第62話 ニーナ

殺風景な街並みと転がる死体。

辺りは血の匂いが充満している。


「ルークを殺したからか、なんかどうでもよくなってきたな……」


まだ復讐するべき対象は残っている。

まだこの手で殺さなければいけない相手が残っている。

それでも少し、疲れてしまった。


「こんな戦場のど真ん中で惚けている暇はないんだけどな……」


冷たくなっていくルークを見ながら座り込んでしまった。

疲れているのだろう。

精神的にか、肉体的にか?あるいは両方か。


「……ルークの妹たちが犯されてても、反応しなかったもんな」


ルークやエスティアナ家当主の顔が歪んでいくのは高揚感があった。

やり返せたと実感できた。


だけど、目の前でメスが服を剥がされて犯されているのに、オスとして興奮してないのはどうなのだろうか。


「……それだけ僕はもうイカれてるのかな……」


血に汚れた手を見ながら独り言を呟く。

人を守り癒す為の手だったはずが、今やヒトを殺すための手になってしまったのだ。

もちろんイカれているだろう。


「クロム様」


振り返るとニーナがいた。

声を掛けられるまで気づかなかった。


「ニーナ、1人か?」

「はい。ほぼ全ての兵士の殲滅も完了していますし、私にはチュンちゃんがいますから」


ニーナは僕の横に座った。

一瞬ルークの死体に目をやったが、ニーナは動じていないようだ。

多分、僕とルークの戦いを召喚獣を通して観ていたのだろう。


とくになにかを話すわけじゃない。

ただそばに居るだけ。

おそらく、僕がなにか話すのを待っているのだろう。


「……ルークは元々、正義感の強いやつだった。曲がった事は嫌いで、アルトともよく、しょうもないケンカをしてた」


おちゃらけたアルトと真面目なルーク。

勇者パーティー結成時はケンカが多かったが、2人はそれなりに仲よくなっていった。


「村人だった僕にもルークは優しかった。アスミナ同様、出生を差別せずに接してくれていた」


でも、ルークは変わった。

エスティアナ家当主からの圧力もあったのだろう。

だから僕を追放するために協力した。

村を焼いたのはおそらく当主が勝手に手を回して、国王軍に殺らせたのだと思う。


ルークの葛藤から、血炎術式で心が歪んで今に至ったのはレナード城でも戦闘でわかっていた。


「それでも僕はルークを許さない」


目を見開いて、苦痛の末に死んだルークと当主。


「お前たちには死んでもなお、この世界の終わりをその眼に焼き付けてもらう」


誰が優しく眼を閉じてやるものか。

お前も一緒に苦しめ。


「クロム様」


ニーナの胸に僕は抱き寄せられた。

ニーナの匂いが、甘くて心地よかった。

頭を撫でられて、少しだけ恥ずかしい。

優しくて小さな手。


「クロム様」


力が入らない。

身を委ねたくなる。

いっそこのまま死んでもいいのではないか。

復讐なんてやめて、そのまま力尽きてしまえればどれだけ楽だろうか。


「初めてお会いした時には拒んだのに、今はとっても素直ですね。今からベッドのある部屋にでも行きますか?」


ふふっと笑いながらも撫で続けるニーナ。

気を遣われているのだろう。


「……それもいいかもな……」


この戦いが終わったら……


「クロム様、この戦いが終わったら、デートしませ」


にこやかに微笑むニーナの額から不意に貫通した熱線に、ニーナは死んだ。


「……ニーナ?」


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