泉ちゃんじゃんけん。

「遅かったか……」


 俺たちが部室前に戻った時にはもうすでに手遅れといった状態だった。


『おい、それどこから持って来たんだよ!?』

『ずるいぞ!?』

『そうだそうだ!』


 部室前に人だかりができている。

 人ごみをかき分けて進むと、てんやわんやで右往左往している更科の姿があった。


「あ、山市君、二宮君!」

「今おにーちゃんが到着したぞ!」

「結構人が集まってんな……」


 ざっと15人くらいだろうか。


「でも、やっぱりみんなに黙っているのはちょっと申し訳なかったし……」


 ああ……。やっぱり更科は善人過ぎるんだよな。

 まあこれが彼女のキャラクターであり魅力でもある。


 


(二宮、状況はさっき説明した通りだ。準備はいいか?)

(ああ! 妹の前で頼れる兄を見せつけてやるぜ!)


「えーみなさん!」


 二宮が部室から持って来た椅子の上に乗って注目を集める。

 そして集まった群衆を見下ろす。


「皆さんの興味の対象はこのこたつでしょう」


『そうだ!』

『どこから持って来たんだよ?』

『うちらも欲しい!』


 当然の反応が返ってくる。

 やはり冬の部室の寒さは誰しもが困っているようだ。


 しかし、これが正当な理由で獲得したモノであることははっきりさせておかなければならない。


「みなさんがそう言うのも分かります。しかし、このこたつは我がカードゲーム部の部長、更科が、日々の先生方への惜しみない奉仕活動の報酬として受け取ったものなんです!」

「ど、どうも……」


 更科が照れくさそうに頭を下げる。

 どうやら人前は緊張するタイプのようだ。


『そ、そうなのか……』

『それなら仕方ないか』

『いいなー』


「みなさんの気持ちももっともです。そこで! 今からこのこたつを賭けたゲームを開催します! 勝利者にはこのこたつを差し上げます!」


『おおっ!?』


 皆のテンションが高まって途端に騒がしくなる。


「落ち着いてください。騒ぎで人が集まってくると、こたつをゲットできる確率が下がりますよ?」


『……(しーん)』


 さすが泉の生徒だ。理解が早くて助かる。


「じゃあ、二宮。お前からゲーム説明を頼む」

「いいだろう」


 二宮がもう一つの椅子の上に立つ。


「本来ならば、ここは我が部活動の十八番、カードゲームで勝負をつけたいところだが、時間がかかるからな。ここは一発勝負でいこう」


『な、なんだ?』


 たっぷりと間を持たせて注意を引く二宮。なかなか上手い。


「──じゃんけんで勝負だっ!」


 拳を見せつけて高らかに宣言する。


『じゃんけん!?』

『まじか……』

『チャンスがあるな……』


 集まった生徒たちがざわめく。

 すると、一人の眼鏡をかけた男が手を上げた。


「デジタルゲーム部部長、一条いちじょうだ。ひとつ、質問いいだろうか?」


 ちっ、このまま押し切りたかったところだが……。


「なんでしょう?」

「話を聞く限り、ただの運要素100%のゲーム。それだとそちらにメリットがないように思えるが?」


『た、確かに……』

『話が良すぎるよね』


 やはり、一筋縄ではいかない。


「もちろんです。話を最後まで聞いてください。おい、二宮。続きを」

「これから行うのはただのじゃんけんじゃない。俺たちは誇りある泉の生徒、頭を使ってナンボだろう!」


 お前も俺も校内順位は底辺だけどな……。


「これから行うのはカードゲーム部内特別じゃんけん、通称、泉ちゃんじゃんけんだ!」

「勝手に命名すんなよ! ……失礼。それではデモンストレーションといきましょう」


 二宮は息を吸い込むと、


「最初はグー!」


 と叫んだ。反射的に集まった人が拳をかざす。


「じゃーんけーん、ポン!」


 皆が適当にそれぞれの手を出している。


「……これは普通のじゃんけんだと思うが」


 一条先輩が眼鏡をくいっとしながら問う。


「そうです。じゃんけん自体はごく一般的なものです。我々カードゲーム部を含め、ここにいるみんなで一人の勝利者を決めるまで続ける普通のじゃんけんです。後出しなどの通常のじゃんけんで禁止されるような行為は当然失格です」


そして二宮が俺の言葉を継ぐ。


「しかし──じゃんけんを始める前にたったひとつ、簡単な条件を出す」


『ただのじゃんけんじゃないのか……?』

『条件?』


「ほう、具体例の提示を要求する」

「そうですね、例えばグーはパーに勝てなくなるとか、グーを出したら負けにするとかそういった類です。条件の提示によって、ただのじゃんけんにはない思考力が問われます」

「なるほど……自らの知力をもって挑む頭脳戦を交えた泉ちゃんじゃんけん、まさに泉の生徒にふさわしい」


『泉ちゃんじゃんけん……奥が深いな』

『面白そう!』

『やってやるぜ!』


 どうやら二宮のネーミングセンスが光ったようだ。


「最後に大事なことを一つ。当然ですが、先ほど提示したような具体例の条件を容認できない方は参加権がありません。構いませんか?」


『もちろんだ!』

『俺の右手に全てを懸けるっ!』

『私でも勝てるかも……』


「まあもちろん、無茶な条件を提示するつもりはありませんのでご安心を」


 ここでも、一条先輩が手を上げる。


「最後に確認させてくれ。このじゃんけん、お前たちカードゲーム部が負ける可能性はあるのか?」


 この人、鋭いな。痛いところをついてきやがる。


「ふっ、いい質問ですね。あなたの頭の回転の速さを讃えて一つヒントを。おい、二宮」

「ふむ、そうだな……このじゃんけん──」


 二宮お得意のたっぷりと間を取るスタイル。


「一回のじゃんけんで全てが決まるだろう!」


「──っ!?」


『どういうことだ?』

『あいこにならないってこと?』


 生徒たちがざわつく。


「ああ、言い忘れましたが、このゲームは各部何人でも参加OKです。それでは5分後にここで始めます。よーいスタート」


『……』


 一瞬の静まりの後、


『部室行って部員全員呼んでくるぞおぉお!!』

『急げ!!』

『今日来てない奴にも早く連絡とれ!』


 一目散に生徒たちが各々の部室に散っていく。


「ね、ねえ、大丈夫なの……? 私じゃんけん弱いからみんなに勝てる気しないよ……?」


 更科が不安そうに聞く。

 どう考えても正攻法で挑むわけないのだが、真面目に勝とうとする更科が微笑ましく見える。


「案ずるな妹よ。これは以前山市が思いついたインチキゲームだ。こいつの性格の悪さが前面に出たイカサマだから心配しなくていい」

「うるせえ。まあ確かに心配する必要はないけどな。だってもうを飲んだ時点で勝利は確定してるしな」

「あの条件……?」


 心が清い更科には分からないだろうなあ……。



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