2話 かわいいだけの奴はいない

 単位、それは大学生欲しいものランキングの上位に位置するであろう物。


 無論俺も欲しい。

 最低限の労力で必要最低限の単位でいいから単位を手に入れたい。


 しかし、現実は厳しいものである。

 多くの学生は、単位獲得のための学業とバイトと自由時間の割り振りに悪戦苦闘し、上手く生きていく者もいれば、どれかに傾倒しどれかが欠けてしまう者もいる。


 では俺はどうなのか。

 無論、自由時間八割バイト二割である。

 今までの人生で学業及び自己研鑽はもう十二分にやりきったので後は手を抜いて適当に生きると決めたのだ。

 しかし、大事なことなのでもう一度言う。


 現実は厳しいものなのだ。


 そう、今俺は多くの講義が落単の危機に瀕している。

 残当?おっしゃる通りで。


 *


「覡さん、前回の課題について後で話があるので講義後に私のところまで来てください」


 講義が始まるや否や教員に俺は呼び出された。

 大方前回の課題を手を抜きすぎたからだと思うが、何故俺だけなのか。

 前回の課題を俺とほぼ同じ内容を出したというのに名前を呼ばれず、クスクスと笑いながら俺を見ている女、笹川佳那未ささかわかなみを睨んだ。


「先輩睨まないでくださーい。いくら睨んでも呼ばれたという事実は変わりませんよー」


 ショートの明るい茶髪を揺らしながら、わざとらしく怖がる振りをしつつ余計な一言を加えてくる。


 とてもかわいらしい動作だ。しかし、目の前の後輩が中身は全くもってかわいく無いのを知っていたので、軽くあしらう。しかしそれがお気に召さなかったようでさらに笹川は更に絡んできた。


「最近の先輩はホントに冷たいですねー。高校の時の先輩は今より目も輝いていて自己研鑽の鬼みたいでありつつ社交性も抜群だったのに……今の先輩と来たら淀んだ目と近寄り難い雰囲気を醸し出した怖い人になってしまって……」


「やかましい。人は変わるものなんだよ」


 家族全滅なんぞすれば人は嫌でも変わるもんだ


「確かにそうですね。けど、なかなか酷い言い方しましたが私、今の先輩の方が親しみやすくて好きですよ」


「それはそれはありがたいこった」


 恐らく笹川をよく知らない人間だったら一瞬で堕とされかねないとてもかわいらしい笑顔となかなか小っ恥ずかしい言葉だったが、何とか平常心を保ちつつ、またしても適当にあしらった。

 しかし情けないことに、笹川佳奈未はかわいいと脳が意識してしまった為、平常心は揺れに揺れ続けている。


 沈黙は平常心に効く為、軽くあしらわれたことに腹を立てているご様子の笹川に聞く機会がなかったことを聞いてみることにした。


「なぁ今更なんだがお前高校の時は髪長かったよな、なんでそんなバッサリ切ったんだ?」


 笹川は少し驚いた表情見せるとすぐに微妙な表情で俺の方を見てきた。


「え、それ聞いちゃうんですか? 先輩が? てっきり聞いてこないかと思ってたのに今更聞いてくる辺り、ホントに人への思いやりとかそういったもの捨ててきちゃったみたいですね」


 なぜ俺はこんなにボロクソに言われているのか。流石にここまで言われると来るものがある。


「わ、悪かったって。釈然としないが謝るから忘れてくれすまんかった」


「……謝意ないでしょ、それ。まぁいいですよ、別にちょっと今更すぎて驚いただけです。それで髪ばっさり切った理由でしたよね」


 恐ろしく冷たい声で言われ、体温が少し下がった気がしたが、なんやかんやで教えてくれるようだ。

 教えてくれるならやっぱりなんであんなボロクソに言われる必要があったんだろうか……


「失恋したんで、気持ちを改めるためにですよ。つまり先輩、あなたと同じようなものです。まぁ起きた出来事やダメージ、心機一転の為にやることのスケールは明らかに違いますけどね」


 どうやら俺がボロクソに言われたのは当然のことだったようだ。


「それは、うん。あれだ、お前でも失恋するんだな。かわいいのに」


「ええ、世の中には大きく分けてかわいいと美しいがありますから。私はとてもかわいいですが、どうやらその人は少なくとも以前は美人で気の強い方がお好みのようでしたからね」


 自分をかわいいと言い切る笹川をもはや尊敬を覚えつつ、確かに美人って区分ではないなと普通に失礼なことを考えていると、笹川が見透かしてるかのように睨んできた為、慌てて意識を逸らす為に話しかけた。


「『以前は』と言ってる当たり、まだ完全に失恋したわけじゃないのか?」


「ええそうです。どうもその人にも色々あったようでまだチャンスありそうだったので。今後は健気にアピールするつもりですよ」


 笹川はこちらを真っ直ぐ見つめ、そう言い放ってきた。それはまるで俺に宣言しているかのようだった。


「そか、応援してるわ」


 他人事だ。他人事でしかない。そう断定したが、その断定は一瞬で覆された。


「覚悟してくださいね。先輩」


 タイミング良く、講義の終わりが告げられた。



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