第2話

「灰ぃぃぃ!」


 生物の授業が終わった後、どこからともなくクラスメイトの舞原日羽まいはらびわが俺に飛び掛かってきて俺の頭を締めた。ボブの茶髪からいい匂いが漂ってきて大きくて柔らかい何かが顔にぐいぐい当たっている。ためらいも無くこういう事を男子にやるのはどうかと思う。好きになっちゃうぞ。


「なんでさっき泣いてたの!?」

「うううんううんうう」

「何て言ったの!?」

「ううううう!」


 俺は手探りで舞原の肩を探してポンポンと叩いた。すると柔らかい感触が消えて一気に視界が開けて呼吸がしやすくなった。ごめんごめんと舞原は言ったがむしろこちらがありがとうと言うべきなのかもしれない。


「教えない」

「教えて!」

「やだ」

「なんで!」

「言いたくないから」

「言うまで帰らない!」

「だから言いた「びわはこのもやもやを抱えて生きるのはやだ! だから言ってくれるまで帰らない!」」


 なんかやたら規模がでかい話になってしまった。舞原はぷくーっと頬を膨らませてこちらをじっと見てくる。もう言うしかないのか。言うしかないか。


「夢に死んだ犬が出てきた」

「なにそれめっちゃホラーじゃん!」

「ホラー? いや、そういうのじゃ「グロいのはやだー!」」

「ないんだけど」


 舞原は俺の言葉を聞く前に逃げ出した。絶対何かゾンビ映画のような夢を見た的な変な誤解をされた気がする。別に解かなくていいかとも思ったがグロい夢を見ていると思われてると後々何か面倒な事になりそうだ。この前もちょっとした事があって俺をロリコンだと誤解してたし、積もり積もってこいつの中での俺がとんでもないモンスターになりかねない。いつまでも放っておくわけにはいかない、か。一呼吸置いた後、俺は口を開いた。


「昔飼ってて亡くなった犬が元気になって出てきたって事だよー! あと俺はロリコンじゃなーい!」


 瞬く間にだいぶ遠くに行ってしまった舞原に聞こえるくらいの声で喋ろうとしたら、結果的に教室中に聞こえるくらいの声量になってしまった。なんのカミングアウトだ。教室中の目が俺を見ている。なんかゾクゾクする。


「そういう意味だったんだ! だったらそう言ってよ!」

「だからそう言い直そうとしたんじゃ――」

「もうもう!」


 舞原はまた俺に飛びついてきた。このまま無抵抗で死んだらアリスにまた会えるかなと思ったが、死因が巨乳に飲まれて窒息死というのはアリスに笑われそうなのでやめた。

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