第63話 弱い弱い弱い

虚ろな目をしたニーナ。

外傷は全くない。熱線が貫通したはずの額すら綺麗なおでこのまま。


「ニ、ニーナ?」


回復魔法を掛けても動かない。

何度も、何度も何度も掛けてもニーナは動かない。


「頭を焼かれては即死でございましょう?」


真っ赤な長い髪と瞳、そしてヴィナトそっくりの容姿に羽根。


いやらしく笑う神々しい死。


「……カルミア」


なぜ今ここにいる?

なぜニーナを殺した?


「殿方にあまり見つめられてしまいますと、照れてしまいますわ?」


器用に羽根で顔を隠す仕草が異様に腹が立つ。

ヴィナトと瓜二つの顔に対して僕はこうも殺意が湧くとは思っていなかった。


でも当然だろう。ニーナを殺された。

それだけで理由は十分だ。


「……ニーナ」

「姉様!お待ちしておりましたわ!」


ぐったりとしたニーナを抱える僕を見たヴィナト。

駆け付けたヴィナトが動かないニーナの頬を撫でた。


「……カルミア……お前が、殺したのか?妾のメイドを」

「ええ。姉様には私だけがいればいいのですわ。共に楽園へと参りましょう。永きを生きた私たちは再び姉妹として新しい未来へと」


なんと美しい姉への愛だろうか。

大切なものを奪っておいて、こうも嬉しそうな顔を平気で出来るのだから。


「カルミア、妾もお前にも、未来はない」


ヴィナトの瞳が、憎しみに歪んだ。

いつも僕が見ていたヴィナトとは全く違う眼。


「お前は妾の唯一の友を殺した……」


膨れ上がる闇の魔力。

空間がズレていく。

それでも薄ら笑いをやめないカルミア。


わかっていた。

リーヤにも僕は言った。

殺しきらないと奪い合いは終わらない。

血で血を洗うとはこの事。


僕がニーナに甘えたせいで死んだ。

僕の心が弱いままだったせいで死んだ。


警戒していれば防げたはずだ。

警戒しなければいけないはずだった。


自分は何度大切なものを失えば気が済むのだろうか。


もう、これ以上何も失いたくない。奪われたくない。


「ヴィナト」


僕がヴィナトを呼んだと同時に、不意に野太い声と共にサタンが吹き飛んできた。


砂埃を舞いあげて全身血だらけのサタン。

見れば魔装鎧すらボロボロだった。

角の片方が折れていて、左腕は既に無い。


「クロム、いつマで待っテも来なイから、俺かダ来てやったぞ?あはははははぁ!遅いンだヨ?いツまで待タせるンドゥだァビョ?エっへへへへへへへぇ!」


アルト、と呼ぶにはあまりにもかけ離れてしまった動く異物。

所々に聖鎧の煌めきは覗くが、それよりもドス黒い呪詛塗れの魔力がうねりを上げている


ルークの暴走とは比べ物にならないくらいにどうしようもない。


「ちょうどよかった。僕も八つ当たりしたいと思っていたところだったんだ。……ヴィナト、まかせたよ」

「うむ」


僕はリミッターを解除した。



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