4話 上がらぬ頭

 失われた金に思いを馳せ重い頭を抑えながら、いい匂いのする方へ足を運ぶ。



「おはよう笹川」


「おはようございます先輩。ただでさえ酷い顔が更に酷くなってますよ。顔を洗って冷めないうちに食べちゃってください」


 大して広くもない部屋のキッチンでは、笹川が当然のように料理の片付けをしており、テーブルでは半分寝てるであろう鹿島が朝食をとっていた。


 笹川が家事をしに来てくれるようになったのは四月後半辺りからだ、かわいい後輩がわざわざ男三人が暮らしてる家にわざわざ朝早く赴いて飯を作ってくれるなんて初めは驚いたし、違和感や困惑があった。

 しかしそれらは、暖かく美味しい朝食と掃除等の家事をしてくれるありがたさの前に消し飛んだ。


 なぜなら四月から始まった男三人共同生活は、一週間で家の中が地獄絵図となったからだ。いや少し見栄を張った。三日で地獄絵図となった。


 見かねたのか他に目的があったのか、笹川は定期的に家事をしに来てくれるようになったのだ。

 生活能力の欠けらも無い俺含む愚か者三人にとっては救世主であった。



「いただきます」


「はいどーぞ」


 スクランブルエッグを口に運び咀嚼する。俺は何も考えず、洗い物をする笹川をただ眺めていた。



「いい彼女だな、覡。実に羨ましい」


 先程よりは目が覚めそうだが、それでもなお眠そうな顔をした鹿島が茶化してきた。


「やっぱりそう思いますか鹿島さん!どうです先輩、彼女に私はいかがですか?」


 ここまで尽くされて首を縦に振らない男がいるだろうか。もしいるならそんなやつ男では無いしもはや人として間違ってるだろう。






 俺は口を開き声を出そうとする、しかし口は開かず声も出なかった。


 暖かく和やかだったはずの部屋の空気は生ぬるい嫌なものに変わっていた。





 笹川は見守る様な優しい目をこちらに向け続け、鹿島はいつものトーンで、しかしこの空気を壊すために俺を茶化した。


「まさか覡君。付き合ってもない女の子を家に何度も連れ込むなんて……」


 そう言ってわざとらしく体を後ろに引いた。


「連れ込むなんていかがわしい言い方するな。と言うか変な言い方してもし来なくなったら俺らはゴミに埋もれて死ぬことになるんだから笹川を敬え鹿島」


「それお前が言うのか」


 完全敗北


 言い返す言葉が何一つ浮かばない。あまりにもお前が言うな過ぎていた。

 ただ、少し前までの生ぬるい嫌な空気は元に戻っていた。



「御安心ください。先輩がいる限りはいつまでも何度でも来て差し上げます」


「おおそれは良かった!……いや待てよ?もし仮に覡と笹川が同棲を初めてしまったら、俺と未だにそこの床で倒れてる向井はゴミに埋もれるしかないじゃないか」


 鹿島が、わざとらしい身振りをしながら嘆く。割と激しく動いているのに言い様のない虚脱感を感じさせるのはもはや才能だろう。


「確かにそうですね。まぁ先輩の友達ですし、墓参りくらいには行ってあげますよ」


「ふざけるなよ、覡はやらん!それはそれとして何時でも来てくれ。てか来てください」


「わがままな人ですねー。それでもホントに年上ですかー?」


「一年二年なんぞ四捨五入したらゼロだから」


 小生意気な後輩と、わざとらしい身振りをする同居人の言い争いを眺めつつ先程のことを思い返す。



 人として間違ってる。



 自覚しているが直せない。

 向き合っても好転しない。

 情けないことこの上ない。

 そして目を背ける。

 いつもの流れだ。


 笹川の姿を見てられなくなり、現実でも目を背ける。



「お゛……うぅ、ぉはよぅかんなきぃ」


「グッドモーニング、向井。随分気分が悪そうだな」


 ようやく目覚めた向井と目が合った。

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