主人公になりたいっ！

きっとこれは超高度な叙述トリック。（大嘘）

　──放課後。

　教室のドアを開けると一気に冬の冷気を一身に浴びる。

（教室だけじゃなくて廊下も暖房完備してくれねえかな……）

　そんな軽口を脳内で叩きながら階段を下りる。

　寒いのが苦手なのでコート、手袋、耳当てを装備しているがそれでも寒い。

　コートはあるものの、マフラーを家に忘れてきたので首元から体温が奪われる。二宮先生に引っ張られたせいで首元が広がって余計寒さが押し寄せるのかもしれない。

　ん？　二宮先生？……あ。

　呼び出されていたのをすっかり忘れていたな。

　……まあいいや。適当な理由でもつけて今度謝ればなんとかなるだろ。

　そんなことより今日の朝、何故かいつものマフラー見つからなかったんだよなあ……

　と、階段を下りていると、突然肩をガシッと掴まれる。

（え？　まさか……？）

　嫌な予感しかしない。

　いや、でも一日で2回同じことあるか……？

　ゆっくり振り向くとそこには二宮先生…………の弟が立っていた。

「なんだお前かよ。心臓に悪いぞ」

「オレの顔は別に心臓に悪くないだろ！？」

「さすが美形。たいそうな自信がおありのようで」

「誰だってそうだろ！……それより」

　と、二宮は一拍置く。

「お前、姉貴に呼び出されたの忘れてないか？」

「ああ。俺もさっき思い出したんだけどな。まあでも、めんどいからいいやと思ってな」

　どうせいつものあれだろうからなあ……

　玄関を向かおうとするものの、また肩を掴まれる。

「何だよ。別に大したことじゃ──」

「お前、オレを見殺しにする気か？」

「は？」

「オレは今日姉貴に呼出しをくらっているんだ。機嫌を損ねるような行動は慎んでくれ。オレの生死が懸かっている」

「お、おう、わ、わわかった」

　こいつは一体普段どんな目に遭っているのだろうか？

　疑問は尽きない。

（はあ……どうしてこの兄弟はこんなにすれ違っているのだろうか？）

　◇

　二宮先生の所へ行く、と言って職員室の方へ行くと見せかけてしれっと学校を出ると、ふわふわと宙に雪が舞っていた。

　寒いなあ、これが初雪か、もう12月だしな、多分あいつ死んだな、でも俺に関係ないしな、と、色折々の四季（死期）を詠みながら学校前のバス停へ向かっている時──俺の脳内危機感知センサーが警報を鳴らした。

（この感覚……誰かにつけられているっ！？）

　まさか……。

　いや、間違いない。

　さっきからずっと、誰かが俺の後ろにいる。

　フッ、甘く見られたものだ。

　先ほどまでの状況から俺の後ろにいる相手の推理は造作もない。少年名探偵なら一話で犯人分かるパターン。

　二宮の奴、そこまで俺を職員室に向かわせたいのかよ……。

　まああいつにとっては生死が懸かっているから必死なのだろう。

　逆にあいつを驚かせてやろうじゃないか。返り討ちにしてやるぜ！

　校門を出て曲がったふりをして、塀に隠れて奴を待ち伏せる。

　カツ、カツ、カツ……と、足音が近づいてくる。

　…………来た！

　お前の考えはまるっとお見通しなんだよ！

　二宮のガシッと肩を掴み、俺は薄笑いを浮かべてやる。

「尾行とはいい度胸だなァ？　二宮さんよォ？」

「……」

　一瞬驚いた表情をした二宮。

　そして、俺の手首をがっちりとロック。

「私は職員室に来いと言ったよなァ？　山市ィ？」

「……」

　最悪の二宮違いだった。

「せ、先生……どうしてここに？」

「職員室の窓から玄関を出たお前が見えたんでな」

「それで……わざわざ？」

「丁度その時、化学の吉村先生から今夜食事でもどうかと誘われていたんでな。断る口実にさせてもらった」

「そ、そうなんですか……」

　化学の吉村先生は女好きで節操がないと生徒の間でも悪い意味で有名だ。

　先生のプライベートは全く知らないが、美人なのでその辺のあしらい方はしっかり身につけているはず──

「今夜は1年7組の山市と予定があると言っておいた」

「……」

　わざわざ個人名とクラスを言うあたり、悪意しか感じないんですが。

　ていうか俺の化学の担当、吉村先生なんですが？

　これ責任取ってくれるんですよね！？　ねえ！？

「それより──」

　今度は先生が俺の肩を掴んだ。

「私のお誘いを断るとはいい度胸してるじゃないか。なあ、山市？」

　どうやら死ぬのは二宮ではなくて俺の方だったらしい。

「や、やだなあ、先生からのお誘いなんて、こ、ここ断るわけないじゃないですか？」

「声が震えているが？」

「み、身に余る光栄で……」

　ふと、上を見上げると、2階の職員室からこちらを見下ろす吉村先生の姿が見える。

　表情までは見えないが、きっと「おい、俺とそこ代われ」って思ってんだろうなあ……。

　代わってほしいなあ……。

　……いや！　己の人生を諦めるのはまだ早いぞ山市凛空！

　何とかこの場を切り抜けろ！！　

　持ち前の頭脳(校内偏差値40)をフル回転させて！

「……お、恐れ多くも、手土産を持たずにそちらに伺うのは失礼にあたるかと思いまして」

「ほう？」

「だから、そこのコンビニで甘いものでも買ってから職員室に行こうと思ってたんです」

　学校前のコンビニを指さす。

「なるほど……その言葉に二言はないな？」

「も、もちろんですよ先生！」

　すると、にやりと先生は笑って俺の肩に置いていた手をどかしてくれた。

「いいだろう。今回は見逃してやる」

　よっしゃぁああ！！

　この修羅場を鉄拳制裁無しでかいくぐったぞ！？

　コンビニの百円スイーツを買うだけで俺の命が助かる！！

「これから私に会うたびに手土産をくれるんだからな。そこまで言われたら仕方がないだろう」

「え？」

「私に手土産なしに会うのは失礼なのだろう？　それとも今さら違うとでも言うつもりか？」

　先生が腕をまくって拳を見せつける。

「え、いや、その、だから、……はい、もちろんそのつもりです」

　それ、脅迫では？