鷺宮凛の回想。
それは、年が明けた冬休みのことだった。私は今でも鮮明に覚えている。きっとこの先も忘れることはないと胸を張って言える。
お正月は母方の実家で過ごすのが鷺宮家では通例となっていた。
田舎のおばあちゃんの家に親戚一同が集まり、大人たちが宴会じみたことをするのがお決まりとなっていたけど、高校受験を控えていた私は勉強に集中するため家に一人残って過ごしていた。
志望校判定は常にAで担任の先生からも太鼓判を押されるほどしっかりと勉強をしていたけど、心配性のお父さんにどうしても、とお願いされたので仕方なく家に残っていた。
そのせいでせっかくのお正月にもかかわらず、私はちょっと拗ねていた。
それぐらい私はお正月の日を楽しみにしていたのだ。
といっても、お年玉を楽しみにしたわけでもなくて、お酒を飲んで上機嫌なお父さんたちを見るのが楽しみにしていたわけでもない。
ただ、どうしても会いたい人がいた。
その相手は私と同い年のいとこで、会えるのはお盆かお正月しかなかった。
いとこをそういう対象として見てしまっていることに後ろめたい気持ちがあった私は、その想いを誰にも打ち明けたことはなく、お父さんにもお母さんにも当然黙っていた。
親戚が集まると、大人たちが大部屋で楽しそうにお話している時に子どもたちはとにかく暇を持て余す。
初めは一緒のテーブルにつくけれど、時間が経つにつれて子どもの居場所はなくなっていく。どうして大人はお酒が入るとあんなに長い時間を過ごせるのだろうかと今でも不思議に思うけれど。
大人たちが盛り上がる中、取り残された子どもたちは隣の部屋でテレビを見たりゲームをしたりと色々と時間を潰すのだが、私はいつもその子と話すきっかけを何とか作ろうと必死だった。
引っ込み思案の私がそうなってしまうほど、すでに想いは募っていた。そんな気持ちはクラスの男子に抱いたことは一度もなかった。告白されたことは何度かあったけれど、すぐにあの子の顔が浮かんでしまって断ることしかできなかった。
せっかくの年に一度のお正月を楽しみにしていたのに……。
家に置いてけぼりになった私はちょっとだけお父さんのことを恨んでいた。
両親が帰ってきたのは翌日のお昼頃。その頃にはもう私はいじけてしまっていた。
◇
「ただいま、一人で寂しくなかったかい?」
「凜は全然平気。」
ぶっきらぼうに答える私にお父さんは、
「そっかそっか、じゃあ凜にお土産。はい、これ」
と、おみくじを渡す。
「凛が勉強を頑張っている間に初詣に行って、凛の分もおみくじを引いてきたんだよ。凛の分もお参りしてきたからこれで受験は心配ないはずさ」
お父さんがどうしておみくじ一つで私の機嫌を取れると思っているのかは疑問に感じだけれど、とりあえずおみくじを開くとそこには大吉の文字があり、受験を控えた私にとって肝心な学問の欄には、
──安心して励め
と書かれていた。
子どもとは実に単純──といっても1年前だけど、当時の私はすぐに機嫌を直した。
「おお! 良かったなあ! 大吉じゃないか!」
しかし、大げさに喜ぶお父さんを見て、乗せられていると勘づいた私はすぐに態度を改めた。
「でもやっぱり凛もおばあちゃんの家に行きたかった……」
「うーん、そうか……」
と、お父さんは困った顔をして、
「でもお父さんたちがお酒を飲んでいる時は退屈だろう? 凛は他の子とあんまり仲良く話しているようには見えなかったしさ」
「そ、それは……」
痛いところをつかれた。
お父さんの言う通りで、ほとんど会話は成立していない。
あの子に何とか話しかけようとするけれど、どうにもうまく話しかけることができないまま時間だけが過ぎていき、その内に話しかける機会を失って自己嫌悪に陥る。
それで結局誰とも喋らなくなる。それが何回も続いていた。
小学校に上がった頃くらいまでは、会うといつもお喋りして、間違いなくお互いの心は完璧に通じ合っていたはずなのにどうしてだろう。
いつの間にか少しずつ、少しずつ距離が離れていってしまった。あの頃は一緒に仲良く遊んでいたのに……。
いとこ同士の距離感とは本当に曖昧で、幼い頃はあれほど仲が良かったのに少し会わなくなっただけでわずかな距離が生まれ、そのずれが時間をかけて少しずつだけど着実に決定的に開いていく。互いに成長して姿形が変わっていく過程が見えないからなのか別人のように思えてしまうのかも。
頻繁に会えればきっとそうはならないはずなのに……。
去年のお盆は会えなかったからこれで丸々1年会っていないことになる。
ふと、おみくじに目を落とす。そこにある
──やがて来る
と一言添えられていた。
(待っていたらあの子が家に来ないかな……)
さすがにそれは現実味がないかも。
現実的にあの子に会える方法?
……高校が同じになるとか?
それだ! 同じ地域に住んでいるからその可能性は十分ある。きっとそうに違いない。
よし、それを励みに受験勉強を頑張ろう!
と、決意を新たにしていると、おもむろにお父さんとお母さんの会話からあの子の話題が出た。
「そういえば凛空君、大きくなってたわよね」
「ああ確かに。背が低い印象だったけどもう僕と同じくらいだったのはさすがに驚いたよね」
「そ、そんなに背が伸びてたの……?」
「そうよ、私も驚いたわ。男の子は急に背が伸びるってほんとなのね」
お父さんは大体175cmくらい。
去年のお正月の時のあの子の身長は164.8cmだったから10cmぐらい背が伸びたことになる。
次に会うのが楽しみだなあ……と思っていたその時だった。
衝撃の言葉を聞いてしまう。
「それでも山市家は4月から海外か、色々と大変だろうね」
「でも、夫婦そろって海外暮らしの経験があるって言ってたから心配ないんじゃない?」
え……?
突然のことに言葉が出なかった。
「スケジュールが不安定な仕事らしいから盆と正月に帰ってこれないってね」
じゃあ、もう……会えないの?
うそ、そんなのは、嫌……
絶対に嫌!!
「共働きの家庭は色々と大変よね」
「そうだよね、だから──」
会話の続きを聞きたくなくて、居ても立っても居られなくなった私は逃げるように自分の部屋に向かった。
その日は勉強をしても全く集中できず、悲しみに明け暮れながらベッドでずっと横になることしかできなかった。
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