第一印象が大事だと理解した今はきっと第387印象くらいなのでもう取り返せない。
俺──山市凛空と鷺宮凛は同じ家に住んでいる。しかし血がつながっていない義理の兄弟という二宮垂涎の関係ではなく、ただのいとこである。ちなみに実の妹はちゃんと存在しているのでご安心を。
多少の血のつながりがあるのなら、鷺宮凛の容姿を形成するDNAがあるはずなのでもう少し整った顔に生まれたかった、と思わなくはないこともないとも言い切れない。つまりめっちゃ思う。
同じ家に住んでいるのは今年の春からである。別に俺の親が死去して鷺宮家に引き取ってもらったとかそういう悲劇の主人公っぽい背景があるわけもなく、ただ単に自分たちの海外出張に際して、息子の生活を不安に思った俺の両親が鷺宮家に面倒をお願いしたというだけだ。
ちなみに妹はそのまま親と共に海外へ旅立っていった。俺とは違って幼少期からインターナショナルスクールに通っていたので海外でも余裕とのこと。優秀過ぎて言葉を失ったとは当時の本人談。
鷺宮凛とは幼い頃から親戚同志の集まりで何となく見たことある程度の間柄で、両親曰く、俺が幼いころは一緒に遊んだことがあるらしいが、さすがに昔すぎて全く覚えてない。
そのため、鷺宮家に厄介になるまで鷺宮凛とろくな会話もした記憶がなかったので、最初はどう接していいか分からずとても気まずかった。
しかしそれは鷺宮凛も同じだったと思う。急遽見知らぬ男と一緒に住めと言われたら誰だって戸惑うだろう。俺だってごめんだ。
初めてこの家に来た時、借りてきた猫並みに大人しくしている俺を見かねて、
「何てお呼びすればいいですか?」
と、優しい笑顔で尋ねてくれた。
今なら質問の意図ははっきり分かるんだけどなあ……。
当時の俺をぶん殴りたい。
確かにいとこ同士で苗字で呼ぶのはちょっとおかしい。しかし急に下の名前というのも助走が立ち幅跳びというもの。
つまり鷺宮にとってこの問いかけは、互いの相手の確認を取ってから下の名前を呼び合うというコミュニケーションのつもりだったと思う。
しかし、他人の家庭に土足に上がり込むほど顔の皮が厚くなかった当時の山市少年はえげつないくらい緊張していた。
「べ、べ別になんでも! お前でもてめえでもゴミでも下僕でもお兄ちゃんでもなんでも!」
口に手を当てて少し驚いた様子を見せた後、鷺宮はくすっと笑うと、
「じゃあ、お兄ちゃん、に決まりですね」
と、はにかんだ。
「いやちょっと待って! さすがにお兄ちゃんは……」
「そんな、お兄ちゃんがそう言えって言ったのに?」
と、なんやかんやあり、結局は兄さんで落ち着いた。
もちろん弁明しておくが、とっさにお兄ちゃんという言葉が出てきたのは妹がいたからであって、断じてあの妹バカに影響されたわけではない! 絶対! 俺は妹より姉の方が好きだ!(混乱)
まともな選択肢が一つしかない問題を相手に与えた時点でおそらく、俺はとんでもないヤバイ奴認定されたかもしれない。無理やり相手にお兄ちゃんと呼ばせる……二宮並みの妹バカだと思われていたら最悪だ。
最初の会話でやらかしたこともあり、今年の春に住み始めてもう12月だが、今でも多少の気まずさがある。
しかし、別段仲良くなる必要もないという自明のことに最近気づいた。
最低限生活できるほどにはコミュニケーションが取れているのでこのままで問題ない、そう思うようになってからはだいぶ楽になった。
ちなみに俺が携帯を持っていないのは買う機会は完全に失ってしまったからだ。両親がいる間に契約諸々済ませておけばよかったのだが、忙しそうだったので後回しにした結果、気付いた時にはもう両親は海外にいた。
当然あんなにも高い料金を学生が毎月払えるわけもない。ただ、その支払いを親戚とはいえ居候先の保護者に頼むのはなかなかハードルが高い。
それに、ノートPCを中学生の頃に買ってもらったので意外に困らない。家の中にWi-Fiが飛んでいるので基本何とかなる。
しかし大問題が一つある。
それはクラスの情報が全然俺に回ってこないことだ。
係や委員会の情報伝達とか、打ち上げの日程決めとか、誰が誕生日とか、時間割やテスト範囲の確認とか蚊帳の外。悲しすぎる……。
別にPCでLINEはできるのだが、4月に
「俺携帯持ってねえんだわ。よろしくな!」
と言ったインパクトが少々強かったようで、クラスのグループに誘われなかった……。
結果として同じ高校でLINEのやり取りをしているのは二宮だけ。
今さら、「グループ入れてくんね?」とか、恥ずかしくて言えないのが思春期男子。
12月の今となっては、多分みんな俺がグループにいないことを忘れている可能性すらある。
ねえ、誰か気付いて……一人いないよ……。
◇
「起きてください」
聞き覚えのある声がする。
俺は確か……。
「兄さん、起きてください」
「……ん?」
「もうすぐ
「……ああ」
空席が目立つバスの車内。
外から太陽の光が差し込んでいる。
バスの二人掛けの席で窓にもたれかかって寝ていた俺を、真後ろに座っていた鷺宮が起こしてくれたみたいだ。
「もう、しっかりしてくださいね」
(このバス停は終点だから別に起こしてくれなくていいんだけどな。どうせ車掌に起こされるし)
まどろみながら、停車したバスから降りると、外の冷気を肌に感じて一瞬で目が覚めた。
バス停から家まで10分少々歩かなければならない。
沈みかけの太陽の方へ、とぼとぼと歩いて帰る。
当然同じ場所に帰るので鷺宮も後ろに付いてくる。
しかし特に何かしゃべるわけではない。
ただ黙って付いてくるだけ。
(なーんか、違和感あるんだよなあ……)
鷺宮本人の外面的変化とかではない。もっと別の何か。
なんとなくいつもと違うというか落ち着かない。
信号に引っかかって足が止まる。
必然的に横に鷺宮が並んだ。
大きな瞳と端正な横顔。華奢な身体に合っていない少し大きめのコート、そしてそのコートの下のから僅かに見える学校指定のチェックのスカート。
その時、違和感の正体に気付いた。
「──どうして今日、学校で話しかけてきたんだ?」
「急にどうしたんですか?」
「いや……俺らって家の中以外で話したことってない、よな?」
違和感の正体は制服姿の鷺宮だった。
記憶の限り、学校では一度も会話したことがない。
今日の昼休み──あれが初めての会話だったと思う。
「……ふふっ、やっと気づきましたね?」
いたずらっぽく蠱惑的に鷺宮は笑う。
鷺宮はどうか分からないが、少なくとも俺は周囲にはいとこ同士であるということは言ってない。兄弟ならまだしもいとこ程度ならわざわざ隠すことでもないが言うほどのことではないこの微妙な立ち位置。絶妙と言っても差し支えないな。
それに、一緒に住んでいることがばれたら全男子生徒から殺されかねないので、学校やバス停でも関わらないようにしている。
できることなら鷺宮も周囲に漏らしていないと願いたいところ。
「どうしてなんだ?」
「気になりますか?」
ふいに鷺宮がこちらの顔を覗き込んできたので、とっさに目をそらしてしまう。
……何故か負けた気分だ。適当に話題を変えるか。
「やっぱいいわ。……そういえば俺のマフラーどこにあった?」
「──っ!?」
鷺宮の肩が跳ねる。
「昨日確かに俺の部屋に置いたはずなんだけど今日の朝なかったんだよなあ……」
「き、昨日お母さんが洗濯してたんですよ……」
「あーなるほどそういうことか。うーん……柔軟剤変えたか? 香りがいつもと──」
「ごめんなさい! 先に帰ります!」
と、俺が身につけていたマフラーをひったくって走り去っていく。
「え? 寒いんだけど……」
夕日に照らされたせいか、ちらっと見えた頬は真っ赤に染まっていた。
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