アリエ

「じつはね、私も彼が演じているところは、初めて見るの」

地下にある小さな劇場の席でイトリは恥ずかしそうに言った。どういう経緯でイトリがナルミケイのことを知ったのかわからないけれど、観客が少ないこの劇場の中でイトリはよく目立っていて、きっと舞台上に立つナルミケイも彼女に目がいくだろうとアリエは思った。アリエとイトリの他に、観客は6人ほどしかいなかった。

「どんな人なの?」アリエは尋ねる。

「うーん、私よりずうっと年下なのに、とても大人びていて。なにかを諦めちゃってるように見えるの。それがね、なんだか、うん、魅力的で。写真、見たことある?」

「ない」

イトリはスマートフォンの写真フォルダを指先で漁った。

「この子」

イトリが示した写真にはシャツに黒いズボンという出で立ちでこちらに微笑んでいる少年がいた。宣材写真だろうか。前髪は目にかかっているが清潔感がある。優しい印象の目尻が特徴的な、どこにでもいる男の子だった。

「普通の子に見えるけど」

「そうなの、この写真ではね。彼が中学生の時の写真かな。でも、これしか、彼の写真って世に出てなくて」

ふうん。

開演を告げるブザーが鳴った。アリエは腑に落ちないまま、幕が上がるのを待った。

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