第59話 まよい

地面で寝ているルエナをよそに、僕はアスミナに近寄った。


泣き崩れて焼かれた人達を見つめている。


「私は、なんの為に……」


目の前で何も出来ずに愛する民を焼かれたのだ。

そうなるのだろう。

あの日の僕と同じだ。


「なぜアスミナは民の為に動く?お前は穢れた王族のリベリアなのだろう?」


くしゃくしゃの顔で悔しさを隠そうともせずに僕を見上げる。

エメラルドの瞳にはまだ光が少しだけ生きている。


「結界の聖女だからと都合のいいようにグラルバニアに使われているだけだろう?違うか?」


散々煙たがって辺境に押し込んでおきながら、女神エリアに結界の聖女として選ばれたから、皆が「アスミナ様!」「聖女様!」なんてもてはやした。


まだ簡単に抱ける女の方がマシと思える。

手のひらを返すなんて甘いもんじゃない。


「私とて、影では他の王族からの嫌がらせなど未だに受けています。私たちリベリアはそれでも、成り上がらなければいけないのです。今の、王国では民が幸せに暮らし続ける事はできないのです!」

「アスミナ、それはお前が王になれば変わるのか?」

「……変えなければ、いけません。もう、こんな事は……」

「そこに転がってる小さな子1人救えなかった王女様にできるのか?泣いていただけじゃないか?お前のお友達が殺していくのを止める事も出来てなかったじゃないか?」


世の中ではそんな事はいくらでもある。

上級国民様方がうっかり民を殺そうが許される。

それが曲がり通るのがこの人間の世界だ。


「それに、お前では無理だ。なぜだかわかるか?」

「そ、そんな。なぜ無理、なんですか……どうしてそうわかるん、ですか?」

「お前もその血を引いているからだ。民を踏みつけて歩いていける穢い王族の血を引いているからだ」


人間は己の欲を満たすために力を奮う。

自分より弱い人を守るためなんかじゃない。

自分の欲を満たす環境を守るために力を奮う。


「お前の血は、いずれ次の王の為に使われる。口で戯言を吐き出しながら、悠々を民を踏みつけ続ける為の繁栄を望む」


それが現実。


「僕の村が焼かれただろう?生きたまま火を付けられた。男は四肢を折られて、愛する妻を目の前で兵士が笑いながら犯した。それを指示したのはお前ら王族で、汚い金を持ってる貴族じゃないか?」


アルトかルーク、そのどちらかと結婚させる為に邪魔な僕を排除した。


「本当なら僕だけを暗殺でもすればよかったんだ。戦う力がないあの時の僕なら簡単に殺せただろうに。それなのに、君たちは僕の家族を、僕の故郷を殺した。村人のクセに王女様に取り入りやがって。そう言いたかったんだろう?どこまでご都合主義なんだろうな?」


アスミナはなにも言わない。なにも言えない。

自分のせいで僕の故郷が滅ぼされたと思っているのだろう。もちろんそうだ。


(クロム、私だ。キャンベルだ。例の奴らを捕獲した)

(そうか。すぐ行く)


「アスミナ」


僕はしゃがんでアスミナと同じ目線になった。

ああ可哀想に。


僕はアスミナの頬に手を当てて、涙を拭った。

こうして見れば、ただのか弱い女の子だ。


「僕はアスミナ、お前を許せないし、許さない。それでも、自分が正しいと思うように生きる。人間にはもう戻れない。お前が正しいと思う事をやり遂げようと思うなら、覚悟しなければいけない」


僕は焼けていく民家に手を向けた。


「覚悟が足りなければ、こうなる。お前はどうする?どうしたい?」

「私は……」

「私は?」

「私、は……うっ!」


僕はアスミナにも手刀と入れて眠らせた。


「……僕は、どうしたらいいんだろうね」


復讐に生きるべきか、それとも違う道か。

アスミナが、何かを教えてくれるかもしれない。

けれど、時間は迫る一方だ。


「さぁ、いこうか」


頬を伝う雫を無視して2人を担いで僕は空を飛んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る