やはり先生との青春ラブコメは間違っている。
突然だが、はっきりと断言しておかなければいけないことがある。
先ほどの、ハートフルで心温まるやり取りを生徒の誰かが見ていたら関係を怪しまれるのかもしれない。確かにあれはハートと背筋がフルで凍った結果、低温やけどで逆にぬくもりを感じるようなものだった(語彙力崩壊)
そんなものを期待する生徒がいるなら、申し訳ないがその期待に応えられそうにない。
先生は俺をある目的で利用している。そして俺はそれに逆らうことができない。
その関係で繋がっている。ただそれだけの関係なのだ。
もうじきそれが分かるはずだ。
と、先生と別れてコンビニでいくつか適当にスイーツを買った俺は、頭の中で訳の分からない自己弁護をしながら、職員室に向かった。
「先生、山市です」
「おう、やっと来たか」
と、いつものように職員室に隣接している生徒指導室に連行される。
その光景を見た他の先生方からのひそひそ話が耳に入ってくる。
「またあの子、二宮先生に呼び出されてるわ」
「二宮先生、怒ると怖いからな……」
「今どき鉄拳制裁を加える稀有な先生ですよね」
「後であいつの成績悪くしといてやる……」
聞こえてるんだよなあ。っていうかやっぱり二宮先生はそういう印象だよなあ。そして一人だけおかしいんだよなあ……。
これから化学のテストの採点は厳しくなることが確定したがとりあえず一旦忘れよう。
「入れ」
先生に促されて生徒指導室に入る。
生徒の質問対応等に使われる部屋だが先客は誰もいない。暖房をつけているはずもなく当然寒い。
パイプ椅子に座り長テーブルを挟んで向かい合う。
「それで呼び出されたのは……?」
「分かってるだろ? いつものあれだ……」
と、恥ずかしそうに周囲をきょろきょろ見渡す。といっても俺と先生以外誰もいない。
そして、顔を少し赤らめながら言葉を紡ぐ。
「りっくんに関する定時報告に決まってるだろう?」
「はあ……」
「え!? 待って待って黙るってことはもしかして私の可愛い可愛い弟に言い寄る女の子がいたの!? とりあえず名前を教えて。その子の成績を厳しくしてそれから……」
途端にいつもの刺々しい雰囲気が消え、口調も変化する。
「……落ち着いてください先生。今までと変わりありません。あと急に早口になるのやめてくださいめっちゃ怖いから」
「そう……よかったあ……」
先生が机に突っ伏す。
そう。つまりはそういうことなのである。
二宮愛海は重度のブラコンなのだ。過剰なまでに弟を溺愛している。
そしておそらく若干ヤンデレ発症気味である。
……これは若干であると信じたい。
「先生、さすがに毎月呼び出すのは周囲の目があるんでやめてほしいんですが」
「なんだ? それなら以前から言っているだろう? さっさとお前が携帯を持てばいい」
元の厳しい口調に戻る。
「それは……まあそうなんですけど」
今どきの高校生で携帯を持っていない人は絶滅危惧種だ。むしろ保護すべき稀有な存在。
ということは、俺はそんな手厚い保護を享受する存在……なのにこの不遇な境遇は一体?
ちなみに好き好んで携帯を持っていないわけではない。
俺だって普通に欲しい。そしてクラスの女子と何気ない会話のやり取りを積み重ねたい。きっとそっけない文面を気にして普段使わない!マークとか多用するタイプ。
「ちなみに俺が情報提供を拒んだら?」
「前も言っただろう? 私の担当する教科は全て単位はもらえないと思え」
「……」
職権乱用にもほどがある。俺は先生に協力するしかない。
「そんなに二宮の周囲の女子が気になるなら二宮に直接聞けばいいじゃないですか」
「ば、ばばばか! りっくんにそんなこと聞いたら重い女みたいに思われるじゃない!?」
どこからどう見ても重い女だろ……。
「先生は二宮とどうなりたいんですか?」
「そ、それはもちろん!…………結婚に決まってるじゃない」
赤面しながら目をそらして答える。
ちくしょう! こいつ可愛いなおい!? なんでこの人俺の好みドストライクなんだよ!?
「今みたいな感じで本人に直接言えばいいんじゃないっすか」
「そ、そそそんなの絶対無理!」
先生は弟本人を目の前にすると緊張していつもの刺々しい雰囲気で接してしまうらしい。
「じゃあさすがに結婚は無理でしょう」
「でも大丈夫! だってりっくん、お姉ちゃんと結婚するって言ってくれたし!」
「……ちなみにそれはいつの話ですか?」
「りっくんが3歳の時」
そんなの時効だよ……。
もうだめだ。
これ以上関わりたくない。頭が痛くなってきた。
「まあ結婚なんて所詮紙切れ一枚の契約。無理に籍を入れなくても二人のスタイルに合ったものがあるんじゃないですか? まあ詳しくは知りませんが。それでは僕は予定があるのでこの辺で帰ります」
そう言い切ってドアを開けて廊下に出る。
ドアを閉めるとき、
「紙切れ一枚……そうか!」
……何かとんでもない方向へそそのかしてしまった気がしたが忘れることにした。
ごめん、二宮。先に謝っとく。
◇
二宮先生から逃げるように学校を出てバス停に向かう。
普段であれば学校前のバス停は部活に所属していない生徒でごった返すのだが、先生に呼び出されていたので上手く時間をずらすごとができた。ほとんど人がいない。
(これは僥倖というべきか……ん、あれは……)
バス停にはシックな黒いコートに身を包んだ鷺宮が立っていた。
さっきまでは雪が大振りだったのか、彼女の肩は雪で白く染まっている。まるでずっとバス停にいたかのように。
鷺宮がなぜこんな中途半端な時間にいるのかは分からないが、距離を明けてバスを待つ。
地方の路線バスあるあるの一つ、時刻表とは全然違う時刻にバスが到着する、という都会育ちはびっくりな状況に慌てずバスに乗り込む。いつから時刻表通りに運行すると錯覚していた?
俺が住んでいる家には一本では帰れず、バスを乗り換えないと帰れない。
いつものように途中の小さなベンチ一つしかない無人のバス停に降りる。
このバス停に降りる他の生徒はほぼいない。自分の住んでいる地域の生徒が少ないこともあるが、わざわざこのバス停で降りなくともしばらくバスに乗っていれば街の中心のバス停に着くのでそこで乗り換える生徒が多い。大型商業施設があるので俺も用件があるときはそこで乗り換える。
わざわざここで乗り換えるのは絶対にバスの座席に座れるからだ。俺はどこでも寝られるので基本バスの中で寝ながら家路につく。立ちっぱなしで帰るのは苦痛だ。
バス停に降りて一息つくと、吐いた息が白く染まる。暖房の効いた車内から外に出たのでより一層寒い。
ベンチに小さく縮こまって座って寒さをしのごうとしているその時。
バスから鷺宮も降りてきたのが見えた。
「……」
「……」
ベンチに座る俺と目の前に立つ鷺宮。
気が付けば雪は止んで、雲間から日光が差し込んでいた。
束の間の静寂の後、
ブーー!
バスの閉扉を告げるブザーが二人の静寂を破るように鳴り響いた。
そして轟音と共にバスは二人を残して去っていく。
「……」
「……」
鷺宮は何も言わず俺の隣に座る。そして──
「今日、マフラー忘れていったでしょう」
「……あ、そっか、ごめん」
「もう。しっかりしてくださいね──兄さん」
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