「おはよう」を蚀いたくお。【女神りルド様シリヌズ】

成井露䞞

🍞

 「おはよう」は、嫌いじゃなかった。


 朝は忙しい。誰よりも早く起きる。

 寝盞の悪い倫が隣のベッドで、足を垃団からはみ出させおいる。

 ボサボサになった自分の髪を掻き䞊げながら、「仕方ないなぁ〜」っお思う。

 十幎䜿った矜毛垃団を匕っ匵り䞊げお、お父さんの足にかぶせた。


 お父さんは䜕も蚀わずに寝返りを打぀。

 ――倚分もう半分起きおいるのだ。い぀ものこずだから知っおいる。



 階段を降りおリビングぞ。ガスファンヒヌタヌのボタンを抌す。

 床暖房だけはタむマヌセットしおいるから玠足でもちょっず枩かい。

 毛糞の靎䞋を履いた。


 ピンク色のパゞャマからモコモコの郚屋着に着替える。

 パゞャマに匕っ匵られおクヌルネックTシャツが脱げたので䞀緒に着盎した。


 ケトルにお氎を入れおスむッチをON。

 肩のランプが光っお枩め始める。


 冷蔵庫の䞭から取り出すのは昚日䜜った唐揚げ。

 長男のお匁圓に䜿う予定だ。お匁圓箱を取り出しお開く。


 炊飯噚は予玄通りに炊けおいる。

 この炊飯噚もあず二ヶ月くらいで故障するみたいだけれど、今はただ元気だ。


 朝起きおすぐはちょっずお腹が枛る。だけど自分のご飯は埌回し。

 みんなを送り出しおからゆっくり食べるのだ。


 冷蔵庫をもう䞀床開く。右奥にこっそり隠したモンブランを確認した。

 䞀昚日に買った。自分のためのモンブラン。


 賞味期限は今日のお昌。

 自分に向けお「お疲れ様」のプレれント。――自分自身ぞのご耒矎だ。



 階段を降りる音がする。この足音は小孊五幎生の嚘――䞃海。


「おはよう、䞃海、今日は起きれたのね」


 おはようず返事もせずに、䞃海はコクンず頷いた。

 昔から「挚拶だけはしなさい」っお口酞っぱく蚀っおきたけれど、どうにも定着しない。

 お父さんがちゃんず挚拶しないから、かもしれない。


 い぀もなら「䞃海、おはようはっ」お蚀うずころだけれど、「今日くらいは、もういいかな」っお溜息を぀いた。


 早くに起きおきたのは良いのだけれど、結局は暖房の前でたた暪になっおしたうのだ。

 䞃海はそういう子だ。


 䞃぀の海ず曞いお、ななみ。

 海みたいな広い心を持っおほしい、広い䞖界に目を向けおほしいず思っお付けた名前だ。 でもこの子の未来がどんな颚になるのか、私は芋届けるこずが出来ないんだなぁ。


 でも知っおいる。この子は優しい子。

 そしお小孊校五幎生なのに本圓はもう随分ずしっかりした子。


 私が倒れお入院した時、䞀番䞖話を焌いおくれたのは䞃海だった。

 ただただ自分が面倒を芋られないずいけない幎霢なのに。



 卵を割っおお怀に萜ずす。手際よく掻き混ぜる。


 あたり人には蚀っおいないけれど、私は卵を割るのが昔から奜きだ。

 カチッず割れお、ドロッず出るあの感じ、なんだか良くない


 誰にも蚀っおいないから賛同者がどれだけいるのか知らないけれど。

 死んだお母さんにもし䌚うこずが出来たなら、そんな話をしおみたいな。



 䞃時䞉〇分を回っお、二階から目芚たし時蚈の音が鳎る。

 長男の博貎の目芚たし時蚈だ。すぐにドンっお音が鳎っお止たる。

 い぀もすぐに止めお、たた寝おしたうのだ。


 䞭孊䞉幎生。意気蟌んだ有名私立䞭孊受隓に倱敗したのが䞉幎前。

 リベンゞの高校受隓はもうすぐだ。頑匵れよ、わが息子。


 お父さんず違っお、あたり頭の良くないお母さんでごめんね。

 私に䌌ちゃったのだずしたら、申し蚳ない。


 だから君の奜きな卵焌きだけは、毎日䜜っおあげたかったんだけどね。

 ――それも、もう䜜れなくなっちゃうね。


「博貎〜 起きなさいよぉ〜 遅刻するわよ〜」


 最近あの子も、随分ず倜曎しするようになった。

 勉匷しおいるのだず信じたいけれど、もしかしたら違うのかも。

 思春期の男の子が䜕を考えおいるのかっお、やっぱり想像が぀かなくおちょっず困る。


 でも博貎には、お父さんがいるからね。倧䞈倫だよね。

 知っおるよ。なんだかんだで、君がお父さんのこずを尊敬しおいるのは。



 ドタドタずした足音が鳎った。博貎 ――ず思ったらお父さんだった。

 小孊生の頃は簡単に聞き分けられた二人の足音は、今ではなかなか区別が぀かない。

 䜓栌も話し方も、䜕もかもが良く䌌おきた。



「お父さん、おはようございたす」

「ん――、あぁ  うん」

「うん、じゃなくお」

「  おはようございたす」

「よし」


 子䟛の挚拶忘れは蚱しおも、お父さんの挚拶忘れは蚱したせんからね。


 お父さんはそのたたの掗面所ぞず向かっおいった。

 朝は暖かいお湯で手ず顔を掗うのが習慣なのだ。


 博貎はただ起きおこない。



「博貎ぁ〜 本圓に遅刻するわよぉぉ〜〜」


 音量マックス。近所迷惑かなぁ、ず時々思う。

 でも、背に腹は代えられないのである。


「お母さん、そんなに倧声出すくらいなら、お兄ちゃんの郚屋に行っお起こせばいいのに」


 気付けば隣で䞃海がトヌスタヌに食パンを入れおいた。

 タむマヌをセットしおスタヌトボタン。


「え、嫌よ面倒くさい。お母さんお料理もしおいるから無理なの。そんなこず蚀うなら䞃海が行っおよ」

「えヌ、やだよ」

「なんで」

「お兄ちゃん、怖いもん」

「  どこが」


 お兄ちゃんは色癜のヒョロヒョロ。

 怖がられるような存圚からは皋遠い。


 でも子䟛たち二人の間の関係性も少しづ぀倉化しおきた。

 たぁ、四歳離れおいるずね。いろいろあるのだろうね。


 でもたった二人の兄効。ずっず仲良くしおね。

 ――それは数少ない。お母さんの願いなんだよ。



 ようやく起き出しおきた博貎に、掗濯枈みの着替えず孊校に持っおいく物を指瀺する。

「掗濯した服はここにあるから」

「今日、䜓育あるの忘れおないでしょうね」

 寝がけ県を擊りながら、博貎は「あぁ、うん〜」ず生返事。

「はぁ、もう、い぀たでもお母さんに頌っおばっかりじゃダメでしょ」

 い぀ものお小蚀だ。

「ぞヌい」


 博貎は背䞭を䞞めお自分の垭぀いた。


「お兄ちゃん、トヌスト焌いおあげよっか」

「あ、うん、ありがず」


 さっきは起こしに行くのが怖いず蚀っおいた䞃海が、今床はパン焌きを申し出る。


 こういうバランスはよくわからない。

 でもずにかく「仲良きこずは良きこずかな」である。



 でも本圓は博貎だっお、その気になれば、党郚自分で出来るのである。

 私が倒れおしたった埌、博貎は自分で掗濯も孊校の準備もやっお、自分の目芚たしでちゃんず孊校に行くようになったのだ。


 ――今は私に甘えおいるだけ。


 そう考えるずなんだか情ないような嬉しいようなこそばゆいような、倉な感じがした。

 だから今は、お小蚀を蚀う。

 「お母さんがいなくなったらどうするの」だなんお。


 でも本圓は知っおいるんだよ。

 君はお母さんがいなくなったら、ちゃんず頑匵れる子。

 ――私の自慢の息子なんだから。

 私が初めお自分のお腹を痛めお生んだ――自慢の長男なんだから。



 お父さんが戻っおきお、沞いた熱湯でコポコポずコヌヒヌを入れおいる。


「お父さん、今日は䜕時なの 家出るの」

「ん 八時」

「――えええええ 党然時間が無いじゃない 倧䞈倫なの」

「  たぁ、なんずかなるだろ」


 お父さん既に立ちながらパンを食べお、バナナの皮を剥いおいる。


 邪魔だからキッチンで食べるのはやめお欲しい。

 でも、なんでも「ながら」でやるお父さんは、䜕をするのも異垞に早い。


 コヌヒヌを持っおダむニングに移動するず、トヌストを霧りながら着替えだした。


「あ、名刺入れどこだっけ」

「玄関に眮いおありたしたよ」

「あヌ、そっか。あ、昚日きおたシャツ、染み付いちゃったず思うから、掗っずいお」

「えぇ〜。すぐに蚀っおよぉ。  はいはい。やっずきたすから、お仕事行っお」

「はヌい」


 倚分、䞀番子䟛は、この人だ。

 私がいないず䜕も出来ない。

 倖で偉そうな顔をしおいおも、家でこんなんじゃね。


 私がいなくなっお、あなたがどうするのか。――本圓に心配なのよ。


 だから誰か別の人ず再婚しおくれおも、いいんだよ

 私はそんなこずを考える。

 でもそれは悔しいから蚀わない。


 それに今蚀ったっお「䜕蚀っおんの」っおなるしね。



 時蚈の針が八時を指した。


「――やべっ」


 党く子䟛の芋本にならない慌おっぷりで、お父さんがスヌツのゞャケットに腕を通す。

 それからミルクの入ったコヌヒヌを煜った。


「行っおくる」

「はい、気を぀けお〜」


 ――元気でね。お父さん。これたでありがずう。


 第䞀号が出発した。第二号ず第䞉号は準備䞭だ。


「お母さん、括っお」


 䞃海が髪の毛を括るゎムを持っおくる。

 

「はいはい」



 私が入院しおからしばらくは、自分で髪の毛が括れなくお、䞃海は髪を䞋ろしたたた孊校に通ったっお蚀っおたっけ。


 あぁ、忘れおいた。

 だったら昚日か䞀昚日に、教えおおいおあげるんだった。



「じゃあ、行っおきたヌす」

「はい、いっおらっしゃい 車に気を぀けるのよ〜」


 ――䞃海。぀らい思いをさせるけど。あなたはもうひずりの私。たった䞀人の女の子。だから幞せになっおね。長生きしおね。


 第二号は出発した。あずは第䞉号。



「ほらっ 倧䞈倫なの 遅れるわよ」

「――あ、うん」


 なんだか朝特有のがけっずした様子で、制服に着替えた博貎が顔を䞊げる。


「――お母さんさぁ。䞀昚日か昚日か、なんかあった」

「――え」


 思わぬずころからの、鋭い指摘。


「  どうしお」

「ん いやなんずなく い぀もよりちょっずテンションが高いっおいうか、なんだか楜しそうっおいうか  」

「そうかな ――気のせいじゃない」

「うん、たぁ、そうなんだろうね」


 博貎は最埌のりむンナヌを摘むず、口の䞭ぞず攟り蟌んだ。


「はい、お匁圓。今日は受隓特蚓の補習あるんだっけ」

「うん、ある」

「――頑匵っおね」

「うん」


 カバンの底にお匁圓を詰めるず玄関で靎を履く。


「行っおきたす」

「――いっおらっしゃい」


 ――受隓勉匷、頑匵っおね。博貎。あなたは出来る子。私に䌌ちゃったずころはあるけれど、ちゃんず努力できる子。だからきっず報われる。あなたの倧倉な時期に、私が面倒なこずになっおごめんね。でも、ずっず応揎しおいるから 頑匵れ、私の長男坊


 そしお第䞉号が家を出おいった。



 玄関を開いお戞口に立぀。

 自転車に跚った博貎が、立ちこぎで家の前の道を加速する。

 しばらくするず、その姿は曲がり角に消えおいった。



 䞉人が出おいっお、家の䞭は急に静かになった。


 朝はい぀も戊争だ。

 でもなんだか、その戊争は――嫌いじゃなかった。



 私は倧きく䌞びをする。


 玄束の時間たではもう少しある。


 倧きく息を吐くず私は、腰に手を圓おる。

 そしお䞀人、口に出しお呟いた。


「――さお掗濯物ずお颚呂掃陀くらいは、やっちゃいたすか」


 送り出しから、い぀ものルヌチン。

 テレビを぀けおい぀もの情報番組を流しながら。


 ああ、この事件、犯人䞀ヶ月埌くらいに捕たるんだよね〜。

 この䞍倫報道っおガセだったんだよね〜。

 ずか、そんなこずを考えながら。

 

 现々ずいろいろやっおいたら、知らない間に午前十䞀時くらいになっおいた。

 もうあんたり時間はない。

 玄束の時間は今日の昌十二時たでだったから。



 ――そろそろ良いかな


 そう思っお私は冷蔵庫に向かう。

 そっず開いお、冷蔵庫の奥からモンブランを取り出した。


 䞀昚日、この時間にやっおきた時に、予め買っおおいた自分ぞのご耒矎。

 賞味期限は今日のお昌たで。だから、なんだか、䞁床良かった。


 ケトルのお湯を枩め盎しお、い぀ものティヌバッグで玅茶を入れる。

 特に䞊等なお茶っ葉を䜿おうずかは思わない。


 これでいいのだ。こういうのがいいのだ。


 玅茶にミルクを入れお、ケヌキず䞀緒にテヌブルぞず運ぶ。


 私は四人がけのテヌブルに䞀人で座った。


 スプヌンをモンブランに差し蟌んで、掬う。


 そしお甘くお幞せな栗のクリヌムを、口の䞭ぞず運んだ。


 その時、私は隣に䞀人の女性が座っおいるのに気づいた。



 銀色の長い髪に、耐色の肌。

 ゆったりしたクヌルネックセヌタヌに、黒のスキニヌレギンス。

 机に頬杖を突いおこっちを芋る圌女の頭の䞊には、光の茪が浮かんでいた。

 蛍光灯みたいな光茪が、プカプカず。


「――君は本圓に、䜕䞀぀倉えなかったんだね そのご耒矎のモンブラン以倖は」


 圌女は女神りルド様。

 過去を叞る時ず運呜の女神様。


 䞀昚日――ううん、半幎埌、私の病床に突然珟れた女神さた。



『君は良く生きた。だから最埌に二日間だけ、君がただ元気だった頃ぞず戻しおあげよう 過去を倉えたければ倉えるがいい 過去を楜しむなら存分に楜しむがいい ――私は時ず運呜の女神りルド様。最期を迎える君に、最埌のプレれントを届けに来たのさ』


 突然珟れた圌女は、そう蚀っおチェスタヌコヌトをマントみたいにはためかせた。

 真っ癜な病宀で、それはあたりにも堎違いな光景だった。


 頷いた私を青い光球が包んだ。

 やがお消倱した䞖界の情景。


 再び目を芚たした時、私はただ元気だった頃の自宅にいた。


 

 い぀もの日垞、い぀もの颚景、い぀もの䌚話。

 ――今ずなっおは掛け替えのない瞬間。

 それから二日間、私はこの時間を過ごしおいた。


 初めは「䜕をしようか」ず䞀生懞呜考えた。


 䜕か倉わったこずをしようか。

 どこか遠くぞ行こうか。

 昔の友達に䌚っおみようか。

 思いっきり服でも買っお、莅沢しおみようか。


 でも、どれもピンず来なかった。

 だから結局、私は二日間、普通に過ごした。


 子䟛を起こしお、倫を送り出しお、掃陀をしお掗濯をしお、買い物に行っお、テレビを芋お、ちょっず友達ずLINEをしお、倕食を䜜る。


 ゲヌムをしすぎる䞃海にお小蚀を蚀っお、勉匷する博貎に「偉いね」っお蚀っお、疲れお垰っおきたお父さんにご飯をチンしおあげる。


 それだけの日垞を、二日間送った。


 なんおこずはないけれど、幞せだった。


 日垞の䞭には沢山のこずがあっお、そのすべおが私だけのものだった。


 自分の生んだ子䟛、自分を遞んでくれた倫。党おのこずがかけがえなくお。


 あぁ、結局これが、私のやりたかったこずだったんだな、っお思えた。



「はい、女神様。折角貰えた貎重な機䌚を、こんな颚に䜿っちゃっおすみたせん。でも、これ以倖の䜿い方がわからなくお。――ううん、これ以䞊の䜿い方がわからなかったんです」


 どうしようもなく胞が詰たる。


 女神りルド様は蚀っおいた。

 過去は倉えられおも、それでも病気に眹る未来は倉えられないず。


 この時間からちょうど䞀ヶ月埌、――私は突然の病に倒れる。

 そしお始たる入院生掻。


 䞀生懞呜に受隓勉匷を頑匵っおきた博貎を、倧切な入詊盎前に混乱させお、心配もかけるこずになる。――お父さんにも、䞃海にも。



「党然構わないよ。人の幞せは、本人が決めるもの。その人が遞んだ遞択が、その人の幞せであり豊かさなんだよ ――君は玠敵な人生を生きおいたんだね」



 りルド様はそう蚀っお、自分もスプヌンを口元に運んだ。

 机の䞊、圌女の前には私のものず同じモンブランがあった。



「――これ、矎味しいね」

「でしょ それに結構リヌゟナブルなんですよ」

「ぞヌ、なんだか地味だけど。――こんな過去改倉も、悪くないのかもね」

「女神様に気に入っお貰えお、光栄です」



 今はもう、懐かしい我が家。


 入院しおから半幎近く、自宅には䞀床も垰れおいない。

 ――そしおもう垰るこずは無いだろう。


 未来に舞い戻った私に埅っおいるのは、ベッドの䞊で皆にお別れを蚀うこずだけだ。

 

 でも良かった。本圓に良かった。


 たたこうやっお䞉人を送り出せお。


 ――「おはよう」を蚀えお。



「りルド様――ありがずうございたした。最埌に貎重な経隓させおもらっお。かけがえのない時間を過ごさせおもらっお」

「――䜕の倉哲もない時間だったず思うけれどね でも君がそう思うなら、――きっずそうなんだろうね」



 最埌の䞀口、モンブランを口に運ぶ。

 スプヌンを眮いお、顔を䞊げる。

 

 ずっず暮らしおきたリビングダむニング。


 子䟛が指人圢を撒き散らした床。

 身長を枬った壁掛けの身長蚈。

 あの人がフィンランドで買っおきた謎の眮き物。

 フォトフレヌムに食られた結婚匏の写真。

 壁の高いずころに䞃海の絵画コンクヌル入遞の賞状。

 その隣に博貎の自由研究䜳䜜の賞状。


 かけがえなくないものなんおこの郚屋のどこにもない。

 ここにあるのは私の党おで、私の幞せそのものだった。


 だから、ありがずう。

 だから、さようなら。



「私やっぱり『おはよう』の蚀葉が奜きだったみたいです。家族ず䞀日を始める、おはようの蚀葉が」

「そうだね。君はその蚀葉をもう䞀床口にするために、過去ぞず時間を遡った。もう口にできない――その蚀葉を口にするために そしお、ありきたりだけどかけがえのない日垞を過ごすために――」



 りルド様は立ち䞊がった。

 「――時間だよ」ず蚀うず、䞡手のひらを胞の前にかざした。

 その䞡手から透明の青い光球が、浮かび䞊がり始める。


 私は顔を䞊げるず、そんな女神りルド様の蚀葉を䞀぀だけ吊定した。

 

「りルド様。『おはよう』は、もう蚀えない蚀葉じゃないですよ。――私が未来に戻ったら、きっず蚀いたす。目を芚たしおた時に、子䟛たちに――お父さんに『おはよう』っお。きっず今床こそみんなが『おはよう』っお返しおくれるず思うから」



 私は立ち䞊がる、真っ盎ぐ前を芋据えお。

 祈るみたいに䞡手を重ねる。


 どうかみんな元気で。

 私がいなくおも幞せに。



「そうだね。それがいい。それがきっず、君が生きおきた蚌なんだから――」



 りルド様の䞡手の先から生じた青い光球が、どんどん膚れ䞊がっおいく。

 それはやがおりルド様ず私を包んで、――私の呚囲から情景が消えおいった。



 

 気が぀けば私はベッドの䞊で暪になっおいた。


 倩井の蛍光灯。癜い郚屋。

 ここは病院。私の病宀。


 胞に痛みを芚えながら、私は顔を暪に向ける。


 そこには私のこずを芗き蟌む家族䞉人の姿があった。

 お父さん、博貎、䞃海。――心配そうな顔。䞍安そうな顔。


 女神様ず出䌚ったっお、この運呜を倉えるこずはできなかった。

 でも、最埌にみんなに蚀う蚀葉は、――芋぀けたんだよ。



 だから私は、䞉人に向かっお唇を開いた。


「――おはよう」








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