはまさか……ギャップ理論というやつか!?)」
「(聞いたことがある……普段不真面目な奴がちょっと真面目になっただけで急に周りの評価が上がる、というイカレた理論だろ!?)」
「(確かにあいつら普段からよくふざけている……発動条件は完璧だ!)」
「(奴ら、今日に備えてやがったのか!?)」
「(見ろよ……みんなのアイドル鷺宮さんですら……)」
ちょうど今、教室に入ってきた黒髪清楚でおなじみの鷺宮は、真面目に勉強している二宮と山市を見つめて立ち尽くしている。
まるで、何か言いたげのようだ。
「(あの鷺宮さんですら一目置くほどの効力があるのかよ!?)」
「(クラスの女子もどことなく奴らのこと見てるぞ……)」
「(そんな……俺たちの晴れ舞台が……)」
「(嘘だろ……)」
「(……ていうか急に真面目ぶって高評価って何だよ!?)」
「(……だよな!? 普段から真面目な奴はどうすればいいんだよ!?)」
「(……)」
「(……)」
「(…………)」
「(…………)」
「「いいなあ……」」
世の中とは不条理なものである。
────────次回に続く。
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