第5話

「灰ぃぃぃ!」


 俺が俺になって教室に戻るやいなや舞原がばたばた走って来てぴょーんと俺に飛び掛かってきた。俺は背中からびたーんと倒れた。柔らかい感触が顔をくすぐる。舞原の真っ白な太ももが俺の脇腹を撫でる。そろそろ勘違いしちゃうぞ。というよりなぜ舞原は俺にこんなにくっつきたがるんだろうか。今までずっと考えているが解けそうにはない。永遠の謎である。


「さっきの女の子って灰だったんでしょ!」


 舞原は俺にのしかかったまま耳元に顔を寄せて訊いてきた。明るくて気持ちいい声だけど、やっぱり笹窯ボコとは違う声だった。


「よく気づいたね」

「ふっふー! びわの目は簡単には騙せないよ! でもなんで急にあんなことしたの?」

「まあ、なんだかそういうことをやりたくなったっていうか何というか」

「へーそうなんだー! そういうときもあるよねー!」


 VTuberの正体を確かめるためだというのを誤魔化すための言い訳が思いつかず適当すぎる返事をしてしまったが納得してくれたみたいだった。


「いやわかんないんだけど!」


 と思ったらそんなツッコミが近くから聞こえた。舞原の声ではない。俺は舞原の胸からもぞもぞと脱出し声の在りかに目を向けた。そこには二本の白い脚があった。あ、もうちょっと後ろに行けばスカートで隠れてる部分が見えると思ったら右側の脚が動いて俺の顔を踏んだ。痛い。だが直前に一瞬見えた映像を俺は一生忘れないだろう。


「いきなり女装して変な事言いたくなるのはちょっとわかんないよ……」

 

 声と俺の顔を踏んだ脚の正体はこれまたクラスメイトの入幡歩花いりはたあゆかさんだった。ショートカットでいかにもな体育会系って感じの女子だ。


「わかんないことでも時にはやりたくなるのが人間なんだよ。入幡さん」

「そうよね、ってわからんわ!」


 俺はまた顔を踏まれた。そのせいで一生忘れるはずがなかった映像が脳からぶっ飛んだ。

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