マティエとエッザール その2
ひたすらにパワーで押すマティエ。
盾を駆使し多彩な技で翻弄するエッザール。
二人の模擬戦は、太陽が真上に来る頃まで続いた。
「ちょ、ちょっ……マティエ、さん。もう身体が……」
先に音を上げたのはエッザールだった。
大量の汗が彼の緑色の身体から滴り落ち、そして相対するマティエも、肩で大きく息をしていた。
「大したものだ、ここまで粘ったのはお前が初めてだ」
「私も……です。身体が鈍っていたのが、ようやく……」
どさり、と豪槍を手にした巨躯が芝生に寝転んだ。
「やはりラウリスタの業物は違うな。あれだけ私の攻撃を受けたのにも関わらず、傷ひとつついてない」
きらりと陽光を受けるエッザールの盾。それはまだ新品の如く白銀の輝きをもたらしていた。
「マティエさん、私の方は褒めてはくれないのですか?」
「さっき褒めただろうが、聞いてなかったのか」
それに、と一拍おいて、彼女は紡いだ。
「私のことは呼び捨てで構わないぞ、敬語で呼ばれるのは城の中だけでたくさんだ」
ぷっとその言葉にエッザールが吹き出した。
「おかしいのか……?」
「い、いえ。マティエさ……は初めて会った時から近寄りがたい雰囲気あったので。そんなこと言ってくるんだなって」
「そうだな……笑顔を見せることすら許されなかったからな。私の家は」
「素敵ですよ、その笑顔」
しまった、とエッザールは突然口をつぐんだ。気が緩んでいたとはいえなんて不埒なことを言ってしまったんだ、しかも……
彼女にはルースという婚約者がいるというのに。
「あ……か、感謝する、エッザール」彼女の太い指が、羊族特有の巻き毛を何度も照れくさそうに弄る。
そんな彼女の姿に……
エッザールの心臓が、どくんと大きく高鳴った。
「お、お前には彼女とかいるのか、こ、故郷に」
「いえ、小さい頃から剣の道一辺倒でしたし、割と早くに旅陣として各地を回っていたので……」
そしてマティエの胸も、少しずつ速度を早めていた。
おかしい、自分はこの生き方を選んで以来、人を好きになるという感情すら殺していた。そう、ルースと出会うまでは。
だが、いまここで感じている鼓動はまた違っていた。なんだろう……
もう少し、この高鳴る胸を聴いていたい。そんな自分らしからぬ衝動。
「マティエ……このあと一緒に食事でもどうですか」
剣を交錯させたときから、不思議に感じていた。
本来ならば適当な理由をつけて断っていたであろう自分が、なぜか彼女と一戦交えていたことに。
婚約者のいる身なのに、なぜ食事を誘ってなんてしまったんだ……けど。
気持ちが、抑えられない。
マティエの目尻が、木漏れ日に微笑んだ。
「もう少し、紳士的に誘ってはくれないものかな」と右手を彼の元へと差し出す。
そして……彼はその手を、まるで花束を受ける様に優しく受け入れた。
「ではマティエ、あらためて食事へ、一緒にいかがでしょう?」
「ええ、喜んで」
涼しい風がまた、二人を優しく包み込んだ。
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