彼の嫉妬は海よりも深く山よりも高かった。
「ほら、これが書類だ」
暖房が効きすぎたのか、やけに顔が赤い二宮先生から書類を受け取った俺たちは教室に戻る。
どうやら鷺宮は授業の分からなかったところの質問に来ていたようだな。
古文のワークや教科書があったことからそう判断するのが妥当だ。
部活設立申請書を見ると、部活動の活動と最低限3人の部員、活動場所、そして顧問となる先生の了承が必要となる旨が書かれている。なかなか厳しい条件だ。
「どうだ? お前、あてがあるのか?」
「……」
廊下を歩きながら話しかけるも返事が返ってこない。
(さっきからやけに無口なんだよなあ……。まあいいか)
教室への階段を上がっていると、二宮が急に立ち止まる。
「さっき。てめえさっき……」
今にも俺に襲い掛かりそうなどすの効いた声を発する。
「おいどうした? 様子がおかし──」
「さっきてめえ、“兄さん”って呼ばれてなかったか?」
「……」
やっぱり気付いてやがったか……。
「気のせいじゃねえか?」
「よくもそんな白々しいことが言えたもんだなあ? “兄さん”よお?」
だめだ。
完全にキレてらっしゃる……。
「まあ落ち着け。それに俺と鷺宮は別に本当の兄弟じゃなくて──」
「義理だと!? お前まさか……鷺宮はお前の義理の妹なのか!?」
「違う違う違う! そんな大声で言うな! ただ一緒に住んでるいとこだぞ!」
こんなの誰かに聞かれたらやばすぎるぞ!?
俺の命が危うい!
……ふう。どうやら誰にも聞かれていないようだ。
幸いにも階段の踊り場で口論に発展した俺たちの周囲に人影は見当たらない。
「一緒に……住んでるだと? 義理の妹にかいがいしくお世話されたい男がどれだけいると思ってるんだよ!?」
「俺の話聞いてたか!? いとこだっつってんだろ!
「くそ!! 何でオレにはお兄ちゃんと呼んでくれる幼馴染がいないんだよ……!」
「え、マジ泣き!? お、おい……」
ひっくひっくと、しゃくりあげている。
泣いている同級生を見るのは小学生以来の経験かもしれない。
「と、とりあえず泣くなよ。お兄ちゃんと呼ばれるために今から部活作るんだろ?」
「……ああ」
「俺たちが今やるべきことは言い争うことなんかじゃない。一刻も早く部活を作ることなんじゃないか?」
「……確かにそうかもしれない」
「元気出せよ! お前の未来には妹たちが待っている!」
「……おう、そうだな! オレはお兄ちゃんになる男だ!」
「その意気だ!」
いやそこは海賊王だろ! と言いたい気持ちをよく抑えた、さすが俺。
今はこいつの機嫌を早く直すことが大切だよな。
「じゃあ部活設立目指して頑張れよ!」
「おう!──だが待て。」
一刻も早く立ち去ろうとする俺の肩に腕を回す。
「おい……なんだよ?」
「お前、オレと一緒に部活動作るよな?」
「いや、だって、俺もうすでに弓道部に入ってるし……」
「あーそうかそうか。山市はそんなつれないこと言うのか……」
目の前の友人が悪人面で笑う。
「よく分かった」
と、意外にもあっさりと俺を解放する。
「な、なんだよ。やっと分かってくれたか?」
「ああ。早く教室に戻ろうぜ」
と、二宮が走って階段を駆け上がっていく。
「お前と鷺宮が一緒に住んでるってクラスの男子に早く教えてやらないとな!!」
「待て待て待て待て!! 分かった俺も協力するから!! ちょっと止まれや二宮ぁぁああああ!!」
◇
──放課後。
弓道部の顧問である山下は職員室で雑務をこなしていると、一人の弓道部員の男子生徒がやってきた。
彼は練習熱心であり、周囲からの人望も厚く、1年生ながら大会メンバーに選ばれている。
おそらく来年は彼を軸とした泉高校弓道部の黄金期になるのではないかとひそかに山下は考えていた。
「山下先生、あの、お話がありまして」
「おう、どうした? 山市じゃないか。秋季大会も素晴らしい成績だったぞ。顧問としても鼻が高い」
「そうですね……」
「最後の
「あの、これ……」
山市は1枚の紙を山下に手渡す。
「どうした……これは退部届!? 急にどうしたんだ!?」
「僕の命が懸かってます」
「はあ? い、意味が分からん……」
「先生が何も言わずにハンコさえ押してさえくれれば僕は助かります」
「ハ、ハンコを押さなかったら……?」
「死にます」
「し、死ぬだと!? 何があったんだ!? 自殺はだめだ!」
「正しくは殺されます」
「だ、誰に……?」
「クラスの男子、いや学年、もしくはこの学校の全男子から……もしかしたら先生、あなたもその一人かもしれません」
「何を言っている!? 支離滅裂だぞ!?」
「先生、あなたのハンコがこの学校に平穏をもたらすんです。あなたは救世主になれるんです。だから、だからどうか僕の退部届にそのハンコを!」
こうして、山市凛空の数少ない主人公要素が悪友の手によって潰された。
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