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次の月曜、私は内科に向かった。


もうお腹の痛みは引いていて、割とどうでもよかったのだけど、CTスキャンには6000円ほど取られたし、血液検査も5000円ほどかかっていた。

もちろんCTスキャンと血液検査の結果を聞くためだった。

相変わらず1人も客がいない。例の太った男に診察券を出す。

すぐに名前が呼ばれた。


前と同じ若い先生がまず血液検査の結果から教えてくれる。

「えー、ちょっと血が濃いですね」

そんなことを言われると思ってなかったのでドキリとする。

「でもこれはあんまり動かない人にはよくあることで心配することじゃないです」


自分は作家だからなあ……なるほど。と次の返事を待つ。

「血液検査の結果、それ以外全て基準値を超えていません」

ほっとしながら次の話を待つ。

「で、CTスキャンの結果なんですが……」

聞き耳を立てる。

「S状結腸憩室散見。明らかな活動的炎症所見認めませんが一部分がやや厚く、慢性炎症・炎症後の可能性があります」

「あ、それは説明しなくてもわかります」

例の腸炎のことだ。なんだ、痛みが続いてたのもわかる。ただいつもとちょっと違うところが痛かったのでわからなかっただけで、根本的に直すことはできない閉塞しやすい部分を持った私の腸はいまだに時々腸炎を起こす。

「じゃあ…えーっとこれはぼくの専門分野じゃないんだけど」

まだ何かあるのか、もうはっきりしたし下腹部の痛みもない。全ての検査に一万円以上かけたのが馬鹿馬鹿しいくらいだ


「右卵巣成熟性奇形種」


「は!?」

私は聞き返した。


「これは婦人科に行かないといけないねー。いますぐ死ぬとかそういうものじゃないんだけど、紹介状書いてもいいけどどうします?」


私にはもう先生の声はほとんど聞こえていなかった。


我に帰り慌てて返事をする。


「えーっと…ちょっと考えていいですか?」


「いいけど、婦人科には絶対行った方がいいよ」



検査結果がプリントされた紙と、CTスキャンのデータだというCDを渡される。

会計して、家に帰る。

何度もプリント結果を見る。

「右卵巣……成熟性奇形種……」

プリントされた結果にはもう少し詳細に書いてあった。

「子宮右側に脂肪を含む6cmほどの腫瘤あり。右卵巣由来の成熟嚢胞性奇形種です。捻転初見は明らかではないです。」

と書いてある。


婦人科懸案はもしかしたら、と疑ってはいた。


痛いのが下腹部で、子宮にも私の腸が閉塞を起こしやすい部分とも近く、消化のいいものを食べていたが痛みはじわじわと長く続き、腸炎ではない気もしていた。


とりあえずネットで検索してみる。

「奇形種は誰にでもできうるもので、ほとんどの場合良性です」

少し安心した。

しかし次の一文に私は吐き気を覚えた。

「脂肪に髪の毛や歯を含むことがあります」

なぜに髪の毛や歯が体の中にできるのだ?妊娠したこともないのに。


わけがわからなかったが、少し冷静になって思い出した。

ブラックジャックのピノコだ。


あれは死んだ母親から出てきた奇形種を手術して人間にしたものだ。

……自分の思想が明るい方へ働いたかと思った瞬間、もっと強烈な吐き気が襲ってきた。

子を孕まない私の子宮が人間を生み出す可能性を持っている!?


さらに驚くべきことが書いてあった。


「成熟性奇形種は薬で散らすことができません。手術でないと取ることができません」

と。


私は便器に吐こうとしたが最近そういえば全然ご飯を食べていないことに気づいた。吐くものはなく、唾液と白っぽいものが出ただけであった。


私は男に生まれたかった。こどもも作りたくない。今の同居人とはごくごくたまにしかしていないがセックスしている。彼は結婚もこどもも望んではいないし、ライターをしていて、気楽と思われるが実はしんどい作家業にも理解があった

男に生まれたかったこととセックスすることは反比例しているかのように思うかもしれない。


でも私の体は女なのだ。正直セックスは気持ちがいい。だけど子を孕む行為ではない。

私は命の輪から外れたい、人間としての本能を捨てた女だ。


チャットで今日のことを報告する約束をしていた。チャット仲間は男性が5人。作家かシナリオライターか同人作家で、もう10年は同じ仲間でチャットをしている。元々男性作家の方が多い界隈なので男の友達の方が多いのだ。


「よかったね!とりあえず悪性とかではないんだ」と祝福の声があがる

私は「U・x・U うん、手術は必要なんだけど、それも急ぎではないんだって」

U・x・U←は犬を表す顔文字だ。そこのチャットは一見誰が発言したか分かりにくいので、発言の前に(ᵔᴥᵔ)をつけて発言する子がいた。ちなみにこれは「くま」である。

10年前U・x・Uの顔文字を頻繁に使っていた私はチャットでは「いぬ」と呼ばれている。発言の前にU・x・Uをつけるのがすでに癖になっており、今ではチャットの10年変わらぬメンバーの2人がケモノだ。くま、と、犬。


いつもと違うことはそれだけ言うといつもはつけっぱなしにしているPCの、チャット窓を閉じた。いつもはつけっぱなしにしている。ネットが落ちたりすると閉じるので私がいなくても寝たか(寝る時にPCを落とす人もいる)落ちたかしただけだと思うだろう。


喜ばれるのはとても嫌だったし、説明するのも面倒だった。

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