鷺宮凛の謀略。
凛空とさらが去った後、凛は一人呟く。
「に、兄さんはどうして……どうして私が弓道部に入ったかを分かっていないみたいですね……」
しんと静まった教室棟で彼女の声が響く。周囲には誰もいない。
「そ、それに、私の知らないところで女生徒と密会……しかも、それを黙っておけって……」
彼女には凛空が意図したものとは別の意味に捉えてしまったようだ。
「兄さんの周りから女性を遠ざけていた努力が無駄に……せっかくクラスの打ち上げも参加させないようにしたり、それとなく彼女がいるって噂を女子に広めたりしてたのに……」
凛は入学以来、あの手この手で凛空の周りに女性が近づかないようにしていた。
そうしなくてもおそらく凛空に彼女はいなかっただろうが、凛は念には念を入れて細心の注意を払っていた。
それはひとえに凛空の一番近くにいるためだった。
たとえ今の自分が彼と深い仲になれなくても、せめて一番近い存在になる。
そしてゆっくり、ゆっくりと時間をかけて距離を縮めてゆく。
それが凛の計画だった。学校で話しかけるようになったのもその計画の一端だった。
しかし現在、その計画に不穏な影が差し込んでいる。
突然ノーマークの方向から、更科さらという女子が彼の近くに接近している。
さらが凛空をどういう対象として見ているのかは分からないが、もしかすると、もしかするかもしれない。
「それに、あの胸は厄介……」
自分の慎ましい胸を押さえながら凛はうなった。
凛は凛空が巨乳好きなのは熟知しているので、否が応にも警戒してしまう。
……その名の通り凛とした彼女の気品漂う佇まいに大きな胸は不要。というのがこの学校の男子全員の総意であり、凛もそれはなんとなく理解している。しかし、そう簡単に割り切れるものではなかった。
「とりあえず情報を集めましょう……」
というのが彼女の出した結論だった。
◇
「ふう、何とかここまで来たか」
「後はここを突破するだけだね」
何とかノーミスでここまで運ぶことに成功した。
しかしここからは運ゲーに近い。
俺たちの目的地は部室棟の廊下の突き当たりにある旧職員室跡。その道中には各文化部の部室が並んでいる。
外に部室がある運動部はともかく、たいていの文化部は部室棟が活動場所だ。
部室から誰も出てこないことを祈ることしかできない。
まさしく運ゲーというわけだ。
「これ以上時間がかかると、下校時刻になってみんなが一斉に部室から出てくるからな。覚悟を決めていくしかないっ!」
「了解っ!」
──シュタッタッタッタ……
なるべく誰も出てこないことを願いながら俺たちは早足で運搬を開始する。
頼む! 誰も出てくるな……。
わいわいと盛り上がる声が聞こえる部室の前を早足で駆け抜けていく。
──シュタッタッタッタ……
(よし! 着いたぞ……!)
(運良く誰も出てこなかったね……!)
何とか誰にも見られることなく俺たちの部室前に到着した。
カードゲーム部スキルのテレパシーで任務達成を祝い合う。
ミッションコンプリート。
俺たちは安堵の表情を浮かべたが──
(ふえっ? あれ……部室に鍵がかかってる!)
(は? まじで!?)
(部室を出るとき、鍵かけてなかったはずなのに……)
いや待て待て。一旦落ち着け、俺。
ここで立ち往生はまずい。部室前にこたつが置いてあるとか絶対やばいだろ。
(えっと、今日最後に出たのは──)
確か更科が急に飛び出して行って、あとから俺と二宮が──あいつか!!
「ちょっと行ってくる! 待っててくれ!」
おそらく二宮が部室に鍵をかけていたのだろう。変に真面目な性格が裏目に出やがった……。
あいつどこほっつき歩いてんだよ! こんな大事な時に!
最後に会ったのは……職員玄関か。まさかとは思うが……。
◇
「お前いつまで固まってんだよ!?」
案の定、職員玄関で微動だにせず固まっていた。
「おい、お前! 部室の鍵持ってんだろ!? 貸してくれ!」
「あう……い、いずみ、いずみちゃん……」
会話にならねえ……。
どんだけ泉ちゃんの正体に驚いてんだよ!?
「くそっ!」
とりあえず、制服ズボンのポケットを探る。
しかし、財布やハンカチしか入っていない。
「おい、しっかりしろ! 鍵どこだよ!?」
ブレザーのポケットにも何も入っていない。
ブレザーの内ポケットも同様だ。
こいつどこにしまってるんだ?
「おい! 目を覚ませ!」
「……い、いずみ──」
「泉ちゃんがおにーちゃんを呼んでるぞ!!」
「──よしすぐ行こう」
「こいつ……」
結局、鍵は財布の中に閉まってあった。
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