アリエ

 暗い小さな箱の中。六人の観客とひとりの役者。

 舞台にしゃがみ込むナルミケイの姿に、アリエは一瞬で引き込まれた。

「このさきのことはなにひとつわからないのに、ぼくたちっていう生命体は、うじゃうじゃと地を這うひとがたのぼくらは、よくのうのうと、うその仮面をかぶって、たがいに交信した気になっているもんだ」

 スポットライトを一身にうけ、ナルミケイは、その生命体は、地にある幾千の生命体のひとつになって、絶望した。

 その命は板の上で、唯一無二の親友となる少年とであい、絶望の中に一筋の光を見出した。彼らは互いに寄り添いあい、うその仮面をとって胸の内を曝け出した。

 なんて青い。アリエは心の底から二人の少年の幸せを願った。

 そんな彼らを、世界は容易にどん底に叩きつける。唯一無二の親友となった少年は、ある日を境にぱたりと姿を見せなくなる。

 ナルミケイ演じる少年は、あらゆる手をつくして少年を探し出そうとした。しかしどの方法も失敗に終わり、彼は再び絶望する。

 ナルミケイが、舞台の上で躍動する。他のあらゆる役者の中でも彼は頭一つとびぬけて、ひとを惹きつける存在感があった。彼の悲壮や、喜び、期待、そして絶望は、たった六人の観客に伝播して、暗い劇場は小宇宙になる。

 親友を失ったショックで心を壊し、医者にかかる少年。医者は彼に宣告する。

「君のともだちは、もとから君の中にしか存在しない」

 少年はふらふらと病院を出て、思い出の丘の上に行く。想像上の親友とよく夜更けまで語り合った丘の上の公園に。

 何万の人が灯す明かりでできた夜景を見ながら、少年は泣いた。

「……ぼくたちはずっとひとりぼっち。こんなに愛しているきみは、ずっとぼくのなかにいて、こんなにたくさんひとがいるのに、ぼくのことはきみしかわかってくれない」

 さようなら。

 少年は言い残し、丘から飛び降りた。



 小宇宙に取り残された六人の観客は茫然と、舞台から消えた坊主頭の少年の残像を見ていた。

 

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