西銀河物語 ミールワッツ
@kanako_01
第1話 第一章 遭遇(1)
リギル星系より五〇〇光年離れたミールワッツ星系。
ミールワッツ恒星を主星とし、六つの惑星を持つ。六つの惑星のうち、恒星から一番遠い第六惑星は、恒星に対して楕円軌道を持ち、エタン等を成分とする氷で覆われた惑星である。第一惑星は恒星に近く高温の為、生命が生きるに適さない。恒星から一〇光分離れた第二惑星、更に一五光分離れた第三惑星は、窒素と酸素を主な成分とする大気を持ち、生命体が生存可能だと考えられている。第四惑星は、大気層を持つが、液体水素で構成され、恒星から三〇光分離れている。更に第五惑星は、大気層がヘリウム、メタン等のガス惑星で一光時離れている。
今から一五年前にリギル星系と同盟を結ぶペルリオン星系の広域偵察派遣艦隊が第二、第三惑星に移住可能性を求め調査を開始したところ、偶然にもレアメタルを含む重要な鉱床を発見した。
ペルリオン星系と同盟星系であるリギル星系も興味を示したが、ペルリオン星系から同盟公約として資源を購入している為、あえて鉱床探査を進めなかった。
ミールワッツ星系から一五〇〇光年離れたミルファク星系より、航路探査の為、航宙していたミルファク星系軍航路探査派遣艦隊はミールワッツ星系に至り、第二、第三惑星に鉱床があることを発見した。そしてまだ、近隣星系が手つかずのままにいる事を理由に鉱床探査を先行して進めようとしていた。
そのミールワッツ星系第三惑星付近をリギル星系第一〇一広域偵察艦隊所属航宙軽巡航艦テレマーテを旗艦とするハインリヒ級軽巡航艦二隻とヘーメラー級駆逐艦八隻が航宙していた。
偵察と言ってもこの宙域は、まだ人類が開拓しておらず、実地偵察訓練には適した場所として新兵の練習を兼ねて派遣されていたのである。
旗艦テレマーテより先行している僚艦テレスに乗艦しているレーダー担当官エルスは後二日で終了する航宙にリギル星系で待つ恋人のことを考えていた。そこに突然レーダーに映る星系を横切り始めた多数の光点を見つけた。
エルスにとって、今回の偵察勤務は訓練の一部と聞いている。帰還してから知り合いに話すネタ程度にしか考えていなかったである。
そもそも銀河系のこんな端っこの星系に来るものなどないと考えていた。周りの士官も勤務中でありながら、緊張感などまるでない。
そんな状況でエルスは、ミールワッツ恒星を中心とした四象限を示す球形三次元レーダーパネルを再度みるとやはり第三象限の端っこミールワッツ星系外縁部に何かがいる。
あれ、こんなところを航行する艦艇の集団なんて聞いてないけどな。レーダーの故障とは思えないし、一応報告をしておくか。
レーダー担当官エルスは、口元にあるコムをオンにすると
「タルミレーダー管制官。左下方、当星系外縁部を航行する艦船の集団を発見しました」
軽巡航艦テレスの艦橋の中段に位置するレーダー指揮長席に座るタルミは、
「星系外縁部に艦船の集団。聞いてないぞ。見間違いじゃないのかエルス」
「いえ、見間違いではありません。レーダーパネル第三象限を見てください」
四象限レーダーパネル。多元スペクトル分析を利用し通常は自艦を中心に三次元の立体パネルを四象限に分け、全方向が同時に見えるようになっている。
星系に入った場合、主星を中心として四象限の球体上に映像を映すレーダーパネルである。
今回はミールワッツ恒星を中心とした三次元パネルの左下方に無数の光点が横切っていくのが見えた。但し、星系外縁部までの距離は七光時あり、光学レーダーでの詳細な認識は不可能ため、光点でしかとらえることができない。
「見つかったようですね」
アガメムノン級航宙戦艦第一七艦隊旗艦アルテミッツの艦橋に座る副参謀ガイル・アッテンボロー中佐は、そう言うと副参謀席からちょうど右後ろに座る艦隊司令のチャールズ・ヘンダーソン中将を見つめた。
ミルファク星系評議会は、ミールワッツ星系で発見された鉱床の共同試験採掘とリギル星系同盟領の通行をめぐり星系連合体ユニオンと何回かの交渉を重ねたが、星系連合体ユニオンは、ミールワッツ星系の鉱床を発見したのは我同盟であり、ミルファク星系が手を出す理由は無いとして断固としてこれを認めなかった。
ミルファク星系評議会は、一五〇〇光年先にあるミールワッツ星系に行くための非公式航路の調査は終了しており、今回はその航路確保と試験採掘の為、星系連合体ユニオンには連絡せず、艦隊を派遣したのであった。
「なあに、最初から予定に入っていたことだ。問題は、ユニオンがどう出てくるかだ」
ミルファク星系航路局からの情報を元にリギル星系軍に接触しないように慎重に航宙してきたが、ミールワッツ星系に入る前に見つかったようだ。
涼しそうにそう言うヘンダーソン司令を横目でみながらアッテンボロー副参謀は、艦橋前方にある多元スペクトルスコープビジョンを見つめていた。
リギル星系第一〇一広域偵察艦隊との距離は七光時、彼らが捉えた第一七艦隊の姿は既に七時間以上前のものだ。
「ロング司令、先行するテレスからの報告です。座標アルファ二六〇.一六、ガンマ三五〇.三六、ベータ九〇.二四に航宙する艦隊を発見。数およそ六〇〇」
ロングは一瞬考えたが、先行する僚艦テレスから送られてきた通信を基に
「よし、すぐに首都星ムリファンに報告。我、敵味方不明の艦隊を発見。このまま追跡する。座標とともにすぐに送れ」
首都星との距離五〇〇光年。高位次元連絡網を利用しても相対位相二週間は必要だ。一抹の不安が脳裏によぎりながらロングは、自艦のレーダーパネルには、まだは反応していない映像を待っていた。
リギル星系の第一〇一広域偵察艦隊が捉えた艦艇は、アガメムノン級航宙戦艦三二隻、アルテミス級航宙母艦三二隻、ポセイドン級航宙巡航戦艦四八隻、アテナ級航宙重巡航艦六四隻、ワイナー級航宙軽巡航艦一二八隻、ヘルメース級航宙駆逐艦一九二隻の他、タイタン高速補給艦、強襲揚陸艦を含む六〇〇隻で構成されたミルファク星系のミールワッツ星系調査派遣艦隊であった。
このまま、ぶつかれば、偵察を任務とする軽巡航艦二隻と駆逐艦八隻などひとたまりもない。まして乗っているのは新兵ばかりだ。今はこの艦隊の進行方向を探るのが適切だとロング少佐は考えた。しかし、もうひとつの事もありあまり深くは考えていなかった。
「本当に敵艦隊か。まあいい、とりあえず連絡はした。後は見ているとするか」
目の前のスクリーンに目をやったロング少佐は、ひとり言のようにつぶやいた。
西暦二八〇〇年。
太陽系第三惑星に居住していた人類は、人類の増加に耐えられなくなった国同士が、技術力と国力を最大限に行使して移住可能な太陽系内の地球外惑星を求めた。
最初、近隣惑星と言う事で金星、火星に探査艦を送ったが、金星は表面温度が五〇〇度前後であり、濃硫酸の熱い雲が表面を覆っている苛烈な環境で有り、当時の人類の科学力では、人類が移住することは不可能であった。
次に探索艦を送ったのが、火星である。この星は、自転周期が地球と同じで四季もあり、夏の気温は二〇度前後と過ごしやすい反面、冬は赤道付近でもマイナス五〇度にもなる。また大気が地球の一〇〇から一五〇分の一程度と薄い為、保温効果が低い。
だが、地下に大量の水が存在する事、大気の主成分が二酸化炭素である事、居住区を半地下にすれば問題無い事を考えると、小惑星帯を越えた木星までの移住よりも物資の補給が楽な火星を移住先に決めた。
第一次移住三〇万人が、何年もの移住計画により最終的に移住した人口は三〇〇〇万を超えた。そして一〇〇年の時が流れた時には、火星に住む人類は五億人を超える人口となっていた。
当初これに選ばれたのは、一般人だけではなく、移住先である火星の開発のために送られた優秀な科学者、技術者達の他、これをビジネスチャンスと考えた様々な人達がいた。
彼らは、火星の四季毎に変わる激しい天候に影響を受けることのない、半地下型住居設備だけでなく、娯楽や運動施設も作り、快適な移住空間へと火星を変えて行った。
当初は、地球より生活や開拓に必要な原料や物資を運んでいたが、探索が進むにつれ、資源も豊富で、火星以外にも衛星であるフォボス、ダイモスには、観測だけでは分からなかった、軽金属も発見された。精錬は、埃がまったくない火星上空、人類移住区に対して静止軌道となる位置に純真空精錬所を作り、地球ではまったく不可能な純合金を作ることが可能であった。
当然ながら火星には不足している資源も隣の木星との間にある小惑星帯の内、火星側に近いS型小惑星の多い領域から取ることが出来た。木星のガニメデ以遠の衛星や、氷だけと思われていた土星のリングには、表面が氷だが、岩石質の岩が多く存在し、多種類の資源が豊富に含まれていることが、調査を進める毎に分かって来たので、徐々に調達の手を伸ばしていった。
これに伴い、星間連絡船の構築技術の向上、宙港設備の拡充と、連絡船を造船、修理するドックも次第に巨大化していった。
やがてその技術は、星間連絡船から太陽系の外へと進出する星系間連絡船へと発展していったのである。
当初地球外の惑星に移住した人類も時が立つにつれ、その欲望は太陽系外へと向け始められた。他惑星に移住した人類のほうが地球に残った人類よりはるかに高い技術力と工業力を持ったのである。
むしろ捨てられた・・置き去りにされたのは地球に残った人々であった。
その地球人を尻目に地球外で生まれ育った新しい人類とも言うべき人々は、銀河の中心へと、そして銀河の外へと爆発的なエネルギーとフロンティアスピリッツのもと、瞬く間に周辺の星系に進出し、その勢力を拡大した。
一二〇億人だった人類も今や三〇〇億人にも増え、それとともに、それぞれが生きるための領土拡大と資源獲得のための星系間争いが勃発した。
はじめは、星系同士の小さな小競り合いも複数の星系同士が争うに至り、それを取り巻く星系では、無視できない事態へと発展した。
ここに至り、いくつかの有力星系同士が互いの経済、資源そして領土の保全という利害関係の一致のもと、西銀河連邦を宣言し、その巨大な軍事力と経済的影響力を行使して、争いに中立的な星系も含めその影響力を拡大した。そして星系間の争いを抑えに入った。
当初、反発的だった星系も圧倒的な経済力と軍事力の差にその力を失い、ついに西銀河連邦は、人類が進出した西銀河の半分を統一するに至った。これを機に各星系が勝手に決めていた星域の隔たりや星系間貿易の障壁も消えていった。
これとともに各星系が決めていた時間の尺度も西銀河暦と改められ、WGC(ウエストギャラクシーセンチュリー)一年とされた。
その後、各星系の平和と発展は続いたが、たった五〇〇年もしないうちに人類は、過去に自ら彩った戦いという歴史の流れに満たされていったのであった。
それは西銀河連邦の理想と信念も、自己の利益しか考えない有力星系の独善と腐敗しきった政治家を排除できなくなった衆遇政治へと陥ったにほかならなかった。
「アッテンボロー副参謀、敵偵察艦隊は無視。第二、第三惑星の衛星軌道に到着次第、資源調査を開始する。上陸部隊の準備進めておけ。通信士。第一九艦隊と艦隊本部に連絡。敵偵察艦隊に発見された。ミールワッツ星系到着は予定通り。作業は予定通り開始する。と伝えろ」
「リギル星系のやつらが来るまでには、こちらは仕事を終えて帰路に着いている。後は第一九艦隊に任せればいい」
既にミルファク軍事衛星アルテミス9から発進して一ヶ月。ミルファク星系航路局からの航路を基に重重力磁場利用による何回かの跳躍も終わりミールワッツ星系外縁部に到着したところだ。ここから第二惑星まで三日間で着く。
重重力磁場を利用した航法は、人類の目が太陽系から外に向けられた時、偶然発見された航法だ。宇宙は銀河、星雲、星系等様々な重力を持つ物質でバランスが保たれている。その中には重重力磁場・・過去そこに存在した高質量の物質が、素地だけを残している宙域・・を生み出している磁場宙域もある。
この重重力磁場を利用し、何光年も離れた星系から星系へと移動することが出来ることを発見して以来、その航法が研究された。
しかし、この航法が開発されるまでには色々な困難があった。入り口から入ったが、元の入り口に戻ってきてしまう重重力磁場、入り口から入ったが二度と連絡が取れなくなった重重力磁場。そして長い年月を掛けて発見されたのが、一番安定的に重重力磁場を使用できる方法、位相慣性航法だ。
重重力磁場は、一対一で端と端が結ばれているが、一度通常空間に出た後、目的の星系に行くには、また別の重重力磁場を利用しなければならない。
この星系から星系へ移動する航路を調査し、チャート化し、そこに航路名を付けるのが星系航路局の仕事だ。このチャートを西銀河連邦内で共有する為にデータベース化したのが西銀河航路チャートと呼ばれるものだ。しかし、これはあくまで公のチャートである。各星系はこれとは別に独自に開拓した航路を持っている。
今回ミールワッツ星系調査派遣艦隊第一七艦隊が利用した航路も他星系には知られていない独自の航路である。
「ロング司令、艦隊は第二惑星と第三惑星の衛星軌道上に展開しています。衛星軌道上の艦からいくつもの小型艇が惑星に向かって降りて行きます」
「どうやら報告どおり、ミルファクのやつらが、資源調査に来たのは間違いないようだ。すぐに首都星に連絡しろ。ミルファク星系軍の艦隊を発見。目的は資源惑星の調査。対象は第二、第三両惑星。以上だ」
「復唱します。ミルファク星系軍の艦隊を発見。目的は、資源惑星の調査。対象惑星は第二、第三の両惑星。すぐに送ります」
ロング少佐は通信の復唱にうなずくと既に光学レーダーで捉えることが出来るようになった敵艦隊を見つめていた。
「タルミレーダー管制官。後方一〇万キロ。ミサイル反応多数」
「何だと! 司令、後方よりミサイル接近。至近です」
「アンチミサイル発射」
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