5話 酔いよ回れ

 酒


 飲めばアルコールの力で判断力やら自制心やらを犠牲に気分が良くなる厳しい現実を生きる上での必須アイテム。

 どんな時に使うかって?

 今のような目を背けたい現実が広がっている時だ。


 *


 どんな時でも友人を見捨てない優しき男である俺こと覡奏は、友人である向井に助けてくれと泣きつかれた為合コンに来ている。決して金に目が眩んだからでは無い。

 後、鹿島も面白そうだからと着いてきた。


 そして、凄まじく後悔している。逃げ帰ろうかな。


 この合コンには俺にとって大きく三つの問題がある。


 まず一つ、少し考えれば分かったことだが、この合コンは向井及びその周りの友人の集まりである。故に俺の知らない奴ばかりだ。

 鹿島は面の良さと割と高いコミュニケーション能力を活かして男女問わず楽しそうに話をしながら飲んでいるが、俺は縮こまって酒を飲むことしたできない。

 許せ向井、当初のお前を助けるという目的は果たせそうもない。


 二つ目、合コンに参加してる女の半数がどう見ても向井を狙っているのだ。

 それもそうだ、ガードの硬かったイケメンが遂に折れてこの場に現れたのだ、ターゲットが集中するのは是非もない。

 許せ向井、見え見えの好意を巧みに逸らす技術なんぞ俺には無い。


 三つ目、笹川佳那未がいる。

 何故、と思うと同時におかしくないなとも思う。笹川は俺の高校時代の後輩、つまり向井の後輩でもあるのだから顔の広い二人のことだ、知り合いでもおかしくない。けど何故いるんだ、まさか俺を嵌めたのか向井。

 許さんぞ向井、二度とお前を信じることはないだろう。


 強く恨みの視線を向井に向けようとしたが、大量の女に言い寄られてグロッキーになってる様子と普段のアイツを踏まえて、笹川のことをなんも考えてなかったんだろうなと思いつつ、助けないという行動をもって今回の仕打ちは手打ちとしてやることにした。


 無心で酒を飲んでいると、鹿島から話しかけられた。


「今日は随分と静かだな覡ぃ」


「うるさい、むしろお前の方こそ随分機嫌がいいようで。普段は無気力で惚けた面してんのによ」


 そう言い返すと、鹿島の前にいた女が「えー気になるー教えて教えてー」などと言い、男共もどうやら気になるようで鹿島により深く追求し、鹿島は「俺は家だと飲むか食うか寝るしかしてないんだよなー」とあっけらかんと言った。


 普通は肯定的には捉えられないと思うのだが、女は何故か楽しそうに「そうなんだ!」などと言い男共もケラケラ笑っていた。


 ここで俺の方に普段の鹿島について聞いてこないあたり、ほんとに俺は眼中に無いようだ。男からも女からも。



 俺の左では女二人に質問攻めにされる向井。

 右では男五女一という合コンと言うには歪な構成をしつつも楽しそうにしている鹿島中心のグループ。

 そして、目の前には開始からずっと無言でこちらを眺めてくる笹川。


 凄まじい居心地の悪さを忘れるためにひたすら飲み続けたが、酔いが回る気配が微塵もせず、俺は諦めて笹川に話しかけた。



「なぁ、笹川。何でずっと無言でこっち見てるんだ。別に面白い見世物でもないぞ俺は」


「そんなことないです自信待ってください先輩。馴染めず気まずい雰囲気から逃げるためにひたすら酒を飲む先輩を見てるのは面白いですよ」


 言ってくる内容も表情ムカつくと言うのに、かわいいので危うく許してしまいそうになる。

 そして、いつもの癖で軽く頭を小突こうとしたが、横から凄まじい殺気を感じ慌ててやめた。


 それもそうだ。他参加者の男にとってこの合コンにいる女の最後の砦であった笹川が、初めて口を開いた相手が俺で、尚且つ距離感近めにスキンシップまで取ろうとしたのだから殺意の目線くらい飛んできもする。


 しかし、笹川はそんな視線を気にもせずに俺に話しかけ続けた。


「正直、先輩達が急遽来てなかったらこの合コン退屈すぎて死んでましたよ。誘われた時は特に断る理由もなかったからOKしましたが、酒は飲めないし他の人とは対して親しくもないし、半数は向井さん狙いのせいでこっちに男が沢山来ていただろうしって考えるとホント……」


 そういうと笹川は手元の麦茶を本当に飲んだのかと思うほど少しだけ口に運び、静かに飲んだ。


 会話は終わった。

 相変わらず笹川は他の男から何か話しかけられても軽く流し、こちらを眺め続け。

 俺は他の男共に定期的に睨まれていた。


 流石に文句の一つでも言いたいものだ。

「俺は悪くないだろ」と。

 少なくとも向井や俺と鹿島を交えることを良しとしたのはそっちなのだから恨むなら自分達の判断の方だろう。しかし口には出さない、馬鹿ではないからな。


 生憎この店の酒は種類が豊富ではないためひたすら飲むのにも飽きてきた。

 それでもまだ酔いが回る気配が微塵もせず、しかし周りを見れば宴もたけなわである。


 口角を少し上げながらこっちを眺める後輩の目線に刺されながら、早く終われと願っていると、突如として店の廊下から声がした。


「随分と、楽しそうですね」


 どこかの高校の制服を着た、墨のように深い黒髪を方まで伸ばした美しい女の子が、かなりの怒気を孕んだ声でそう言い放った。


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笑えば憂いは消えていく 右見左見前見 @UMISAMIMAEMI

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